「──よし、何とか乗りきったぞ」
二体の機械人間の動きを封じた俺は、自宅に帰るため、城壁に沿って、歩みを急いではいたが……。
「ここは一体どこなんだろう?」
まあ、普通に考えたら
俺はさっき見た、掲示板の位置へと戻り、そこに貼りつけてある現在地の記された地図を
「佐賀県麗野市。
そう、俺の通う学校から、そんなには離れてはいなかった。
なら、なぜ今まで住んでいて、こんな場所に気づかなかったのだろう……。
「えっと、このまま南側に歩けば、この町から抜けられるのか」
俺は頭に思い描いた、地図の通りに移動する。
それに改めて感じたのだが、この町に入って、まだ一人も人間の姿を見たことがない。
各家の窓からは、灯りが
みんな、何があったかは知らないが、ひきこもりなのか?
まあ、この時間帯なら、寝ているという線も考えたが、普通は電気は消して眠るはずだ。
単純に住人が怖がりで、実はこの町には、恐るべき魔物が潜んでいるかも知れない。
俺の後をしつこくつけてきた、あのアンドロイドのように……。
──すると白壁が消えて、その先に、紅葉の鮮やかな景色で埋めつくされた大地が見える。
そして、その黄金の草むらへと足を伸ばした瞬間、画面の景色がグルリと変化して、後ろ側の城下町が、ただの砂の大陸(砂場)になっていた。
「俺は幻覚でも見たのか?」
その砂と化した、大陸の上空を見上げると、地面から空へと赤い線で繋がり、三角形のピラミッド型に収縮された、大きな空間が目に入る。
よく見ると、その城下町だった場所は透明なバリア、いや、透明なキャンプの三角テントのような物に包まれていた。
どうやら、この巨大なバリアのような物が、この城下町全体を作っているらしい。
その証拠として、その線から中へ入ると砂場の風景から、さっきまでの城下町へと、視点がグルリと切り替わるからだ。
これも弥太郎の仕業なのか?
「そんなことより、家に帰らないとな」
城下町だった場所から離れ、
俺の知る限り、ここは麗野市周辺に間違いない。
ふと、ファッションブランド店のショーウインドーから、店内の様子が映っていて、窓際にあった日の丸カレンダーに目をやる。
──10月9日。
ちょうど明日は10日で体育の日。
ということは、明日が体育祭に該当する。
俺はまたもや、体育祭の関連する日に息吹きを上げたのだ。
──ちなみに時間は夜の10時前。
高校生が、こんな夜更けを歩いている場所を見つかったら、間違いなく補導される。
俺はなるべく人混みを避けながら、歩道を突っ切っていく。
いや、これだと浮いてしまい、逆に目立つか。
だったら、人波の中に隠れてしまおう。
俺は人混みの中に揉まれ、特に目立った行動はせず、
****
「ただいま、親父」
自宅に帰り、玄関で挨拶をしても当たり前だが、家族からの応答はなかった。
母さんと別れ、無気力になった大黒柱には何を言っても通じない。
何もかも忘れ去り、傷ついた羽をこの家で癒すように……。
そんな親父は、今日も自由気ままに生きている。
ちなみに壁時計は深夜の11時を指していた。
もう、こんな時間だとは。
俺は親父がリビングのソファーでいびきをかいて、
そう、あんな無責任な父親でも、時には俺に、厳しく当たってきたりする。
親にとって子を叱り、正しい道へと歩ませるのは常識の範囲内。
恐らく起きていたら、俺は怒られるだろう。
親父の怒り方は一見穏やかなようで、半端なく怖いからな……。
俺は、そーと、忍び足でリビングを抜けることにする。
俺の部屋は、ここを通らないといけないのだ。
例え、自立に近い生活を営んでも、この家に住んでいる限り、親の目に入る範囲で生活を共にすること。
何でもこの家を建てた、ご先祖のお祖父ちゃんからの教え(ルール)らしい。
そんな先祖代々の言い伝えを守り抜く、一人となった親父から、静かに背を向ける。
今は、感傷に浸っている場合じゃない。
明日に備えて、早く寝ないと……。
──と思った瞬間、フローリングの床から、ミシッと異質な音がした。
「……んっ、
親父の一言で、背筋が凍りそうになる。
ヤバい、床を踏みしめた音で目が覚めたのか……。
「……どうしたんだ、こんな時間まで出掛けていて?」
「いや、何でもないよ」
「何でもないわけないだろう?」
この異常なまでに、
どうやら酒が切れ、酔いが覚めたシラフの状態らしい。
親父は普段は優しくて、気さくのいい人にも見えるが、長年付き添ってきた俺には分かる。
ただのいい人ぶっただけの
未だに俺には、自分の本性は見抜けないとでも思っているのか?
「……何かあったら、電話でもいいから教えてくれ。お前の父親なんだからな」
「こんな時だけ、父親ぶるなよな」
「洋一、どうかしたのか?」
いつもそうだ。
親父は、いつも昼間から浴びるほどに酒を飲んで、シラフに戻り、まともな発言をしているなと思いきや、また酒に手を出す。
何か少しでも嫌なことがあったら、逃げるように酒をあおる。
そんな我慢ができない、お子さまのような駄々っ子で、やっていることは小学生と一緒だ。
いや、小学生は酒は飲めないが……。
「そんなんだから、母さんと別居になるんだよ!」
「お、おい、洋一? 待ちなさい!」
俺は親父の一声に振り向きもせずに、自分の部屋へと駆け込んだ。
親父が、自分は何も悪いことをしていないのに、何で怒っているんだの素振りを見せたからだ。
俺は親父のこんな態度が、正直嫌いだった。
早々に部屋のドアをバタンと勢いよく閉めて、着替えもせずに、そのままの格好でベッドにドサッと倒れ込む。
寝る前にシャワーを浴びようかとも考えたが、風呂場へと続くリビングを通れば、あの自分勝手な生き物と顔を合わせないといけない。
今はケンカ別れのような気分になってる感覚だったから、それだけは嫌だった。
そんな考えとは裏腹に、眠気はすぐに襲ってきた……。
****
「……おい、あたいの声が聞こえるかい?」
──真っ暗な空間で意識を覚まし、聞き覚えのある老婆のしわがれ声が、眠りこけていた脳内へと伝わってくる。
「その声はデレサか。また俺は死んだのか。親父に毒を盛られた痕跡はなかったぞ?」
「違うわい。あんたは寝ているだけじゃ。それに帰宅してから、何も口にしておらんじゃろ」
「いや、美味しいジャンボハンバーグを堪能したぞ」
「つまらぬ嘘をつくではない。あたいからは、あんたの動きは全て筒抜けさ。嘘なら、もっと
「ふむ、例えば
「へっ、あたいに聞いてるのかい?」
「他に誰がいるんだよ?」
「まっ、しょうがないか……」
デレサが、紫のローブのファスナーをゆっくりと下げて、黒のネグリジェのような姿になり、ボリュームのある胸元をさらけ出す。
そのたわわ感といい、案外、着やせする体格らしい。
「だから、何で
「男の子は、こういうの好きじゃろ?」
「オバハン、いい加減、歳を考えろよ」
「まっ、失礼じゃな。女性はいつでも若く見られたいものなんじゃぞ!」
「ふーん、そういうもんかな? 女には恥じらいも必要だと思うんだが?」
「そんなものは、とうの昔に捨てたわい」
「わー、それ以上は駄目だって!」
ネグリジェの胸元についた紐に指をかけ、緩めようとしたデレサを慌てて止める。
「──まあ、それはさておき、あんたに一つ忠告がある」
ふう、とりあえず脱衣は保留というわけか。
分かったのなら、早く服を着て欲しい。
いくら年配でも、相手は色っぽい身体のラインをした女性だ。
俺の理性がぶっ飛ばないうちに……。
「そう、あんた、これまでの記憶が残っているのは良いが、無闇に歴史を変えるような発言はするでないぞ」
デレサが再びローブを着込みながら、俺に爪の尖った、ひとさし指を突きつけて警告する。
「それはどういうことだ?」
「つまり弥太郎たちに、この件が感づかれてしまうかも知れないからじゃ」
「ははっ、弥太郎に限って、それはないって」
「はて、はたして
──人間にそっくりな機械人間に、巨大な街をつかさどっていた巨大な映像。
それから、
これらをあげれば、きりがないと、デレサは教師のような丁寧さで分かりやすく説明してくれた。
弥太郎なら、そのうち時空関連の内容も、すぐに理解してモノにさせてしまうかもと……。
そして、偶然にも生まれ変わった俺が、幾度も死に戻り(人生のやり直し)をしているのがバレたら、最悪、生きたままの実験動物にされる恐れもあると……。
デレサの話には、
何せ、あんな3Dホログラフによる、巨大な城下町を作るくらいだ。
冗談を本当に実現させる。
何でもお金で解決させるような、胸くそ悪いキャッチフレーズが頭の中に浮かぶ。
あの弥太郎なら、そんなフレーズさえも思いつきそうだ。
「デレサ、それだけのために、俺の夢の中へやってきたのか?」
「まあな、あんたの人生に関わる問題じゃからの。ぐっすり寝ておるから、
「ありがとな」
「いいってことさ……じゃあ、あたいからの忠告は以上じゃ。せいぜい青春を楽しみな」
そうしてデレサは光の射す方へ歩き、次第に光と混じり合い、その姿が溶け込んでいったのだった……。