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第6章 共に歩き、幾度もない命のやり取り

第20話 背後から追いかけられるほど嫌なものはない

****


「──はあ、はあ……!」


 俺は息もえになりながら、闇夜の細道ほそみちを、ひたすら走っていた。

 どうして、こんな目にあったのかは俺にも分からない。 


 足がガクガクと震えて、思うように走れない。


 肺も苦しくて酸素が足りず、呼吸がついていかない。


 わき腹にも痛みが伝わり、肩で息をしている。


 ただ一つだけ判明していることは、俺は一方的に狙われていて、さらに命さえも狙われていることだ。


「……くそ、どこに行きやがった」

「よりにもよって、兄ちゃんが不在の時に、あの会話を盗み聞きされるとはな」

「いや、まだ遠くには行ってないはずだ。何としても、弥太郎やたろうに気づかれる前に、あの子供を消せ」

「了解」


 背後からの気配が別々になる。

 どうやら二人が左右になって、俺を追いつめるつもりのようだ。


 俺はひたすら逃げるために、おぼつかない足取りで道を駆けながら、前へと踏みしめるのだった……。


◇◆◇◆


 ──その一時間前、俺はデレサがくれたゼリーにより、蝶から人間に戻り、また、この世界へ再び戻ってこれた。


 どうやら今回の舞台は、月の光さえも届かない暗闇の森の中だったが、枝先を見上げれば、星のカーテンのような景色で満ちていた。


 すると、どこからか空気の流れが変わったのか、辺りはよく見えない景色へとなり、深い霧に覆われ、周りの視界がさえぎられていく。


 ここはどこだろうか?

 俺は小石に足元を取られながらも、慎重に木々の間を抜けていく。


 しばらくすると、霧の中から一軒の民家が見えてきた。


 その家の窓にかけた厚手のカーテンの裾からは少しだが、光が漏れている。


 良かった。

 俺は無事に助かったんだ。


 もう今夜は遅いし、これ以上の夜道の探索は危ない。

 ここの家主に頼みこみ、今日は泊めてもらおう。


 そう思考した俺が、家の扉の前にゆっくりと近づくと、何やら中年らしき男の声が耳に入ってくる。


「──その話、本当ですかい?」

「ああ、弥太郎の兄ちゃんに聞いたんだが、偶然にもほどがある。だったら殺すのも分かる気がする」


 殺す……何、家内かない物騒ぶっそうなことを言ってるんだ?


 俺は出来るだけ物音を立てずに、その話のする場所に行き、聞き耳を立てようとした。


 しかし、その途中、光に集まっていた灰色の小動物の素早い移動に驚き、思わず声を上げてしまう。


「そこにいるのは誰だっ!」


 はっと、気づいた時には遅かった。


 家の灯りが消えて、真っ黒への世界に戻された後、俺は懐中電灯を持った、大きな二つの人影から挟み撃ちにされていた。


「いたぞ、アイツだ!」


 向こうは俺を知っている?


 やはり、さっきの会話からして弥太郎の知り合いか。

 声といい、背丈といい、立派な大人の出で立ち。


 恐らく、可憐かれんを、事故死に仕上げるための関係者か。


 まあ、考えていても始まらない。

 今はヤツらから逃げて、何とか振りきらないと。


 やれやれ、今回は最初からハードコースだな。

 転生の場所を選べないのも困ったものだ……。


****


 ──という事情で俺は、この森の中でヤツらから逃げ続けている最中さいちゅうだ。


 そうやって、あれこれと逃げて、向こうを疲れさせようと行動して、早一時間。


 だが、向こうさんは、一向にひるまずに追いかけてくる。


 相手は中年くらいで、俺のような若者の動きにはついてこれずに、いつかは根を上げるだろうと行動に移したが、そんな気配は一欠片もない。


 まるで疲れなど知らないかのように……。


「いや、もしかしたら……」


 俺はポケットを探って、透明なプラケースに入っていたアイテムに触れる。


 それから、何の考えもせずに、その中身を地面へと投げつけた。


 カランという衝撃と一緒に飛び出してゆく、金メッキの画ビョウたち。


 そのまま地につけられたトラップたちは、相手が罠にかかるのを待つ。


 後は近くの草の茂みに隠れて、反応をためすだけだ。


「あのガキめ、今度はどこに行きやがった?」

「いや。今さっき、向こうの茂みに隠れようとしていたはずだ」

「……だな。オレたちから逃げられるものか」


 男衆二人が近づいてくるのを確認して、俺はポケットから灯りのついたペンライトを、遠くの草原に投げ込む。


「おい、今、光があっちに移動したぞ。恐らく、向こう側に逃げていったぞ」

「……そうか、あっちか」


 男たちが進路を変え、画ビョウのある地面へと足を繰り出す。


 俺は、その光景から目を離さなかった。


 踏まれていくアイテム。

 そのまま潰れていくアイテム。


 ヤツらが踏んだ画ビョウの先端の針は折れ、乾ききった土の地面の中へと埋めつくされた。


 その踏んだ痕跡も残さない大きな足の裏は、無傷で出血すらしていないし、痛みで声を出すこともない。


 俺の睨んだ通りに、ことは進んだ。

 あの二人は初めから、人間じゃなかったのだ……。


 ──まあ、そうじゃなければ、そう簡単に人をあやめられないよな。


 ……それに前回、俺に向かってのトラックから流れ出た、あの角材の攻撃。


 あれだけ大量の角材を事故に見せかけて、俺の前にばらまき、なおかつ、こちらも動いていた俺を巻き込んだはずなのに、俺自身を無傷にするなんて、事故にしては事実上、不可能な腕前だ。


 まさしくコンピューターのような頭脳を使った正確な計算力で、そうさせたに違いない。


 だとすれば弥太郎に関する部下は、大半がロボットということになる。 

 いや、精密な人間の造りをしたアンドロイドと言えるだろう。


 人間の弱みさえもない、あんなヤツらに捕まったら、間違いなく終わりだ。


 俺は全身の力を振り絞り、奥歯を噛みしめながら、無我夢中むがむちゅうでダッシュを決めた。


****


 ──長かった森をぬけ、霧が拡散され、人の気配が全くしない場所で足を休める。

 寂れた見慣れない街の様子なのに、暖色のオレンジな灯りが辺りを包み込んでいた。


 どうやら壁際に、白く横長に続く壁があるからにして、これは城を守る壁であり、周辺の街並みからして、一つの城下町のようだ。


「待てよ、城があるということは……」


 俺は頭の知恵を振り絞り、それなりの結論を思い浮かべる。


「俺の推測が正しいとしたら……」


 近くにある古ぼけた材木で立て看板の標識に目をやると、『雷土城跡いかづちしろあと』と書かれている。


「やっぱり弥太郎絡みか……」


 さっきの蝶での記憶により、より確信を帯びていた……。


 弥太郎の親は富みに長けており、莫大な財産を持っていることから、推測すいそくが正しければ、ここは昔、弥太郎の関係者が住んでいた城跡だろう。


 今はその城は展示物になり、一般でも公開されているという文章のプリントが、近くの掲示板に貼られていて、明白めいはくだったが、その意表をつき、ここなら秘密裏に地下などで、大量のアンドロイドを製作しても問題はないはずだ。


 俺を追いかけてきた二人も、あの城内で生まれたのだろうか……。


 となると、あの二人は、ここの地形を知り尽くしているはず。

 何か裏をかかなければ、向こうさんを上手く出し抜けないだろう……。


「考えろ。きっと何か手があるはずだ」


 俺は必死になって、対抗策を考えた。

 そこへ壊れかけた、天に向かっている長い棒が目に入る。


 それはわざとらしいほどに、斜めになっていた電信柱だった。


「そうか、その手があったな」


 その電信柱を、近くに意図的にあったかのようなビックな斧で、昔話で金太郎が担いだであろうマサカリのように、何回もなぎ払う。


 しばらくして亀裂が広がり、ガツンと鈍い音を立て、ゆっくりと外側に折れ、派手な衝撃音と地響きで倒れる電信柱。


『ドカーン!!』


「見つけたぞ!」


 そこへ激しい破壊音を鳴らし、城壁をぶっ壊したあの二人組が現れ、そのまま倒していた電信柱の餌食となる。


「なっ、何だ? ぐああああ!?」

「ぎゃあああ!?」


 二人組は電信柱から千切れた電線に絡みつかれ、激しい光に包まれ、体の全身を震わせながら感電する。


 やがてプスッという音が、ヤツらの口から漏れて、黒い煙を吐きながら、地べたへと倒れていく。


 黒こげた肉体から瞳孔の光が消え、動きが止まり動かなくなった。


 電化製品でなおかつ、鉄の固まりなら電気は防げなく、感電してショートするはず……。


 俺の読みは見事に的中したのだった。

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