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2章

第4話 出発

中年の旅人・リュウセイと、悪魔の子・アルテミス。

二人は出会い、そして運命の旅が始まった──


……というわけでもなく




「いねえ!」

「いねえ!!」

「いねえええええええええ!!!」


「アルテミスがいねえぇっ!!」


街の外れにある崩れかけの廃墟。

そこでリュウセイは、一人で喉を枯らすほど叫び続けていた。


「ちくしょう……! 待ってろって言ったのに、なんでいねぇんだよ!」




──数時間前──




「なあ、アルテミス。お前は……どこに向かってるんだ?」


歩きながら、リュウセイがふと問いかけた。

その視線の先、少女は淡々と答える。


「大陸の最北。そこにある教会だ」


「教会? なんでまた、そんな場所に?」


「……呪いを解くため」


「呪い……?」


リュウセイは眉をひそめる。


「右目に、呪いがかけられているんだ」


アルテミスの目は前髪で隠れていて、確かに片目の様子はわからなかった。


「右目だけが真っ暗で、何も見えない。

それだけじゃない……ときどき、何かを訴えるように、強烈な痛みが走る。

これは呪いなんだと……そう言われた」


そう語る彼女の横顔は静かで、しかしどこか痛々しかった。


リュウセイは、ふと彼女の右手に視線を移す。

その手には、目よりも遥かに異様な気配が宿っている。

人智を超えた何か。──だが、あえて言及はしなかった。


「……なるほどな。

確かにその教会、北の果てにあるって聞いたことある。

だが、そこまでの道のりは相当厳しいぞ?」


「それでも、行かなくてはならない」


アルテミスの声には迷いがなかった。

その決意に、リュウセイは肩をすくめる。


「わかったよ。お前がどこへ行こうと、俺はついていく」


「……にしても、長旅になるな。

準備がいるだろ。物資も整えないといけねえし。

お前が街に入れば、また騒ぎになりかねねぇしな。俺が行ってくるよ」


「それに……セナにも顔を見せときたい。あいつ、心配してるだろうし」


「…………」


アルテミスは黙っていたままだった。



──中心都市・ステラ、中央広場──


広場の片隅に、セナがぽつんと佇んでいた。

そしてリュウセイの姿を見つけた瞬間──


「リュウセイさん! よかった、無事だったんですね!」


歓喜の声とともに、勢いよく駆け寄ってくる。


「ああ。心配かけたな」




「ところで……アルテミスはどうなったんですか?」


リュウセイは、これまでの経緯を簡単にセナに話して聞かせた。


「アルテミスと、和解……ですか。

……にわかには信じられませんね」


「案外、話してみれば分かるやつだったよ」


「アルテミスも気になりますが……あの“天使”と名乗る存在。

あれは魔物とはまったく違う。いったい何者なんでしょうか」


セナも一瞬、あの戦場に立ち会い、“天使”と接触している。

その短い時間だけでも察せるほど、アルテミス以上に異質で、圧倒的に危険な存在だった。


「たぶん、今後も別の“天使”が現れると思う」


「なっ……!? あれだけじゃないんですか!?」

セナの顔が青ざめる。


「アルテミスと旅して、さらにそれを上回る存在と戦うなんて……危険すぎますよ!」


「アルテミスは危険じゃねぇよ」

リュウセイははっきりと否定する。


「それに、俺にはどうしても会わなきゃならねぇ奴がいる。

そいつに会うためには、アルテミスと一緒に旅を続ける必要があるんだ」




「……とはいえ、北の教会までは果てしない道のりです」


セナは落ち着いた声で続けた。


「現在僕たちがいるのは、大陸の中心都市・ステラ。

そこから北へ進むと、まず森があり──

森を抜けた先に小さな村“ツィンクル“があります。

さらにその奥には、山を越えて“交易都市グローム”。

そして広大な荒野を越えた果てに……“北の教会”があるのです」


「まあ、アルテミスが行きたいって言うなら、俺はついてくだけさ」


リュウセイは肩をすくめて笑った。




そしてふと、ひとつの疑問が浮かぶ。


「そういや、アースとその仲間たちはどこ行った?」


「彼らは今、宿で休息中です。

あと……アースから、剣をいただきました」


「剣? ああ、す、すまん……お前から借りた剣、壊しちまったんだ……」


レミエルとの死闘の末に折れてしまった安物の剣。

セナから拝借した、交換条件のつもりだったが──


しかしセナは気にした様子もなく、新たな剣を取り出す。

その目はむしろ、嬉しそうですらあった。


「レイピア……か」


細身で、刺突に特化した片手剣。

軽量かつ鋭利なその剣は、セナの戦い方に合っている。


「アースが言ってました。

『お前は非力だが素早く、能力でトリッキーな戦いもできる。

普通の剣よりこっちの方が向いてるだろう。

仲間を助けてくれた礼だ。そして……首飾りを奪ったのは悪かった』って」


「へぇ……あいつ、意外と義理堅いな」


リュウセイは少し驚いたようにつぶやく。

乱暴で短絡的な男だったが、根は律儀な一面もあるようだ。




「それじゃあ、ここでお別れですね。

僕は西の果てを目指します。……もう会うことはないかもしれませんが、どうかご無事で」


「おう。お前に会えて良かった。

お前の旅も、無事に終わるといいな」


たまたま街で出会った二人。

奇しくも行動を共にする時間が多かったが、ここでそれぞれの道を歩む。




その後、リュウセイは街の中で必要な物資を買い揃え──

再び、あの廃墟へ。アルテミスの待つ場所へと向かっていった。


──そして現在──


街の外れに、一人取り残されたリュウセイ。


「……いや、たしかに俺も悪い。数時間も待たせちまったのは謝る。

だけどよ、勝手に一人で行くなんて、そりゃあダメだろ……!」


声に苛立ちと焦りが混ざる。


「お前を狙ってるやつは山ほどいるんだ。

それに……またあの“天使”が現れたら、どうすんだよ……!」


拳を握りしめ、地面を蹴るように踏み鳴らす。


だが──


彼女がどこに向かったのかは、わかっている。


「……北の教会、か」


──森──


リュウセイの予想は的中していた。

アルテミスは一人、深い森の中を黙々と歩いていた。


森は、ひどく静かだった。

高くそびえる木々は枝葉を絡ませ、空を覆い隠す。

わずかな光が、緑のフィルターを通して細く差し込み、地面に淡い筋を描いていた。


その幻想的な光景の中を、アルテミスは迷いのない足取りで進んでいく。




やがて──

細道の向かい側から、二人の少女の冒険者が現れた。


一人は、背が高く筋肉質な剣士。軽装の鎧を身にまとい、堂々とした体躯。

もう一人は、小柄で杖を手にした少女。アルテミスと背格好はあまり変わらない。




少女たちはアルテミスの姿を見て、ぴたりと足を止めた。


「あ、あれ……アルテミス!?」


声が震える。

恐怖に足がすくんだのか、その場から動けなくなってしまう二人。


だが──


アルテミスは何の反応も示さず、ただ背を向けて歩き去ろうとした。

まるで彼女たちの存在など、最初からなかったかのように。




「ま、待って!」

剣士の少女が声をかける。


その声に、アルテミスはぴたりと足を止め、ゆっくりと振り返った。


「ん……?」


「あなた……アルテミス、だよね?」


「ちょ、ちょっと待ってよ!」

杖の少女が引き止めようとするが──


「大丈夫だって!」


剣士の少女は恐れることなく、アルテミスに近づいていく。




「そうだ。私はアルテミスだ」


「やっぱり! 本物だ!!」

目を輝かせながら少女は声を弾ませる。

その反応に、アルテミスはわずかに困惑する。


「えっと……ごめんね、どこかに向かってる途中だったよね?

呼び止めちゃって。でも、どうしても渡したくて……これ!」


少女が差し出したのは、手のひらに収まる小さな包み。


「チョコレート! 好きだったでしょ?」


「……あ、ああ。ありがとう」


アルテミスはその包みを受け取る。




「じゃあねっ!」


そう言って、少女たちは手を振りながら森の奥へと消えていった。




再び歩き出したアルテミスは、道すがら包みを開く。


中には、小さなチョコレートが四粒ほど入っていた。


一粒をつまみ、そっと口へと運ぶ。

とろけるような舌触り。

そして口いっぱいに広がる、優しく甘い香り──


思わず、頬がゆるむ。


「……おいしい」


その味には、どこか懐かしさがあった。

遠い記憶のどこかに触れたような、そんな感覚。




だが──その幸せなひとときは、長くは続かなかった。




ふと、目の前に現れた“影”。


この気配──忘れるはずがない。


現れたのは、紅い髪、逞しい体格。

翼をもち、神話に登場する戦神のような風貌。

だがその目は、生気のない無機質な輝きを放っていた。




「よぉっ、アルテミス!!」


男は笑った。


「俺の名前はミカエル! お前をぶっ倒しに来た!!」



「──天使……!」


アルテミスの瞳が鋭く光った。


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