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第5話 覚醒

目の前に現れたのは――間違いなく、“天使”。


以前のレミエルと同等……いや、それ以上の力を持っていると直感した。

だが今回は、条件が違う。


「お前、私の能力はわかってるのか?」


アルテミスは冷ややかに言い放つ。


ここは森。

かつて戦った崩れた廃墟とは違い、無数の影が辺りに満ちていた。

彼女は即座に木々の影へと身を滑らせる。


(死角に回りこみ、一瞬で終わらせる……!)


アルテミスはミカエルの背後の影へと移動し、右手の爪を鋭く尖らせる。

狙いは急所。ただ一撃で仕留めるのみ。


その瞬間――


ミカエルが右手を掲げた。


「能力発動【火焔操縦】」


掌に宿った炎が、音もなく爆ぜた。

まばゆい炎が周囲を照らし、木々の影を次々に焼き払っていく。


「炎……!?!」


木の影がかき消され、同時にアルテミスの体も強制的に影から弾き出される。


「しまった!」


「そこか!」


ミカエルは、炎を纏った右拳を振り抜く。


「がっ――!!」


重い一撃がアルテミスの腹を打ち、彼女の身体が吹き飛ばされる。地面を転がるアルテミスに、ミカエルは冷然と告げる。


「お前の能力は【影間移動】――影に入り込み、影から影へと移動する。だが、光に晒されれば、影が消え、能力は無効化される」


ミカエルの掌に再び炎が灯る。


「そして俺の能力は【火焔操縦】。炎は光を生み出す……つまり、俺の能力はお前の天敵ってわけだ」


火が爆ぜる音が響く。


「だからこの森で待ち伏せた。燃やせるものが多い環境ほど、俺の優位は揺るがない」


彼の言う通りだった。

この相性の悪さでは、まともに戦えば勝ち目は薄い。


「……だったら、戦わなければいいだけのこと」


アルテミスは冷静に距離を取り、炎の届かない木陰へと潜る。


「逃すものか!! お前はここで……終わる!」


ミカエルは指を弾くようにして、無数の火の玉を生み出すと、それらを周囲へばら撒いた。


次の瞬間――


「……くっ!」


一つの火球が、アルテミスの隠れていた影を通過し、光が差す。

彼女の体が再び影から押し出された。


「そこだぁッ!!」


火の玉がアルテミスの腹部に直撃する。


「かはっ……!」


彼女は膝をつき、咳き込みながらも歯を食いしばる。


ミカエルは勝ち誇ったように笑う。


「見ただろ? 影なんて通用しねぇ。俺の前じゃお前は無力なんだよ!」


右手に宿る炎が、轟音と共に唸りを上げる。

手から放たれた炎の奔流は、まるで咆哮する竜のように一直線にアルテミスへと襲いかかる。


「焼き尽くしてやる……!」


「くっ……!」


アルテミスは右手を盾のように掲げ、炎に耐える。

しかし火勢は凄まじく、吹き飛ばされそうなほどの熱風が彼女の全身を焼いた。


「ははは! やっぱり大したことねえな、アルテミス! 攻撃を続ければ、あっけなく終わる!」


――だが、次の瞬間。


「……なっ!?」


炎の奔流を裂くように、鋭い爪が閃いた。


アルテミスの右手が火を切り裂き、猛スピードでミカエルの喉元を狙って飛び込む。


「チィイイイッ!!」


ミカエルはとっさに炎の放出を止め、身を回転させて間一髪かわす。


だがその目には、焦りの色が滲んでいた。


「……アルテミス。

お前の素性も能力も知っているつもりだったが……その右手だけが不可解だ」


憎々しげに彼は吐き捨てる。


「……星野め、余計なことをしやがって」


アルテミスは再び右手を構え直す。


「……はあ、はあ……っ」


アルテミスは呼吸を整えながら、再び立ち上がる。


「……舐めてると痛い目に遭いそうだ……!」


ミカエルの口元が歪む。

その体が、まばゆい光を放ち始めた。


「だったら――出し惜しみはしねえ!能力の解放!!

すぐに決着をつけてやる!!」



彼の炎が再び噴き出す。まるで業火の竜が咆哮するように。

アルテミスは咄嗟に右手を前に出し、その爪で炎を裂く。


「また、同じ攻撃……?」


火炎が止んだその瞬間、違和感に気づく。

彼女の右手には、赤黒い炎がまとわりついていた。


「こ……これは……!? 熱い……っ!」


いくら右手が特殊とはいえ、炎のまとわりつく状態が続けば消耗は避けられない。

まるで燃え続ける呪いのように、じわじわと体力を奪っていく。


「オラオラァ!!」

ミカエルはさらに追撃を加える。火の玉を連続で放ち、アルテミスを包囲する。


アルテミスは岩陰へ飛び込んで炎を防ぐが――


「なっ……!?」

その岩が、赤く染まり、音を立てて燃え始めた。


「岩が……燃える!? どういう……!」


ミカエルは勝ち誇ったように笑い、叫ぶ。


「この炎はな、“なんでも燃やす”!! 岩でも金属でも、対象が燃え尽きるまで終わらねえ!!」


(なんでも……?)


アルテミスの瞳が鋭く細められる。


「……性質解析中……」


小さく呟いた彼女は、すぐに顔を上げた。


「……一つだけ、燃やせないものがある」


次の瞬間、彼女は全速力で走り出し、真っ直ぐに川へ飛び込んだ。


ミカエルが舌打ちする。


「ちっ、川に逃げたか……」


だが、水面を割って姿を現したアルテミスの右手から、纏っていた炎が消えていた。


「だったら今度は川にすら逃さねえ!!」


ミカエルの身体に、今までとは桁違いの魔力が収束する。

大気が震え、地面が焼け焦げ始める。


(今のうちに反撃を……いや、違う!

回避に徹する……!)


「奥義――【獄炎衝波】!!!」


轟音が森を引き裂いた。


ミカエルの掌から放たれたのは、炎というには余りにも巨大で、余りにも凶暴な“嵐”だった。

火の奔流は地面をえぐり、木々を吹き飛ばし、瞬く間に一帯を灰に変える。


アルテミスは川から飛び出し、辛くも横へ跳ぶ。


振り返ると、そこには――


「……川が……ない!?」


さっきまで穏やかに流れていた川が、蒸気と共に、まるで存在ごと消されていた。

その場に残っているのは、黒く焦げた焦土のみ。

ミカエルを中心に、放射状に焼け野原が広がっていく。


森だったはずの一帯が、今や火の海。


炎と熱風が視界を覆い尽くし、立っているだけでも意識が揺らぐ。

長引けば、勝ち目は消える。

このままでは――終わる。


(……覚悟を、決めるしかない)

(最善の一手は……!)


アルテミスは、右手に残る微かな熱を見つめ、静かに息を吐いた。


ミカエルは狂ったように炎を撒き散らし、森を焼き尽くしていく。

逃げ道を――すべて断つために。


「ククク……見えてきたぞ、勝ち筋が。

逃げ場を消したその時こそ、貴様の終わりだ、アルテミス。

最後は大技で――跡形もなく吹き飛ばしてやる!」


嬉々とした声を上げるミカエル。

だが、次の瞬間。


アルテミスの目が鋭く光り、真正面からミカエルに向かって走り出す。


「……なっ!? こっちに突っ込んできやがった!?」


焦るミカエルは即座に構えを崩し、右手から火炎を放つ。


「そうはさせねえ!消えない炎をくらえッ!!」


轟音とともに炎の奔流が放たれる。


「……くっ!」


アルテミスの身体が炎に包まれる。

しかし、その勢いは止まらなかった。


「舐めるなあああああああああ!!!」


全身を業火に焼かれながらも、アルテミスは駆け抜ける。

その姿は、まるで命そのものを燃やすかのようだった。


右手の爪を伸ばし、そして斬撃を与える。


「があっ……!」


ミカエルの肩から脇腹へ、深く裂かれる。


「チィ……このっ……!」


ミカエルが体勢を立て直す暇も与えず、アルテミスは次の一撃を叩き込む。


「私が……やられる前に……

お前を倒せば……この炎も、全部……止まるはずだああああああ!!!」


「しまった……!この短期間で俺の行動をここまで学習しやがったのか!?」


刹那の連撃。

爪が、肉を裂き、血が、炎に弾ける。


まるで、自分自身の命を削っているような攻撃。

アルテミスの呼吸は荒れ、肌は焼け爛れ、それでも――動きは止まらない。


このままなら……倒せる。


しかし――


「あれは……!?」


アルテミスの視線が、炎の向こうに何かを捉えた。

――道ですれ違った、二人の少女。


彼女たちは、火の海に囲まれ、身動きが取れずに立ちすくんでいた。


「ひ、ひいぃぃぃっ!!」

「だ、誰かっ、助けてぇ!!」


アルテミスの表情が一瞬だけ揺れる。だが――


「……関係ない。

私は、生きるって決めたんだ……

何があっても、生きて、教会へ行く!」


心を押し殺し、ミカエルへ視線を戻そうとした、その瞬間――


炎に焼かれた巨大な大木が、軋みながら倒れ始めた。

その下敷きになろうとしているのは――あの少女たち。


(……っ!)


アルテミスの脳裏に、誰かの声がよみがえる。



『自分の命を狙う相手に優しくしろとは言わない……

でも、もし優しくしてくれる人が現れたら――』


『その人たちを……助けてあげて』



『これあげる!チョコレートだよ!

……確か、好きだったよね?』



「――あああああああああああ!!」


気がつけば、身体が走り出していた。


思考よりも先に動いたその手で、少女たちを突き飛ばす。

そして――自分は、倒れた大木の下敷きに。


「う、あああああああ!!」


地響きと共に崩れ落ちる大木。

少女たちはしばらく、何が起きたのかわからなかった。


だがすぐに――理解する。


「ア、アルテミス……!?

ありがとう……!今、助けるからね!!」


必死に、彼女たちは大木を押し上げようとする。

だが、その重さにびくともしない。


その時だった。

炎の向こうから、ミカエルの姿が浮かび上がる。


「ひっ……ひぃ!!」


その異様な姿に、少女たちは言葉を失う。


あまりにも異質な気配を放つミカエルに、

少女たちは足をすくませ、声も出せなくなる。


「に……逃げろ……!」

アルテミスは、喉を振り絞るように叫んだ。


「で、でも……!」


それでもその場を離れようとしない二人に、アルテミスは必死に言葉を繋げる。


「私は……大丈夫だ!

あの大木が倒れたおかげで、道が開いた……!

お前たちは、今のうちに逃げるんだ!!」


少女たちは、短く息を呑む。

そして――


「……待ってて! 必ず助けを呼んでくるから!!」


決意を込めた言葉を残し、二人はついに走り出した。

火の中を、迷いなく。


アルテミスの視界が揺れる。

焼けつくような熱と重圧が、身体を押し潰していた。


そして、そこへ――ミカエルが歩み寄る。


「ははっ、泣かせるねぇ……」

炎に揺られながら、愉快そうに笑う。


「“悪魔”が人を助けるなんてよ……

もしあの人間を見捨ててたら、お前……俺に勝ててたかもしれないのになあ?」


アルテミスは、苦痛に顔を歪めながらも、叫ぶ。


「……お前こそ、本当に……天使なのか……!?

関係のない人たちまで、巻き込んで……!」


ミカエルは顔を歪めて笑い、叫ぶ。


「この世界と、“俺たちの世界”――両方の最善を図ってるんだよ!!

それは……!お前の死をもって成立する!!」


ミカエルは右手をゆっくりと前に突き出す。

掌に、灼熱の魔力が渦を巻き始める。


「放っときゃ死ぬかもしれねえけどな……

確実にトドメを刺してやる。――【獄炎衝波】で、消し飛べッ!!」


ミカエルの右手に、焼き尽くす炎が集まっていく。


アルテミスは、動けない。

全身を焼く“消えない炎”、

押し潰すようにのしかかる“大木”、

迫る“死”。


逃げ場も、盾も、もうない。


(……私は……何をやっているんだ……)


(こんな、非合理的なことをして……

あの二人を助けなければ、私は――生き残れた。勝てたかもしれなかったのに……)



……………


『また明日、会おうね……ヤクソクだよ』


『いい? 約束は――絶対に、守らなくちゃダメなの』


……………


(……まだだ)


(まだ……私は、戦える!!)


その瞬間、アルテミスの目に、闘志が宿る。


押し潰された身体――それでも、右手だけは動いた。

奇跡的に、燃えてもいなければ、力も残っている。


(私の右手は、自分の意思で――ある程度、変形させることができる)


倒れた大木の下、わずかな隙間に“影”があった。


辺り一面、火の海。

無数の炎が光を放つということは――同時に、無数の小さな“影”もまた生まれている。


(私の能力――【影間移動】

それは、“影”から“影”へと身を移す力)


(私は……守るんだ……)


(私の大切なものも。私自身の命も。

そして――ヤクソクも!!!)


次の瞬間。

アルテミスの身体が、光に包まれるように揺らめいた。


ミカエルの咆哮が、火の中を突き破る。


「終わりだ、悪魔!!――【獄炎衝波】!!!」


空が裂けるような轟音とともに、巨大な炎の衝撃波が放たれる。

灼熱の奔流が、アルテミスへと迫る――!


「【影間移動】……能力の解放!!」


アルテミスは、最後の力を振り絞る。

右手を、大木の下の“影”へと突き立て……


「右手の……指だけ……移動させる!!」


その声と同時に――


地面に広がる無数の影から、黒い爪が一斉に飛び出した。


「な!?」


鋭く、長く、刃のような影が四方八方からミカエルを貫く。


「がっ……はあっ!? な……バ、バカな……ッ!!」


全方位からの“影の刃”による奇襲。

起死回生の一撃は、ミカエルの身体を一瞬で限界まで切り刻んだ。


その放たれていた炎も、火の海すらも――一瞬で霧散する。


「こ……この俺までも……こんな……ところで……ッ!」


ミカエルの身体がやがて淡い光の粒子となって消えていく。


……勝った。


しかし――


「……はぁ……っ、はぁ……っ……」


炎は消えた。だが、アルテミスの体は大木の下敷きのまま。

右手の力も、魔力も、限界を超えていた。


「ここまで……か……」


限界を迎えた身体は、ついにその意識を手放した――



— とある場所 —


「バカな! ミカエルまでやられるなんて……!!」


「それに……能力の“解放”まで……!?」


「……まあ、ルールには則ってますね」


「それどころじゃないだろ!

今あいつは瀕死なんだ!!

早く3体目を投入して、とどめを刺させろ!!」


「……3体目は、まだ調整中です」


「悠長なこと言ってる暇あるか!? また“成長”されたら手遅れになる!!」


「――落ち着いてください。

3体目は“特別”です。あれは、世界のルールすらも通用しない存在なのですから……」

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