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(ねえ、知ってる?)
(【ユメ】を持つと、強くなれるんだって)
(だったら、私たちも【ユメ】を持とうよ!)
(私たちの【ユメ】は…いつか必ず…)
(だから、また明日会おうね…ヤクソクだよ…)
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「……ヤクソク…」
アルテミスはゆっくりと瞼を開けた。木目の天井が視界に広がり、窓から差し込む淡い陽光が室内をやわらかく照らす。
ふかふかのベッドに沈む体は、不意に心をほどくような安心感を与えた。
木の温もりを生かした簡素な家具、小さなテーブルには水差しとコップ、丁寧に畳まれたタオル――。
「ここは……? ――っ!」
身を起こそうとした瞬間、鋭い痛みが全身を走る。厚く巻かれた包帯、血の滲む箇所もある。
――無理もない、あれだけの傷なのだから。
「……宿屋か。いったい誰が……」
戦いの記憶がぼんやりと蘇る。倒れかけた自分、炎と血の匂い、最後に見た光景――そこから先は覚えていない。
「お、目が覚めたみたいだな」
ドアを開けて入ってきたのは――
「リュウセイ……!?」
驚くアルテミスに、彼は呆れたように言った。
「まったく、勝手に行きやがって……その傷、また天使に会ったんだろ?」
アルテミスは視線を落とし、黙り込む。
「でも、まあ……生きてりゃ御の字か」
「……ここはどこだ?」
「森を越えた先の小さな村『ツィンクル』だ。そこの宿屋」
――やはり、ここまで運んでくれたのはリュウセイだ。
だが、どうして――。
「どうして、私の場所がわかったんだ?」
「森が大炎上してたら行くに決まってるだろ。それに、女の子二人が必死に助けを求めてきた」
「……女の子、二人」
思い当たる――あのチョコレートと、大木から庇った姿。
「聞いたぞ、お前、その二人を守ったんだってな」
アルテミスは小さく首を振る。
「違う……巻き込んだんだ。私がいなければ――」
「少なくとも、あの二人はそう思ってないみたいだぞ」
「え……?」
そのとき――
「あ! アルテミス!」
「よかった、目が覚めたんだね」
部屋に飛び込んできたのは、あの二人の少女だった。
「どうして……」
「そりゃ、気になるに決まってるじゃん!」
先に口を開いた剣士少女は、腰に手を当てて笑う。
「そういえば名前言ってなかったね!
アタシはルミナ! この子は――」
「……ノクティア」
魔導士少女は短く名乗り、視線を少し逸らした。
「目が覚めるまで、ここで待たせてもらってたんだ」
ノクティアの声は静かだが、どこか安心した色が混じっている。
そしてふたりは声を揃えて言った。
「改めて――ありがとう!」
「……」
アルテミスは頬をわずかに赤らめる。
「よかったな。でも、それだけじゃないぞ」
「じゃーん! 果物、たっぷり買ってきた!」
ルミナは籠を机に置くと、果物ナイフをクルクル回して見せた。
「何が食べたい? 」
「……リンゴ」
「任せて!」
ルミナが器用に皮を剥く横で、ノクティアは籠の中をじっと見つめる。
「……ブドウも、ある」
「はい、あーん」
ノクティアが差し出すと、アルテミスは少し照れながら口を開けた。
「次は何にする?」
「バナナ」
「ミカン」
「メロン」
(……こいつ、やたら食うな)
リュウセイは思わず苦笑した。
その日は、穏やかに時間が流れていった――。
ー夕暮れー
「それじゃあ、失礼します」
「アルテミスのこと、ちゃんと守ってあげてね」
「ああ、任せておけ」
宿屋の前。
リュウセイとアルテミスは、ルミナとノクティアの背中を見送り続けた。
夕陽が傾き、二人の影が長く伸びていく。
「……よかったな」
「何が?」
「みんながみんな、お前に怯えたり、襲ってきたりするわけじゃないってことだ」
「ああ……」
アルテミスは短く返事をすると、大きなあくびを漏らした。
「……ふあ」
「ん? もう眠いのか?」
「ん……」
「じゃあ、もう寝たらどうだ?まだ傷は残ってるだろ」
「……そうする」
アルテミスはゆっくりと部屋に戻っていった。
――傷は、順調に癒えている。
明日には、また出発できるだろう。
リュウセイは空を見上げた。
朱から群青へと変わる空に、一番星が瞬き始めている。
「……俺はまだ眠くないし、村を見回ってくるか。いつ天使が来るかわからねぇからな」
村の中をゆっくりと歩くリュウセイ。
日が暮れた後の村は、まるで時間が止まったように静まり返っていた。
空には無数の星が瞬き、建物や木々の影が灯りの下で揺れている。
ふと、彼の視線がある建物に留まる。
「あれは……」
村の中心にそびえる大きな建物。
中央には巨大な時計がはめ込まれ、外壁や玄関の周囲には優美なアーチや精巧な彫刻が施されている。
穏やかな村の中で、ひときわ異彩を放つ存在感だった。
建物の前に立つ女性が声をかけてきた。
「こんばんは。ここは図書館です」
「図書館……『以前』はよく利用していたな」
小さく呟き、リュウセイは中へ足を踏み入れる。
建物は長方形の筒状構造で、壁一面に本棚が並び、その中央には開放的な中庭があった。
中庭には月光が降り注ぎ、静謐な光が柔らかく照らしている。
リュウセイはゆったりと棚を見て回る。
やがて「新刊」の札がかかった棚の前で立ち止まった。
⸻
【能力の極意】
条件を満たすことで複数の能力を持つことができる。
複数の能力を持つほど一つ一つの質は下がるが、多様性のある戦いが可能となる。
逆に、一つの能力を極めた者は【能力の解放】を行うことができる。
魔力を大きく消費するが、性質を変化させたり、規模や威力を飛躍的に高められる。
あなたに合った能力と戦い方を見極めよ。
「【能力の解放】……か。だが俺には、複数の能力を使い分ける方が性に合ってるな」
本を棚に戻し、もう一冊の新刊を手に取る。
⸻
【月の女神と太陽の女神】
人類が衰退した時、天は二人の女神を生み出した
それが太陽の女神と月の女神
二人の女神は次第に世界を繁栄に導いた
しかし、二人の女神は天の想像以上に力をつけ
手に負えない存在となっていった。
そしていつしか太陽の女神は天の命令に背き
人類に災いをもたらす存在となった
人類はついに太陽の女神を討ち
平穏を取り戻すかと思った
残された月の女神は嘆き、苦しみ、怒り狂い
人類の新たな脅威となった
世界の理を変えてしまうほど
人類の繁栄のために女神の存在は必要
そう考えた天は、月の女神の記憶を消し、
災いは収まった
もし再び月の女神が太陽の女神の記憶を取り戻した時に訪れるのは
世界の災いか、それとも・・・
本はここで終わってる
「月の女神・・・アルテミス?」
ページを閉じると、窓の外にはいつの間にか深い夜が広がっていた。
長く席を外していることに気づき、リュウセイは足早に図書館を後にする。
怪我をしたアルテミスを一人で長時間残すのは危険だ。
だが、宿屋へ向かう途中――異様なざわめきが耳を打った。
「……騒がしいな」
足音を速めると、宿屋の前には人だかりができている。
「まさか……天使か!?」
リュウセイは駆け出した。
宿屋の扉が視界に入った瞬間――
「な……なんだ、ありゃ……!?」
リュウセイの視界に飛び込んできたのは、宿屋の前に集まる数十人規模の人だかりだった。
ざわめきの中心で、一人の男が高らかに声を上げている。
「さあ! これから皆は歴史的瞬間を目撃する!
目に焼き付けるんだ、僕が“悪魔の子”アルテミスを討つ瞬間を!」
――天使ではない。
しかし、ただ者でもない。
黒髪の長髪を後ろで束ね、貴族のような仕立ての服を纏った中性的な顔立ち。
だが天使に見られる羽や無機質な瞳はない。
一見すれば華やかで気取った冒険者――そんな印象だった。
男は人垣を抜け、堂々と宿屋の中へ入る。
受付に歩み寄り、涼しい声で言った。
「アルテミスはどこだい?」
「いらっしゃいませ。お一人様、一泊50sです」
「……もう一度聞くよ。ここにアルテミスが泊まっているだろう? 部屋はどこだい?」
「いらっしゃいませ。お一人様、一泊50sです」
受付の反応は、全く変わらない。
「……」
男は一瞬だけ眉をひそめ、やがて無言で外に出た。
「あ! どうでした? アルテミスは!?」
取り巻きの一人が駆け寄る。
「どうやら僕に恐れをなして逃げたらしい。……ふふ、これは僕の勝利だな」
「いやいや、嘘はやめてくださいよ」
取り巻きのツッコミに、男はほんの一瞬だけ黙り――
「……仕方ない。宿屋に火を放って、燻り出すとしよう」
松明を手に取った、その瞬間――
「待て!」
鋭い声が夜気を裂く。
人垣の隙間から、リュウセイが一歩踏み出した。
「ん? 君は?」
「あの子は今、傷の治療中だ。挑むのは後にしてくれないか」
男はリュウセイをまじまじと見つめ、口の端を上げた。
「……ああ、わかった。君は――アルテミスの傍にいる冒険者だね。噂で聞いたことがある。
知っているだろうけど、僕の名前は『ギンガ』。冒険者ランキングNo.3の男さ」
「知らん」
リュウセイは即答した。
「なっ!? この世界で僕を知らないだって!? ……君、初心者か?」
ギンガは肩をすくめ、ため息をついた。
「仕方ない、名刺交換をしよう。君も冒険者なら持っているだろ?
僕の名刺や称号を見れば、きっと思い出すかもしれない」
「ふん」
リュウセイはポーチから名刺を取り出し、無造作に投げるように差し出す。
「……おや、リュウセイ君、か。ふふ、短くて覚えやすい」
ギンガは自分の名刺を、これ見よがしに両手で差し出した。
光沢のあるカードには、整った筆致でこう刻まれている。
《銀河の剣士ギンガ》/冒険者ランキングNo.3
……自分の名前を二度も入れるあたり、相当な自信家らしい。
「……どうだい? 少しは思い出せたかな?」
「やっぱり知らん」
リュウセイは名刺をちらりと見ただけで、懐にしまい込む。
「はぅあ!? 君、僕の偉大さを本当に知らないのかい?
まあいい、なら――もう一つの名前なら知っているだろう?」
「どうでもいい」
リュウセイは遮り、低い声で言い放った。
「アルテミスを狙う奴は、全員俺が倒す」
低く、しかし鋭い声音と共に、視線が刃のように突き刺さる。
その威圧に、取り巻きたちは思わず息を呑んだ。
だが、ギンガは逆に笑みを深める。
「ふふ……まるでお姫様を守る騎士みたいだね。いや、それとも悪魔に魂を売った下僕かな?
でもね、リュウセイ君。僕にとって君と戦う理由は、正直ひとつもないんだ。
僕はただ、宿屋から悪魔の子を引きずり出して――」
「じゃあ、こういう条件でどうだ」
リュウセイは腰の刀を抜き放ち、夜の明かりに刃が白く光る。
「大業物『天叢雲』。
俺に勝てたら、この刀をやる。だが負けたら、潔く引いてもらう」
「……な、なんでそんなものを君が……?」
ギンガの表情がわずかに揺らぐ。
「お前も剣を使うなら、この刀は欲しいだろう」
やがてギンガは薄く笑い、頷いた。
「……いいよ。アルテミスを討つために、武器も最高のもので挑みたいからね。
これは『決闘』だ。勝負がつくまで逃げるのはナシだよ」