目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第7話 寄り添って、スリーソウルズ

 音楽室に入ると、すでに由依が座って待っていた。


「お待たせ、由依。遅れてごめんね」


 陽葵が謝るが、返事はない。由依は不思議そうにこちらを見ている。


「……二人とも、いつからそんなに仲良くなったの?」


 由依に指摘されて、はっとする。


 しまった。教室を出たときから、ずっと陽葵と手を繋いだままじゃないか。


 俺たちは慌てて手を離した。


 陽葵は顔を赤くして由依に詰め寄る。


「ち、違うの! これはその、逃げてきたからなの!」

「なるほど……愛の逃避行ね?」

「何それ! そんなんじゃないし!」


 むきーっ、と声を荒げる陽葵。意外だ。こっち方面のイジリは弱いんだな。


 ……と、陽葵の弱点を見つけて喜んでいる場合じゃない。早く誤解を解かないと。


「違うんだ、由依。実はな――」


 俺は陽葵と手を繋いでいた経緯を由依に説明した。


「そう……そんなことがあったのね。私はてっきり、二人が付き合い始めたのかと思ったわ」

「そ、そういうのやめてってば!」

「あら? でも、陽葵は三崎くんの出ていたライブに……」

「あーっ! それ言ったら絶交するからね!」

「はいはい。ごめんなさいね」


 怒る陽葵と、笑顔でからかう由依。本当に仲がいいな、この二人は。


 ……ところで、由依はなんて言おうとしたんだ?


 陽葵が俺の出たライブに居合わせたことを、どうして今さら話題にしたのか……いや、聞くのはよそう。俺も絶交されてしまうかもしれないし。


 心の中で結論づけたところで、陽葵は俺を睨みつけてきた。


「それより三崎くん! 新曲の歌詞、早く見せてよ! 前回みたいな歌詞だったら怒るからね!」

「俺に八つ当たりするなよ……」


 がるるる、と唸る陽葵に急かされつつ、鞄からノートを取り出した。机の上に広げ、付箋が貼ってあるページを開く。


「読んでみてくれ。これが俺の魂の叫びをぶつけた歌詞だ」

「魂の叫び、か……由依。読んでみようよ」

「ええ。拝読するわ」


 陽葵と由依がノートを覗き込む。


 歌詞をチェックしている間、二人は無言だ。音楽室は静寂に包まれており、妙な緊張感があった。


 でも、もう不安はない。


 俺らしい歌詞は書けたんだ。あとはメンバーの判断に任せよう。


 しばらくして、陽葵が顔をあげた。


「三崎くん……これだよ、これ! こういう根暗でロックな歌詞がほしかったの!」

「そ、そうか……一応確認するけど、褒めてるんだよな?」

「もちろん! ね、由依。この歌詞いいよね?」

「ええ。世の中に対する不満が煮詰まっていて、それが根暗な学生の視点から描かれている……負け犬にしか書けない素敵な歌詞だわ」

「本当に褒めてる?」


 悪口にしか聞こえないのは俺だけか?


 ……ま、別に悪口でもいいけどね。


 だって、二人の表情を見ればわかるんだ。


 俺は、俺らしい歌詞を書けたんだって。


「よし! じゃあ、歌詞はこれで決定ね! あとは練習あるのみ――」

「あ。待って、陽葵」


 一人で盛り上がる陽葵を由依が止めた。


「何よぉ、由依。テンション爆上がりだったのにー」

「ふふっ、ごめんなさい。でも、その前にバンド名を決めましょう」

「バンド名?」

「ええ。オーディションに『軽音楽同好会(仮)』のバンド名で応募したでしょ? あれ、ライブハウスから駄目だって連絡が来たわ。早く正式なバンド名を考えてくださいって」


 ……俺たちって同好会だったんだ。初耳だわ。てっきり部かと思っていたよ。


 地味にサプライズを受ける俺の隣で、陽葵は必死にバンド名を考えている。


「バンド名かぁ……ねえ、三崎くん。中学時代のバンド名、教えてよ。参考になるかもだし」

「やめとけ。参考にならないから」

「そんなことないよ。きっと得るものがあるって」

「……『ビート・エアライン』だけど」

「え、ダサっ! 脈拍航空会社じゃん!」

「日本語に直すな! ダサくなる!」

「英語でもダサくない?」

「うるさい! 当時はかっこいいと思ってたんだよ!」


 ちなみに、バンド名の発案者は俺だ。ダサくて悪かったな。


「昔のバンドの話はいいんだよ。真面目に考えるぞ」


 俺がそう言うと、由依が控えめに手をあげた。なんだか恥ずかしそうにしている。


「ねえ。私、ずっと案を温めていたんだけど、発表してもいい?」

「本当か? ぜひ教えてくれ」

「『スリーソウルズ』っていうの、どうかしら?」


 スリーソウルズ……三つの魂か。


 いい語感だな。短くて覚えやすいし、スリーピースバンドだってわかるのもいい。


「陽葵の魂は『キラキラした青春を過ごす』という夢。三崎くんの魂は『自己主張ができない自分とはサヨナラする』という強い意志。そして、私の魂……三つそろって『スリーソウルズ』ってイメージなんだけど」

「最っ高! エモすぎ! 由依ってば天才!」


 陽葵は嬉しそうに言って、由依にむぎゅっと抱きついた。


「ありがとう、陽葵。実は結構自信あったりして」

「お、さすがだねー。ところで、由依の魂って何?」


 由依から離れて首を傾げる陽葵。


 俺もそれは気になっていた。由依のヤツ、自分の魂については言わなかったから。


「私の魂はね……今はナイショにしておくわ」


 そう言って、由依は唇に人差し指を当てた。茶目っ気たっぷりな表情である。


「えー。なんかずるーい」

「ごめんね、陽葵。また今度、機会があったら教えてあげる」

「うーん……ま、いっか! とりあえず、バンド名は決定ってことでいい?」


 陽葵が俺と由依の顔を交互に見る。


 確認するまでもない。俺たちは力強くうなずいた。


「オーディションまで時間ないよ! 今日からいっぱい練習しようね! スリーソウルズ、頑張るぞー!」

「「「おー!」」」


 三人ぶんの「おー!」が音楽室に強く響く。


 隣を見れば、頼もしい仲間がいる。


 ……こんな満ち足りた気分になのは人生初かもしれない。


 この三人なら、どこまでも突き進める。


 そう確信し、拳を突き上げるのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?