目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第8話 陰キャぼっちにできること

 それからは練習に明け暮れる日々だった。


 朝も昼休みも放課後も練習。家に帰っても自主練を続ける日々。俺たちはオーディションに向けてひたすら技術を高めていた。


 気になることがあるとすれば、大沢である。


 あの一件以来、大沢は絡んでこなくなった。無言で睨まれたり、舌打ちをされることはあるが、意地悪してくる様子はない。敵意はあるのに、何もしてこないのがなんとも不気味だ。


 とはいえ、あいつにかまっている暇なんてない。俺はひたすら練習に打ち込んだ。



 ◆



 あっという間に数日が過ぎ、迎えたオーディション前日。


 放課後の練習が終わり、俺と陽葵は帰り道を歩いていた。


「いよいよ明日だね、三崎くん」

「ああ。絶対合格しよう。俺たちならできるさ」

「だねっ!」


 陽葵は大きく伸びをした。夕陽を背に受けて、体を伸ばす彼女の姿は絵になる。まるで映画のワンシーンみたいだ。


「ねえ。三崎くんはさ、嫌じゃない?」


 唐突にそんな質問を投げかけられた。


「嫌って何が?」

「幽霊病のバンドメンバーがいること」

「……どうしてそんなことを聞くんだ?」

「ん? まあ、なんとなくだよ」

「誤魔化さずに言えよ。ちゃんと言葉にしてくれないと、こっちが不安になるだろ」

「おおー。自己主張ができなかった三崎くんが、はっきりと自分の意見を言うなんて……成長したね」

「茶化すなって」

「あははっ。ごめんね。なんかマジな話をするの、恥ずかしくてさ」


 陽葵は立ち止まった。

 先ほどまで笑っていたのに、急にしおらしくなる。


「……このまま三人でバンド続けるとしてさ。それは嬉しいことだけど……私、いつかいなくなっちゃうから」

「陽葵……」

「私ってば、三崎くんを強引に誘っちゃったでしょ? その張本人がバンド続けられないの、無責任に思われるかなーって」


 夕陽のせいだろうか。陽葵は今にも消えてしまいそうな、儚い笑みを浮かべている。


 初めて見たかもしれない。

 あの陽葵が、露骨に弱音を吐いているところを。


「……三崎くん。バンド、無理に誘っちゃってごめん」

「ばーか。そんなことで謝るな」


 俺がそう言うと、陽葵は頬を膨らませた。


「むーっ。どうして馬鹿なのさぁ」

「あのな。たしかに出会いは最悪だったよ。初対面のヤツが脅してきて、無理矢理バンドに誘ってきたんだから」

「うっ……それは本当にごめん」

「俺とは真逆の性格で、自分の言いたいこと言って、やりたいことやって……振り回されてばっかりだっつーの」

「ご、ごめんってばぁ」

「……でも、今は感謝してるよ」


 陽葵は俺に変わるきっかけをくれた。


 後悔しないで生きるなら、言いたいことは言ったほうがいい……優しい言葉で、俺の心を救ってくれたんだ。


「俺が自己主張できるようになったのは陽葵のおかげだ。それなのに、嫌になるわけないだろ」

「そっか……えへへ。なんか安心したかも」


 照れくさそうに笑う陽葵。

 頬が赤いのは、きっと夕陽のせいじゃない。


「へえ。陽葵も照れたりするんだな」

「な、なにさぁ。そっちが恥ずかしいこと言うからじゃん」

「言いたいこと言っちゃえって、陽葵から教わったんだが?」

「ふんっ。可愛くないヤツー」

「ははっ、悪かったよ……なあ。その、こんなこと聞いていいのかわからないんだけど……」

「なに?」

「……幽霊病の進行具合はどうなんだ?」


 たぶん、今すぐ消えてしまうような状況ではないと思う。


 ゴーストリノ原子が陽葵に悪さをするのは、鼓動が速まったときに限定される。事実、陽葵が透過しているのを見たのは初合わせのときだけ。それ以降、練習中に体調不良になったことは一度もない。


 だから、つい現実逃避してしまう。


 もしかしたら、このまま長生きできるんじゃないかって。


 期待と不安が入り混じる中、陽葵は首を左右に振った。


「自分でもわからないんだよね。調子がいい時期が続いていても、急に透過することもあるし」

「それは……激しい運動をしたときか?」

「ううん。調子が悪いときは、軽くボイストレーニングしただけでも、手が透けたりするんだ」

「そっか……」

「でも、今すぐ死ぬわけじゃないから安心して?」


 そう言って、陽葵は笑った。


 風が吹き、彼女の髪がはらりと揺れる。沈む夕陽と一緒に消えてしまいそうな気がして、なんだか無性に悲しくなった。


「こらこら。オーディション前日にそんな暗い顔しないの!」

「でも……」

「死ねないっしょ! ライブやるまではさ!」


 陽葵は俺の顔を覗きこみ、ウインクした。


 当事者でもない俺がこんなに怖いのに、君は明るく前を向くんだな。すごいヤツだよ、本当に。


「……そうだな。明日は頑張ろう」

「うん! ぶちかましちゃお!」


 陽葵は夕焼け空に向かって拳を突き上げながら歩き出した。彼女の足元から伸びる長い影も一緒について行く。まるで背後霊みたいだ。


 漠然とした不安だけが心の中に渦巻く。


 ……自分にできることがなさすぎて嫌になる。


 俺は陽葵に何をしてやれるのだろうか。


 彼女が俺に大切なものをくれたように、俺も何か与えてやれるのだろうか。


 そんなことを考えながら、陽葵の背中を追った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?