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第9話 いざ、ライブオーディション!

 とうとうオーディション当日を迎えた。


 俺たちが申し込んだライブハウスでは、生演奏のオーディション方式が採用されている。いわゆる、デモテープなどは必要ない。主催者側が「実際に演奏を聞き、見て判断する」のが方針なんだとか。


 オーディション直前。俺たちはステージ上で機材のセッティングを始めた。この後にPAさんの協力のもと、サウンドチェックがある。今はその準備中ってわけだ。


「三崎くん。き、緊張しちゃだめだよ?」


 セッティングを終えると、陽葵が震えた声でそう言った。


 俺は経験者だから緊張はしないけど……どちらかといえば、陽葵のほうが緊張しているように見える。


「落ち着け、陽葵。オーディションと聞くと身構えてしまうけど、そう緊張しなくていい」

「で、でもさぁ……」

「オーディションってのは、バンドの方向性や曲を確認する審査みたいなものだ。何も点数をつけて合否を決めようってわけじゃない。陽葵が思っているほど、狭き門じゃないさ」

「そうなの? なんだ。じゃあ、合格できそうだね」

「……まあ普通に実力不足なら落選するけど」

「ちょっと! リラックスさせてよぅ!」

「す、すまん。でもまあ、たぶん大丈夫だから。練習どおりやろう。な?」

「うん……そうだね。由依は平気?」

「ええ。頼れる仲間が二人もいるもの。へっちゃらよ」

「由依……だよね! 私、がんばる!」


 陽葵は「よし!」と大声を出して気合いを入れた。まだ顔が少し強張っているが、いくらか緊張が解けたらしい。さすが由依。陽葵の扱いが手慣れている。


 場の空気が和んだところで、俺はPAさんに声をかけた。


「『スリーソウルズ』、セッティングOKです」

「ありがとうございます。では、サウンドチェックいきます。まずはドラムから――」


 PAさんの指示に従い、音を鳴らしていく。


 サウンドチェックでは、楽器の音量のバランス確認とその修正をする。よくライブ前のリハーサルでやるアレだ。


 サウンドチェックと照明の確認が終わると、ライブのオーナーさんがやってきた。年齢は四十歳くらいだろうか。銀髪ロングの男性だ。細身でスタイルがいい。ベロアの黒いジャケットをかっこよく着こなしている。


 簡単に挨拶を交わすと、オーナーに演奏を促された。


「『スリーソウルズ』です。よろしくお願いします。『クロハル』って曲を演奏します」


 陽葵がそう言うと、三人で目配せする。


 オーディションとはいえ、これがスリーソウルズのデビュー戦。ネックを持つ手に自然と力がこもる。


 それぞれの事情で暗黒の青春時代クロハルを過ごしてきた俺たち。


 今、ここで淀んだ春に終止符を打とう。


 ドンチッ、ドンチッ!


 後ろで聞こえるドラムの四つ打ち。二拍目と四拍目にスネアが入り、単調になりがちなリズムのアクセントとなる。青春に負けた俺たちの反撃の合図だ。


 シンバルが生み出す、大切な何かが壊れたような音。儚い音色の合間を縫うように走るギターの旋律。それをベースの低音が調和し、一つの音楽となる。


 俺は正確なリズムを刻みながらアタック音を奏でた。ゴーストノート。陽葵が褒めてくれた、幽霊の音。


 昨日の光景――夕焼け空の下、くすぐったそうに笑う陽葵の姿が脳裏に浮かぶ。


 俺が陽葵のためにしてあげられること……考えたけど、たった一個しか思い浮かばなかった。


 それは、このバンドで最高のパフォーマンスをすること。


 陽葵は言った。俺のゴーストノートがかっこいいって。俺らしい歌詞を書いてほしいって、そう期待してくれたんだ。


 だったら、それに応えるしかないだろ。


 俺をイメージした暗い楽曲がやりたいって?


 上等じゃないか。生憎だが、真っ黒な思い出なら売って余るほどある。このベースでそれを青く塗り潰して音楽に変えてやるよ。


 他にはなんだ?

 陽葵がやりたいこと、もっと教えてくれ。


 キラキラした青春を送りたい?

 人気者になりたい?

 夢は大きくメジャーデビュー?


 それが陽葵の夢ならば、俺は全力でアシストする。

 こんなふうに、根暗な音をかき鳴らして。


「――――」


 サビに入り、美しい裏声ファルセットがステージに響く。


 新曲のテーマは『陰キャでも、ありのままの自分で青春したい!』。要するに、俺の魂をぶつけた歌だ。


 臆病だから何も言えない。好きも嫌いも胸の奥。心に鍵をかけて、気持ちは大事にしまっている。教室の隅っこで空気みたいに突っ立ってさ。みんなの声は俺に届いても、俺の声はみんなに届かないんだ。どうすれば自分らしく生きられるのか。答えはわかっているのに、やらない言い訳だけが上手くなっていく。下手くそな作り笑顔ばかり浮かべて、やりたくもないサポートのバイトをする日々だった。


 そんな俺の濁った心を、陽葵が青色に塗り替えてくれたんだ。


 第一印象は最悪だったけど、今は誇れるよ。


 いつだって自分らしく振る舞う君と、バンドを組んでいることを。


「――――」


 ドラムとリズムを合わせながら、狂ったようにアタック音を入れる。全身全霊のベースソロだ。


 作曲者の陽葵があえて俺の見せ場を作ったのは、それなりの意味があると思う。音楽でも自己主張しちゃえばいいじゃん……そんなメッセージが込められているような気がしてならない。俺は心の叫びをベースの音に乗せた。


 嫌いなものが多すぎて目を瞑った日も。人を傷つけるのが怖くて、震えながら口を閉ざした日も。本当は心を曝け出したかったんだ。俺が何を愛して、何を呪うのか。それだけでも誰かに知ってほしくて。


 陽葵から勇気をもらった今なら言える。俺が心から欲したのは、信頼できる仲間と音楽を奏でる青春。一番嫌いなのは、人付き合いに臆病な自分だ。吠えろ、ゴーストノート。この音は学校にいてもいなくても変わらない、陰キャぼっちゴーストの咆哮だ。


 ……ああ、そうか。

 今は俺だけの音楽じゃなかったな。


 隣を見れば、気持ちをぶつけ合える仲間がいる。


 俺たちは『スリーソウルズ』。三つの魂の叫びが、最高の音楽を生み出すんだ。


「――――」


 身を焦がすような歌声が止むと同時に、弦を押さえる。


 演奏が終わった。


 三人の荒い呼吸が耳鳴りのように聞こえる。心臓は騒がしいけど、穏やかな気分だ。


「ありがとうございました!」


 三人で頭を下げるが、オーナーからの反応はない。


 ……駄目だったか?


 顔を上げると、オーナーの表情は硬かった。


「……暗い音楽だね。音も歌詞も夜みたいだ」


 やっぱりか……俺の主観全開の歌詞だし、そうなるよな。


 落ち込んでいると、オーナーの表情がふっと和らぐ。


「でも、ひたすらに真っすぐで、心に刺さるいい楽曲だったね……合格だ」

「本当ですか!?」


 おもわず聞き返すと、オーナーは笑顔で首肯した。


「ああ。ぜひうちのライブを盛り上げてくれ。頼んだよ」


 言われた瞬間、腹の底から熱い感情がこみ上げてきた。


 やった……これでまだ陽葵と夢を追いかけることができる!


 拳をぎゅっと握り、仲間たちのいるほうへ振り返ろうとした。


 そのときだった。


「陽葵ッ!」


 由依の悲鳴がステージ上に響く。

 慌てて振り返ると、陽葵がうずくまっていた。


 ふとファミレスでの由依の言葉が脳裏に蘇る。



『これもお医者さんの話だけど、心臓の鼓動が速まると、ゴーストリノ原子が活発になるみたい。緊張状態や興奮状態はもちろん、激しい運動……ライブなんかも含まれるわ』



 まさか……幽霊病が発症したのか?

 初合わせの、あの日のように。


「お、おい! 大丈夫かよ!」


 俺と由依は陽葵のもとへ駆け寄った。


「あはは……へーき。ちょっと立ち眩みしただけ」


 陽葵の笑顔は引きつっていた。顔は青白くて、額には脂汗が滲んでいる。呼吸も荒い。体が透過していないのが、せめてもの救いだ。


「あまり大丈夫そうには見えないが……救急車を呼ぼうか?」


 いつのまにかそばに立っていたオーナーが、心配そうに陽葵に尋ねる。


「いえ、本当に大丈夫です! ご心配かけてすみません!」


 陽葵は由依に肩を借りて、よろよろ立ち上がった。


「ならいいんだが……気分がよくなるまでロビーで休んでいくといい」

「ありがとうございます、オーナーさん……由依。迷惑かけてごめんね?」

「おばか。私のことよりも自分の心配をしなさい」

「ちぇっ。怒られちゃった」


 拗ねる陽葵と目が合う。

 彼女は嬉しそうに笑った。


「三崎くん! オーディション、受かったね!」


 こんなにボロボロな状態なのに、どうして笑っていられるのか。その強さと眩しさに命の輝きを感じてしまい、何故か無性に不安になる。


「……ああ。本番も頑張ろうな。この三人で」


 俺は当たり前のことを言葉にした。願いを口にしないと、なんだか叶わないような気がしたから。


 陽葵は「うん!」と明るく返事をして、由依と一緒にロビーへ向かった。俺はオーナーに礼を言ってから、彼女たちの背中を追う。


 ライブ本番まで、陽葵は元気でいられるだろうか。楽しそうにギターを弾き、美しい歌声を響かせられるだろうか。最後まで俺たちのそばにいてくれるだろうか。最悪なシナリオが頭の中に浮かんでは消えていく。


 ……いけない。せっかくオーディションに受かったんだ。暗いことばかり考えるな。今は喜びを分かち合う場面だろ。


 ロビーに着くと、由依は陽葵を椅子に座らせた。


「陽葵。あまり無理しては駄目よ?」

「大丈夫だよ、由依。本当に立ち眩みだったの。体も透けなかったでしょ?」

「でも……」

「んもう。せっかくオーディション合格したんだよ? もっと喜ぼうよ!」

「……そうね。お疲れ様」

「そうそう、それだよ。私、ニコニコしてる由依のほうが好き」

「あなたが心配かけなければ、私はいつも笑顔なのだけど」

「なにそれー。意地悪すんなよー」


 二人で和やかに会話しているのを、俺は黙って聞いていた。


 親友がこんな状態なのに、由依も笑顔でいてあげられるんだな。


 ただ一人、俺だけが弱いんだ。


 もしも陽葵が音楽をやらずに安静にしていれば、長生きできるんじゃないか……そんなことを考えてしまっているのだから。


 わかっているさ。命短い陽葵から夢を奪うなんてこと、できっこない。陽葵だって、一生懸命悩んでたどり着いた結論のはず。いくら仲間でも、考え抜いた生き方を否定すべきではない。


 だからこそ、辛いんだ。


 あいつの夢は叶えられても、命は救ってやれないなんて……悲しすぎるんだよ、ちくしょう。


 己の無力さを呪っていると、入り口のドアが開いた。男四人がぞろぞろと入ってくる。


 男たちを見て、ぎょっとした。

 そのうちの一人が大沢だったからだ。


「こんちはー……あ? なんで三崎たちがいるんだ?」


 大沢は俺を見るなり、急に不機嫌になる。


「俺たち、ここのライブに出たくてオーディションを――え?」


 大沢の隣に立っている男を見て、頭が真っ白になる。


 背が高くて、線の細い体。切れ長の目。パーマのかかった黒髪。中学の頃から、あまり変わっていないからすぐ気づいた。


 桐谷修司きりたにしゅうじ

 中学時代、俺が活動していたバンドのドラマーだ。

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