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第10話 あの頃、やりたかった音楽をバンド対決で

「桐谷……?」

「お前……三崎か?」


 目が合うと、桐谷は頬を緩めた。


「ひさしぶりだな、三崎! 元気してたか?」

「ああ……桐谷もまだ音楽やってたんだな」

「それはこっちのセリフだよ。あんなことがあったから、音楽が嫌になっちまったんじゃないかって心配してたんだ」

「そっか……一応、俺もまだバンドやってるよ」

「おう。それが知れて何よりだ」


 桐谷は嬉しそうだが、はたして俺は上手く笑えているだろうか。


 中学時代のバンド……『ビート・エアライン』が解散したのは俺のせいだ。桐谷は俺のことを恨んでいるんじゃないかと不安になる。


 大沢は不思議そうに首を傾げた。


「あ? なんだよ。桐谷のダチだったのか?」

「おう。中学時代、三崎と一緒にバンドやってたんだ。こいつ根暗で捻くれ者なんだけど、ベースは超クールでさぁ」

「……けっ」


 大沢はつまらなそうに桐谷の話を聞いている。まあこいつは俺の昔話なんて興味ないだろうな。


 ちなみに、陽葵と由依は「三崎くん、中学時代から捻くれ者だったんだね」と盛り上がっている。ほっとけっての。


「三崎の話はどうでもいいんだよ。で? お前ら、ここのライブに出るって?」


 大沢は桐谷との会話を打ち切り、俺を睨んできた。


「ああ。さっきオーディションも合格した」

「……お前ら、最近マジで調子乗ってやがんな」


 大沢がそう言うと、陽葵が立ち上がった。


「調子に乗ってなんかないよ。やりたいことやって何が悪いのさ」

「そういうところだよ。下手くそがイキがんな」

「なんだとー! 私たちの演奏、聞いたこともないくせに!」

「あ? 馬鹿が。俺の前で演奏する度胸あんのかよ?」

「いいとも! 聞かせてやろうじゃん!」


 怒る陽葵とは対照的に、大沢はニヤリと笑った。


「面白れぇ……ずっと考えていたんだ。お前らが泣いて悔しがる姿を拝むには、どうすればいいかってな。今、その方法をようやく思いついたぜ」


 およそ小悪党の考え方である。大沢め。最近ちょっかい出してこないと思ったら、そんなくだらないことを企んでいたのか。


「三崎。バンド対決しようぜ」

「バンド対決……?」

「ああ。俺もお前らと同じライブに出る。で、どっちのバンド演奏が盛り上がったかを競うんだ。負けたほうが謝るんだよ……イキがってすみませんでした、ってな」


 なんて性格の悪いヤツ……というか、そんなに勝つ自信があるのか?


 少なくとも、桐谷のドラムはかなり上手い。他のメンバーの演奏技術も同等だと思うと、かなりハイレベルなバンドだろう。


 こんな勝負、受ける必要はない。俺たちの目標は『ライブに出ること』で、大沢に詫びを入れさせることじゃないんだ。


 そもそも、陽葵は今、体調を崩している。喧嘩なんかしている場合じゃない。休ませるべきだ。


「おい、陽葵。大沢の言うことなんて真に受けなくていい――」

「上等だよ! その挑戦、受けて立つ!」

「勝手に決めないでくれる!?」


 おいおい。話がどんどん拗れていくぞ?


 暴走した陽葵を止められるのは親友の由依しかいない。俺は彼女に助けを求めようとしたのだが……。


「よく言ったわ、陽葵。ここまでコケにされて黙っていられないわよ」


 珍しく怒っていた。マジか。由依も乗り気かよ。


 気持ちはわかる。正直、俺だって腹が立つし、大沢のバンドに負けるかよって思う。


 でも、別に戦う必要はないし、大沢の謝罪が聞きたいわけでもない。俺は平和的な解決を所望する。


 ……そうだ。普段から冷静な桐谷なら、この場を丸く収めてくれるんじゃないか?


「桐谷。お前から大沢を止めてくれよ」

「ん? どうしてだ?」

「どうしてって……」

「勘違いしてるぞ、三崎。俺は対決には賛成だ」

「は? なんで?」

「三崎の本気が見たいからだよ」


 桐谷の目が鋭くなる。

 クールな桐谷に似合わない、感情的な目だ。


「あの日からずっと考えてたよ。三崎のやりたい音楽、最後に聞いてみたかったなって」

「それは……」


 解散したときの記憶が蘇る。

 あの日、俺は桐谷たちに言った。



『流行の曲よりも自分たちらしい暗い曲やろうぜ』



 俺がそう主張したせいで、バンドメンバーがそれぞれやりたい音楽を言い合った。その結果、音楽性の違いが露呈し、俺たちは解散に至ったんだ。


「ライブで聞かせてくれないか? 三崎が目指していた音楽を」

「桐谷……?」

「あのとき、バンドは解散した。そうまでして、お前が必死で伝えたかったこと……音楽で語ってほしいんだ」


 それだけ言い残し、桐谷は空きスタジオのほうへ去っていった。大沢を含めた他のメンバーもそれに続いていく。


 大沢が立ち止まり、振り返る。


「せいぜい土下座の練習でもしておくんだな」


 捨て台詞を吐き、今度こそ去っていった。


 陽葵は頬をふくらませ、その場で地団駄を踏んだ。


「むきーっ! 嫌なヤツ! 夜道で会ったら背後からギター叩きつけてやる!」

「落ち着けよ。さっきまで体調悪かったんだから」

「三崎くん! 絶対にバンド対決勝とうね!」

「お、おう……どうしてそこまで怒るんだ?」


 大沢から受けた累計ストレスは、俺のほうが遥かに多いんだが?


 疑問に思っていると、陽葵は言った。


「バンドは私の夢だし、大切な居場所だから。それを馬鹿にする人は許せない」


 言われて、はっとする。


 大切な居場所……それは俺だって同じだ。


 自分の魂をぶつけても受け入れてくれる。腐っていた陰キャの自分を必要としてくれる。それがこのバンド『スリーソウルズ』だ。


 陽葵も由依も、別にバンド対決がしたいわけじゃない。大沢に謝罪させたいわけでもない。ただ、大切な仲間を馬鹿にされたのが許せなかったんだ。


 どうして気づかなかったのだろう。以前、大沢に仲間を馬鹿にされたとき、俺だってブチギレたのに。


 ……やっぱり陽葵は強いな。自分の思っていることを、ちゃんと言葉にできて。


 俺も、はっきりと言葉にしよう。

 仲間をコケにした大沢は、絶対に許せないって。


「よし! お前らの気持ちはわかった!」


 大声でそう言うと、陽葵と由依は目を丸くした。


 左の手のひらに、おもいっきり右の拳を叩きつける。バシッという小気味のいい音がロビーに響いた。


「陽葵、由依。俺たちの悪口を言うヤツはぶっ潰そう!」


 そう言うと、二人は笑顔で頷いた。


 いいぜ。最高の楽曲で迎え撃ってやるよ。


 見ていてくれ、桐谷。

 俺たち三人の、魂のこもった演奏を。

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