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TRACK・3

第11話 よかったら、私とデートしようよ

 バンド対決をすることが決まってから数日が経った。


 いよいよ六月になり、ジメジメした日が続いている。制服は冬服から夏服に移行し、生徒たちはみんな涼しげだ。夏の到来もすぐだろう。


 あれから詳しい説明をオーナーから受けた。当日は『スリーソウルズ』と大沢たちのバンドを含めた四バンドが演奏をするらしい。


 問題なのは、各バンドはそれぞれ二曲演奏しなければならないということ。

 俺たちの持ち曲はたった一曲しかない。ライブに出演するには、一曲足りないのである。


 というわけで、再び新曲を作ることになった。


 今は放課後。俺たちは音楽室に集まっている。陽葵に呼ばれたのだ。


「お待たせ、二人とも。新曲できたよん。といっても、歌詞はまだだけど」

「もうできたの? すごいわ。さすが陽葵ね」


 由依が褒めると、えっへん、と得意げに胸を張る陽葵。彼女がすぐ調子に乗るのは、由依が甘やかすからだと密かに思った。


「というわけで、早速二人に聞いてもらいたいんだ。いい?」

「もちろんよ。ね、三崎くん?」

「ああ。楽しみだよ」


 気をよくしたのか、陽葵はニヤリと意味深に笑った。「ふっ。私の天賦の才がバレちゃうぜ」とほざいている。こっちはまだ曲を聞いてもないのに、どこからその自信が来るんだか。


 呆れていると、陽葵がスマホを手に取った。


「じゃあ、今準備するね……あれ?」


 ――かつん。


 陽葵はスマホを床に落とした。

 よく見ると、彼女の体がふらついている。まるで平均台の上を歩いているかのような危うさだ。


 声をかける前に、陽葵は尻もちをついた。


「陽葵!? 具合でも悪いの!?」


 慌てて由依が尋ねると、陽葵は立ち上がって笑った。


「あはは。手元が滑っただけ。ごめん、おっちょこちょいで」

「そっちじゃなくて転んだほうよ。さっき、ふらついていたわよね?」

「最近、室内で歌とギターの練習ばかりしてるじゃん? ちょっぴり運動不足でさぁ。体幹、鍛えないとね」

「運動不足って……」

「由依は過保護すぎるんだよ。ほら、私なら大丈夫だから」


 そう言って、陽葵はその場で腿上げ運動をした。眩しい太ももは躍動し、短いスカートが忙しなく動いている。手足を目で追ってみるが、透過している様子はない。


 普通に元気そうだけど……さっきの倒れ方は不自然だったよな?


 陽葵は立っていただけだ。いくら運動不足でも、その場でふらつくのはおかしい。もちろん、体幹の問題でもないはずだ。


 それに、スマホを落としのも気になる。

 ほんの一瞬、体が透過して、スマホに触れられなくなったのではないか……そう考えると、辻褄が合ってしまう。


「もう……わかったから、あまり激しい運動をしないで?」

「はーい」


 心配そうな由依。

 対して、陽葵は舌をちろっと出して笑っている。


 ……本当に大丈夫なんだよな?

 大沢たちとのライブ、ちゃんとできるんだよな?


「陽葵……新曲、聞かせてくれるか?」


 不安な気持ちを押しのけて尋ねる。


「うん! もちろん!」


 無駄に大きくうなずく陽葵。

 まるで元気であることを盛大にアピールしているみたいで、余計に怖くなるのだった。



 ◆



 その後、俺たちは新曲を聞き、解散となった。陽葵が病院に行くため、練習できないからだ。なんでも今日は定期的に受ける健診の日なのだとか。


 今は帰り道。由依と二人で話しながら歩いている。話題は新曲だ。


 陽葵いわく、新曲のテーマは『応援歌』らしい。たしかに『クロハル』に比べると、全体的に明るいサウンドだ。とはいえ、仄暗い雰囲気も漂っており、そこは『スリーソウルズ』らしさが残っている。


 今回もいい曲だったが、一つだけ問題があった。陽葵がまた俺に歌詞を考えてくれと言ってきたのだ。


 陰キャぼっちが他人様を応援するなんて無理だろ。


 ……そう陽葵に伝えたのだが、俺の意見は直ちに却下。「応援したい人を思い浮かべて歌詞にしてね!」と言われてしまった。


 はぁ……陽葵の中で、俺はもう作詞担当なんだろうなぁ。


「あのさ、由依。陽葵って作詞できないの?」


 ふと頭に浮かんだ疑問をぶつけてみる。

 由依は不思議そうに首を傾げた。


「そんなことないと思うけど……どうして?」

「いや。作れるのなら、なんで毎回俺に頼むのか気になって」

「そんなの、三崎くんに作ってほしいからに決まってるじゃない」

「うーん。そういうものか……?」

「そういうものよ。陽葵、三崎くんのことがお気に入りみたいだから」


 お気に入りって。俺はあいつのなんなんだよ。


「俺のこと、ぬいぐるみか何かと勘違いしてないか?」

「ふふっ。そんな嫌な顔しないであげて? あんなに可愛い子から気に入られたんだから喜びなさいよ」

「『振り回されている』の間違いだろ……まあ可愛いとは思うけど」

「可愛い……それ、本人に言ってあげたら?」

「え、なんで? 陰キャの俺から言われても嬉しくなくね?」

「君は自己肯定感が低すぎるのよねぇ……はぁ」


 盛大に嘆息する由依。

 悪かったな。自己肯定感が高かったら、陽キャやってるっつーの。


「……ところで、由依に聞きたいんだけどさ。陽葵の健診って毎月あるの?」

「いえ、もっと頻繁に受けているはずよ。幽霊病は未知の病気でしょ? 細かいケアが必要だもの」

「そっか……」


 初合わせの日、陽葵の手は透過した。それまで元気だったのに、急に体調が悪くなったように俺には見えた。


 オーディションのときもそう。演奏前、陽葵はピンピンしていたはず。透過こそしなかったが、少なからず幽霊病の影響があったのだろう。


 鼓動が速まれば、いつ発作が出ても不思議はない……そんな悪質な奇病と、陽葵はずっと闘っている。


「幽霊病……恐ろしい病気だ」

「ええ。陽葵自身も怖いと思う。だから、三崎くん。あの子に負けないように、私たちも笑顔でいなきゃ駄目よ?」


 そう言って、由依は優しい笑みを浮かべた。


「……由依も強いんだな」

「そう? どうして?」

「親友が幽霊病でも前を向いていられるからだよ」

「そうね……でも、私は強くないわ。陽葵がいるから頑張れるだけ」

「陽葵のおかげってこと?」

「ええ……私の魂は、陽葵そのものだから」


 一瞬、言っている意味がわからなかったが、遅れて理解した。


 俺たちのバンド名は『スリーソウルズ』。三人の魂を集結させたバンドだ。


 俺は『自己主張ができない自分とはサヨナラする』という想いを、陽葵は『キラキラした青春を過ごす』という想いをそれぞれ込めている。


 由依の魂は内緒だと言っていたが、ようやくわかった。


「以前、由依と交わした約束……『陽葵を支える』ことこそが、君の魂だったんだな」

「ええ。正確には『最後の瞬間まで陽葵のそばにいて、一緒に夢を追いかけること』かしら」


 最後まで、という言葉にドキッとする。


 由依はもう、陽葵が消えてしまう現実を受け入れ、覚悟を決めている。

 それはきっと陽葵も同じだ。

 だからこそ、二人は今を全力で生きているのだろう。


「由依。話してくれて、ありがとう」

「ふふっ。別にお礼を言われるようなことじゃないわよ。言ってなかったから言っただけ」

「……やっぱり由依は強いよ」

「いいえ。強い人なんていないわ。たぶん、この世界のどこにもね」

「強さとは何か……哲学的な話だ」

「ふふっ。なんでも深く考えるのは三崎くんの悪い癖だわ」


 由依は俺を追い抜き、十字路の前で止まった。


「私、家こっちだから」

「あ、うん。また明日」

「ええ。新曲の歌詞、頑張ってね」


 別れの挨拶を交わし、夕陽を背に受けて帰路につく。自分の前に伸びる長い影は細くて頼りなかった。


 一人で歩いていると、不安なことばかり考えてしまう。


 いつか陽葵はいなくなる……本人はもちろん、由依だって辛いはず。


 それなのに、二人とも前を向いて生きようとしている。きっと誰にでもできることじゃない。少なくとも、俺には無理だ。


 でも、由依は強い人なんていないと言う。

 俺にはその理由がわからなかった。


「……歌詞、どうしようかな」


 ぽつりとつぶやいたとき、ポケットに入れていたスマホが振動した。


 手に取ってみると、そこには新着メッセージの文字。

 送り主は陽葵だった。


「あいつ、健診じゃないのか……?」


 メッセージを開くと、そこにはこう書かれていた。


『明日ヒマ? ヒマだよね? 絶対ヒマでしょ! 休日だもん!』


 やたら押しが強いメッセージだった。

 意訳すると、「陰キャぼっちに休日の予定なんかないよね?」である。


 あのなぁ、決めつけるなよ。

 ……まあ実際ヒマだけどさ。


『ああ、どうせヒマですよ。ぼっちだからな』


 皮肉混じりに返信すると、『あはは、拗ねないの』とメッセージが返ってきた。


『で? 俺に用でもあるのか?』

『うん。よかったら、私とデートしようよ』


 おもわず足を止める。


 ……は?

 デート?


「え……なんで?」


 わけがわからず、棒立ちするのだった。

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