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第12話 空町陽葵は遊園地を満喫したい

 翌日。俺は電車に乗り、遊園地のある駅にやってきた。


 あのあと、陽葵は『私、ジェットコースターに乗りたい! 付き合ってよ!』と連続でメッセージを送ってきた。どうやら遊園地のアトラクションを楽しみたいだけらしい。


 デートではないことに安堵したが、陽葵に振り回されることに変わりはない。


 まだ歌詞も書けていない状況だというのに……本当に自由人だな、あいつ。


 そもそも、どうして俺を指名してきたのかわからない。


 親友の由依と遊んだほうが楽しいのでは?

 陽葵が俺と遊園地で遊びたい理由ってなんだ?


 ……などと昨晩はいろいろ考えてしまった。おかげで寝不足である。


 眠たい目を指で擦っていると、ちょうど陽葵が向こうから小走りでやってきた。


「三崎くん! お待たせー!」

「いや。そんなに待ってない、けど……」


 目の前に現れた陽葵を見て、眠気が吹き飛んだ。


 陽葵はメイクをしていた。ファンデーションも塗っているし、目元もアイラインが入っている。唇も血色がいい。学校で会う陽葵とは明らかに違う雰囲気である。


 私服もオシャレだ。上はゆったりめの白いカットソー。下はカーキ色のロングスカートを穿いている。見慣れた制服姿とは違い、大人っぽく見える。


「三崎くん。どうかした?」

「あ、いや。その私服姿、なんか新鮮だったから……」

「ほんと? 可愛い?」

「お、おう……可愛いよ」


 由依との会話を思い出して、かあっと頬が熱くなる。おいおい。マジで本人に「可愛い」って言っちゃったよ。恥ずかしすぎるっての。


 陽葵は頬を赤く染め、恥ずかしそうに頬を指でかいた。


「えへへ。褒めてくれて嬉しい。ありがとう」

「べつに礼を言われることじゃ……えっ?」


 陽葵の異変に気づいた俺は、目を疑った。


 だって、陽葵の頬をかく指が透けているから。


 いや。指だけじゃない。

 手が、まるっと透けている。


「陽葵! 手ッ!」

「手……? なんのこと?」

「なんのこと、じゃなくて……あれ?」


 俺が焦っている数秒の間に、陽葵の手は元に戻っていた。

 彼女自身、体調が悪化した様子もない。不思議そうに首を傾げ、自分の手を見つめている。


 おかしいな。消えていたように見えたけど……俺の見間違いだったのか?


 ……まあ、そうだよな。ちょっと会話しただけで、ゴーストリノ原子が活発になるほど鼓動が速まるわけないもんな。きっと寝不足で俺の目が疲れているのが原因だろう。


「えっと……悪い、陽葵。なんでもない」

「んー? なんか怪しいなぁ」

「な、なんでもないって。それより、何の話だっけ?」


 話題を戻すと、陽葵はぱあっと表情を輝かせた。


「三崎くんが服を褒めてくれて嬉しいって話だよ。今日は背伸びして大人っぽい服着たからさ。ちょっぴり不安だったんだよね」

「そ、そっか……」


 相づちを打つ俺の頭に、一つの疑問が浮かぶ。


 ……どうして陽葵は背伸びしてオシャレしたんだ?


 まさか、本気で俺とのデートを楽しみに……いや落ち着け。すぐ勘違いするのは、陰キャの悪い癖だ。別に俺を意識してとか、そういう意図はない。陽葵はただオシャレがしたかっただけだ。


「落ち着こう。男女分け隔てなくフレンドリーな女子ほど、男子を勘違いさせてしまうものなのだ……」

「なんかブツブツ言ってるし……不審者に見えるから独り言やめよ?」

「不審な行動を取っているのは陽葵だろ」

「なんでそうなるのさ……あ、それよりお礼言わなきゃ。今日は来てくれてありがとね」

「俺は遊びに誘われただけだぞ? 礼を言われるほどのことじゃない」

「ほら、強引に呼び出しちゃったから……迷惑じゃなかった?」


 陽葵は申し訳なさそうに言った。


 そんな顔するなよ。調子が狂うじゃないか。陽葵は人を振り回して我が道を行くくらいがちょうどいいんだ。


「……べつに。どうせ暇だったから気にするな」

「三崎くん……本当にありがとう。というわけで――」


 突然、陽葵は俺の手を握ってきた。


 毎度のことだが、こいつの「というわけで」は文脈が滅茶苦茶すぎる。

 というか、唐突なスキンシップやめろって。ドキッとするだろ。


「今日はデートだから。いっぱい遊ぼうね、三崎くん」

「えっ!? いやこれはデートではなく、バンドメンバーとの交流を深める目的の活動なわけで、そもそも男女が遊んだだけでデートっていうのは明らかに論理の飛躍……」

「あははっ。なんで早口なの? ウケる」


 笑いながら、陽葵は走りだした。


「ちょ、どこ行くんだよ!」

「まずはジェットコースターでしょ。決まってるじゃん」

「決まってなくね!?」

「いいからほら! ごーごー!」


 陽葵に連れられて、遊園地のほうへと走る。


 いつも自由奔放だけど、今日は特に強引な気がするな……なんだ? そんなにジェットコースターに乗りたいのか?


 それとも……今日は『キラキラした青春』を送りたいとか?


「三崎くん! 楽しみだねっ!」


 陽葵は俺の手を引っ張りながら、にこっと笑った。


 ……握ったこの手が透けてしまえば、温もりごと消えてしまう。こういう何気ない日常も、幽霊みたいに見えなくなってしまうのだ。


 なあ、陽葵。

 なんで急にデートしたいだなんて言い出したんだよ。


 ……消える前の思い出作りとか、悲しいこと言わないよな?


「ほらほら! 三崎くん、ちゃんと走ってよ!」


 俺の不安を吹き飛ばすように、陽葵の明るい声が響くのだった。

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