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第13話 君の夢を叶えたくて

 遊園地に到着すると、陽葵は俺の手を放して遠くのほうを指さした。


「見て、三崎くん! でっかい観覧車!」


 見上げると、そこには巨大観覧車があった。中央にはデジタル時計があり、時刻が表示されている。この遊園地の名物観覧車らしく、時計型観覧車としては世界で一番大きいらしい。


「夜にはライトアップされるらしいよ。カップルにも人気なんだって」

「ふーん。ま、俺には縁のない話だな」

「あとで乗ろうね!」

「ああ……えっ?」


 こいつマジか……普通、カップルの話をしたあとで誘う? 意識しちゃって照れくさくなるだろ。


「でも、まずはジェットコースターからね。ところで、三崎くんは絶叫マシン平気?」


 陽葵は特に照れる様子もない。動揺しているの、俺だけかよ。


「三崎くん? 私の話、聞いてる?」

「……聞いてるよ。怖いかどうか、正直わからないんだ」

「どういうこと?」

「俺、遊園地で遊んだ記憶がないから……ほら。遊ぶ友達もいないし」

「あっ……なんかごめん」


 おいこら。『なんか』で謝るのやめろ。みじめな気持ちになるだろうが。


「ジェットコースター、陽葵はどうなんだ? 怖くないのか?」

「私は平気だけど……とりあえず、何事も経験だと思って乗ってみよう!」

「ええー……」

「大丈夫だよ。ありえない高さから安全に高速降下していくだけだって」

「ありえない高さから落ちたら安全じゃないよね?」

「もう。三崎くんは保守的すぎだよ。日常を楽しむためには、非日常への一歩を踏みださなきゃ」

「……陽葵はなんでも楽しめるんだな。すごいや」


 何気なく出た言葉だった。他意はまったくない。俺は陽葵のことが羨ましいだけだ。ただ、嫌味っぽく聞こえてしまったかもしれない、と少し不安になる。


 陽葵は驚いたように目を瞬かせた。

 そして、ふっと優しく微笑む。


「……人生、一度きりじゃん。楽しまないと損だよ」


 俺の心に巣食う影を払うような、眩しい言葉だった。


 ふと由依との会話を思い出す。



『ええ。正確には「最後の瞬間まで陽葵のそばにいて、一緒に夢を追いかけること」かしら』



 陽葵の夢。それは『キラキラした青春を過ごす』こと。


 より正確に言えば、『悔いなく生きること』なのだろう。やりたかったバンドも、ずっと享受できなかった青春も、それら全部が陽葵の想いだ。


 そして……限られた命を使ってでも叶えたい夢でもある。


 俺の夢は陽葵が叶えてくれた。

 今度は俺が陽葵の夢を叶える番だ。

 たとえそれが、俺にとって未知で危険なことだったとしても。


「よし! 乗るか、ジェットコースター!」


 気づけば、自分でも呆れるくらい大声を出していた。


「おっ! 三崎くん、ノリいいねぇ!」

「何事も経験だからな。楽しまないと損だろ?」

「あははっ。それ、私の名言じゃん」


 陽葵が楽しそうに笑うから、つられて俺も笑顔になる。


 君はいずれ消えていなくなるのかもしれない。


 でも、今日の出来事は絶対に消させやしない。

 けっして色褪せない青春の一ページとして、心に刻みつけるんだ。


「行くぞ、陽葵! ジェットコースターを制圧だ!」

「いえっさー!」


 俺にしてはハイテンションすぎるが気にしない。陽葵が笑ってくれるなら、どこまでも浮かれてやる。


 俺たちはジェットコースター乗り場までやってきた。


 空を見上げると、レールが縦横無尽に伸びている。こうして真下から見るのは初めてだが、その迫力に圧倒された。


 支払いを済ませて列車に乗る。

 しばらくして、係員が安全バーを下げた。


 列車は静かに動き出し、ゆっくりとレールを登っていく。

 周囲を見渡せば、はるか遠くまで望める高さだ。

 しかし、恐怖はさほど感じない。もしかして、俺って絶叫マシン得意なのでは?


「三崎くん、平気そうだね」

「身構えていたけど、拍子抜けしたよ。ただ高いところにいるだけだ」

「おー。言うねぇ」

「そもそも、アトラクションなんてのは娯楽だよ。ジェットコースターも然り。安全性は保障されているんだ。多少のスリルは感じても、恐怖を感じるわけがない」

「……こうして盛大なフラグを立てる三崎くんであった」

「おい。変なナレーションするな。俺は本当に怖くないって――」

「あ、そろそろだよ!」

「え?」


 陽葵に言われて前を見る。先ほどまで上っていたはずのレールが見えない。頂上までやってきたのだ。


 ということは……このあとは降下していくのみ。


「ははっ。こんなの子供だまし……ん?」


 徐々に降下していく……と思ったら、急激に速度が上がった。昔テレビのロケ番組で見たのとは全然違う。見た目よりもずっと速く、それでいて高い。カーブの遠心力もすごくて、吹っ飛んでしまいそうだ。


 列車はアップダウンを繰り返し、さらには上下まで反転した。逆さまのまま、カーブしていく。


 未知の体験の中、俺は叫んだ。


「うわあぁぁぁ! こっ、こえぇぇぇっ!」


 見事にフラグ回収である。安全であることと、恐怖を感じることは別問題であることに今さら気づいたのだ。


 マジで怖いんだけど……陽葵は平気なのか?


 ちらりと隣を見る。

 陽葵はバンザイをしながら笑っていた。


「ひゃっほー! あははっ、すごーいっ!」


 風で髪をなびかせながら、楽しそうに叫んでいる。


 俺は彼女の横顔に見惚れていた。

 怖いはずなのに、どうしてだろう。

 陽葵の笑顔を見ていると、こっちまでワクワクしてしまうのは。


「あははっ! 三崎くん、変な顔してる!」

「お前も髪ばっさばさでお化けみたいになってるぞ!」

「あはははっ! それ三崎くんじゃん! 髪がなびいて、おでこ丸見え! 妖怪でこ!」

「誰が妖怪でこだ!」


 ツッコミつつ、自然と笑みがこぼれる。


 ……変なの。


 陽葵を楽しませようと思っていたのに、いつのまにか俺が楽しませてもらっている。


 まるで太陽だ。

 日陰者の俺を照らして、笑顔にしてくれるんだから。


 ……俺は、君にもらってばかりだな。


 やがてジェットコースターはスタート地点に戻ってきた。


 列車から降りると、陽葵が伸びをしながら目を細める。


「いやー! 楽しかったね、三崎くん!」

「ああ。最初はビビったけどな」

「にししっ。三崎くんの反応、傑作だったなぁ。『うわあぁぁぁ!』って」

「やめて、恥ずかしいから忘れて!」

「あはははっ! やだよー。由依に教えちゃうもんね」


 嬉しそうに笑う陽葵がくるっとターンした。ロングスカートの裾が淑やかに舞う。


「三崎くん。次はどれ乗る?」


 どれに乗ればいいかなんて、遊園地初心者の俺にはわからない。


 ただ、確かなことが一つだけある。


 陽葵と一緒なら、どれに乗っても楽しい。


「陽葵のおすすめに乗ろう。俺を連れ回してくれ」

「いいの? また絶叫マシンに乗っちゃうよ? 怖くない?」

「怖いもんか。あれは安全が約束された、ただの娯楽だ」

「いやそれ聞いたから」


 笑いながら、陽葵が手を差し伸べる。


「いこ? まだデートは始まったばっかりなんだから」

「……ああ。そうだな」


 俺は陽葵の手を取った。


 できることなら、二度と離したくない。


 いつかこの小さな手を握れなくなる日が来るなんて、今だけは信じたくなかった。

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