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第14話 弱虫の本音は涙とともに

 ジェットコースターに乗った後も、俺たちは遊園地を満喫した。


 次に向かったのは、水上を走るダイビングコースター。最初に乗ったアトラクションと比較すると、水上のレールを走る点が大きく異なる。水飛沫が大きく飛んだときは、俺も陽葵も大はしゃぎだった。


 個人的に面白かったのが、その次に乗ったVRアトラクションである。従来のジェットコースターとは違い、列車は乗り込むだけで発車しない。その代わり、VRゴーグルを装着し、仮想空間をあり得ない動きで駆けていく。列車も仮想空間に連動して揺れたり傾いたりして面白かった。


 どのアトラクションで遊んでも、陽葵は笑顔だった。

 もちろん、俺も彼女の隣で笑っていた


「だいぶ遊んだねー、三崎くん」

「ああ。もうすっかり夜だな」


 夜空を見上げると、そこには満月が寂し気に浮かんでいた。星はほとんど見えない。排気ガスで薄っすらと汚れている、都会の空らしいなと思った。


「どうする。そろそろ帰るか?」

「あーっ。三崎くん、マイナス2点」


 何故か減点された。何のポイントだよ。


「まだ乗ってないアトラクションあるでしょ。約束したじゃん」

「約束って……あ、観覧車か」


 そういえば、陽葵が「あとで乗ろう」と言っていたっけ。


「というわけで、最後に乗っていかない?」

「ああ。景色が見たいのか?」


 この時間帯なら、ライトアップされた夜景が見える。陽葵のお目当てはそれかもしれない。


 と、思っていたのだが。


「うーん……三崎くんと、ちょっとお話がしたくて」


 笑顔だった陽葵の表情が、真剣な顔つきに変わる。


「デートに誘った理由とかさ。そういうの、全部三崎くんに話しておきたいの」

「理由……?」


 まさか告白……って、そんなわけないだろう。ありえない妄想するのは、陰キャぼっちの悪い癖だ。


「念のため言っておくけど、別に愛の告白とかじゃないからね?」

「お前はエスパーか」

「エスパーって?」

「なんでもないよ。ほら、行くぞ」

「あ、うん……変な三崎くん」


 不思議がる陽葵を連れて、観覧車の列に並ぶ。


 しばらく待った後、赤いゴンドラに乗り込んだ。


 ゴンドラがゆっくりと上昇していく。空からは絶景が望めた。ライトアップされた園内は、夜に宝石を散りばめたかのように美しい。身を寄せ合うようにして立ち並ぶビル群は、人工的な光がまばらについていた。


 なんてロマンチックな夜景なのだろう。こりゃカップルに人気なわけだ。


「おおーっ。きれいだねぇ」


 陽葵は街を見下ろし、感嘆の声を漏らした。


「ああ。悪くないな。ジェットコースターより安全だし」

「あはは。どっちも安全だってば」

「まあそうだけど……本当に綺麗だな」

「うん。そうだね」


 和やかに会話しながら夜景を眺めていると、陽葵は消え入りそうな声で言った。


「私が消えたら、きれいなモノに生まれ変わりたいなぁ。たとえば、この景色の一部みたいに」

「陽葵……」

「あ、ごめん! なんかセンチメンタルだったね! 今のなし! 忘れて?」


 慌てて笑顔を作る陽葵。

 その様子を見ていると、なんだか胸の奥がキリキリと痛む。


 観覧車に乗ってから陽葵の様子がおかしい。

 笑顔の合間に、どこか物憂げな表情を見せている。


 俺と話したいと言っていたけど……やっぱり幽霊病のことなのかな。


「……そういえば昨日、健診に行ったんだろ? 病気の調子はどうなんだ?」

「お医者さんは毎回同じことを言うの。未知の病気だから確信はないけど、緩やかに進行しているだろうって。私自身、悪くなってると思う」

「そう、なのか……」


 こういうとき、なんて言葉をかけるべきかわからない。

 歯がゆい思いをしながら、陽葵の話に耳を傾ける。


「最近、透過現象が起きる頻度が上がっててさ。昔は年に数回とかだったんだけど、今はよく体調崩しちゃうから」


 間近で見ていたから知っている。陽葵の様態が悪くなるときは、たいてい演奏をした直後だ。俺が思っている以上に、心臓に負担がかかるのだろう。


 大好きな音楽が陽葵の体を蝕むだなんて、これほど悲しい試練はない。神様は残酷だ。


「陽葵は……バンド続けても大丈夫なのか?」

「ま、辞めたら少しは長生きできるかもね」

「……そうか」


 俺は言いかけた言葉を飲み込んだ。


 バンドを辞めて、できるだけ長く生きる選択肢もあるのではないか。

 そんなこと、覚悟を決めている陽葵に言えるわけがない。


「私ね、ずっとバンドやりたかった。ステージの上で演奏しているバンドマンってさ、本当にキラキラしてるから。少なくとも、私はすごくかっこいいと思ってる」

「そうだな……かっこいいし、やっぱり楽しい」

「だよね、だよね! それにさ、やっぱり音楽だから表現できることってあると思うんだ。それはすごく素敵なことで、私の人生に必要なことなの」

「わかる気がするよ。俺も音楽なしじゃ生きられないから」


 中学時代、バンドが解散してもベースを弾き続けていた理由はそこにある。

 臆病者の心の声は、音楽でしか伝えられない。

 不器用な生き方だなと我ながら思う。


「だから、私はバンドを続けたい。そもそも、バンドは私の夢の一部だからね。やりたいこと我慢して死んだら、絶対に後悔するもん」

「例の『人生は一度きり』ってやつか」

「うん。自分の人生を振り返ったとき、短かったけどキラキラ輝いていたぞって、胸を張っていたいんだ」

「……そうか」

「実は今日のデートもそれがテーマなの」

「どういう意味?」

「君と恋愛気分を味わってみたかったんだ」

「えっ!?」


 いきなり何を言い出すんだ、こいつは。


「そ、そういえば、今日はなんで俺を誘って遊園地に……?」

「うん……私さ、いろいろ青春したいけど、恋愛だけは無理なんだ。しちゃいけないの」

「しちゃいけない? なんでだよ。恋愛なんて自由だろ」

「もちろん、することはできるけどさ……たとえば、私と三崎くんが付き合ったとするじゃない?」

「お、俺と!?」

「うん。でも、私はいずれ死んじゃう。そしたら、君は悲しんじゃうでしょ?」

「あっ……」


 陽葵がこの世を去ったら、残された人は悲しみに暮れる。ましてや、恋人ならなおさらだ。だから、陽葵は恋愛をしないのだろう。


 ……当たり前のことができないのは、本当に辛いな。


「それで俺とデートして、少しでも恋愛気分を味わってみたかったんだな?」

「うん。振り回してごめんなさい」

「べつにいいよ。で、どうだった?」

「なんか違うって思った。三崎くん、全然彼氏っぽくない」

「悪かったな。どうせ陰キャの俺には女性の気持ちなんてわかんないよ」

「あははっ。拗ねないでよ」


 陽葵がケラケラと笑うので、俺もつられて笑った。


「……なあ陽葵。もっとワガママになってもいいんじゃないのか?」

「何が?」

「恋愛したいなら、してもいいじゃん」


 そう言うと、陽葵は目を丸くした。


「いや駄目でしょ。三崎くん、話聞いてた?」

「ああ。陽葵の思いやりは理解したよ。でも、陽葵は病気のせいで、できないことがたくさんあったはずだろ? それなのに、今もなお自由に生きられないなんてさ……意地悪な神様に腹が立ったんだ」

「三崎くん……」

「だから、その……ごめん、忘れてくれ。陽葵がやりたいようにするのが一番だよな」

「……ありがとう」

「礼を言われるようなことは何も言ってないって」

「そんなことない。私の痛みを理解してくれたもの。優しいんだね」

「……べつに、そんなんじゃないし」

「あ、照れ隠しだ。可愛い」


 にししっ、と陽葵はいつものように笑った。

 こんなに暗い話なのに、明るく振舞える彼女は、やはり眩しい。


「……強いな、陽葵は。憧れちゃうよ」


 もはや口癖にもなった言葉をこぼすと、陽葵は困ったように笑った。


「憧れてもらえるのは嬉しいけど……私、全然強くないんだ」

「そんなことないだろ」

「そんなことあるよ。だって、死ぬのは怖いから」


 その短い言葉は鋭くて、胸に深く突き刺さった。


「明るく振舞うのは虚勢。笑顔は『前向きに生きなきゃ!』っていう自己暗示。ぜーんぶ弱い私を奮い立たせる魔法なの」

「陽葵……」

「死にたくないよ……私だって、もっと君とバンドやりたいもの」


 初めて聞く、陽葵の本音だった。


 俺は馬鹿だ。大馬鹿野郎だ。

 いつ死ぬかわからない病気を患っていて、常に前を向いていられるはずがないだろう。


 それがわかっているから、由依は言っていたんだ……陽葵も、そして自分自身も強くないのだと。


「あれ……?」


 陽葵の瞳から涙があふれる。

 透明なその雫は白い頬を伝い、緩やかに滑り落ちていく。


「ごめん。泣くつもりじゃ、なかったんだけどなぁ……!」


 声は震えていた。

 陽葵の表情が見る見るうちに悲しみに塗り潰されていく。


 こんなとき、なんて言っていいかわからない。

 だから深く考えず、心のままに想いを伝えることにした。


「陽葵がやりたいようにするのが一番だ。泣きたいなら、泣いてもいい」

「三崎くん……?」

「人は理不尽な世界で生きている。闘ってばかりだと、傷口ばかりが増えていくんだ。たまには弱音を吐いて、心の傷をケアしてあげないといけない」

「そうだね……本当、つらいことばかりで嫌になっちゃうや」

「ああ。だから、仲間といるときくらいは、嫌なことを吐き出していい。我慢なんてするな」

「うん……ありがとう」

「二人きりだから。いいよ、泣いても」

「……うっ……ひっく……!」


 そして、陽葵は声をあげて泣いた。


 青春がしたい。恋がしたい。ずっとバンドを続けたい。ステージで輝きたい。


 このまま、何事もなく大人になりたい。


 みんなにとって当たり前のことを、陽葵は泣きながら強く願った。


 今度こそ、かける言葉は見つからなかった。

 黒い感情だけが胸中で渦巻き、胸がずきんと悲鳴をあげる。


 運命を呪いたくなる絶望感。

 あらゆる幸福に向けられる憎悪。

 そして、陽葵を救いたいという想い。


 言葉にできないのなら、歌詞にするしかないのだろう。

 不器用な俺には、それしか方法がないと思った。


 決めたよ、陽葵。

 新曲の歌詞は、君のための応援歌にする。


「私、怖いの……死にたくないよ、三崎くん……!」


 俺はゴンドラが地上に到着するまで、陽葵の想いを受け止め続けた。


 空から見る排気ガスまみれの街。嫌味なほど華やいでいて、ぶっ壊してやりたかった。街中の光源にベースを叩きつけて、ぐちゃぐちゃにしたい。綺麗なものなんて、亡骸にしちまえばいいんだ。そうすれば、みんなも輝く命の尊さがわかるだろう。


 ……なあ、陽葵。


 ラブソングが嫌いな俺とデートしたところで、恋愛気分なんて味わえるわけないよ。

 根っこがネガティブだから、耳触りのいい恋の歌が信じられないんだ。


『君にまた会えると信じて』とか。

『ずっとそばにいるからね』とか。


 そんな綺麗ごとを押しつける流行りのラブソングが、俺は憎くて仕方がない。


 だって、すべて根拠のない嘘だから。


 相手が誰であろうと、ずっとそばにいられるわけがない。出会いがあれば、別れがある。命にだって限りがあるんだ。そのことを、今の俺はよく知っている。


 死を恐れ、泣いている陽葵の前で、そんなことを考えていた。

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