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第15話 仲間がいること

 週が明けて、月曜日の朝を迎えた。


 昨晩もあまり眠れなかった……初めて見た陽葵の泣き顔が、頭に焼き付いて離れなかったから。


 俺ができることは、せいぜい陽葵の夢を叶えてあげること。命を救うことはできやしない。『ずっとそばにいるからね』って、希望に満ちた言葉さえ言ってあげられないのだ。


「あまりにも無力だ……はあ」


 盛大に嘆息し、朝の挨拶を交わす生徒たちをすり抜けるようにして歩く。


 しばらく廊下を進むと、教室前で陽葵を見つけた。


 不意に目が合う。陽葵は照れくさそうに笑った。


「あ、三崎くん。昨日は恥ずかしいところを見せちゃったね」


 えへへ、とはにかむ陽葵。後ろに手を回して、恥ずかしそうにしている。


 普段は見せない乙女チックな反応が可笑しくて、つい笑ってしまう。


「な、なんで笑うのさぁ! 三崎くん、性格悪いよ!」

「あはは、ごめんな。遊園地、俺も楽しかったよ。また行こう」

「三崎くん……うん! いろいろあったけど、いいデートだったよね!」

「……デート?」


 背後から声が聞こえて、慌てて振り返る。


 そこには由依が立っていた。

 ニヤニヤしながら、俺と陽葵の顔を交互に見ている。


「話はすべて聞かせてもらったわ……陽葵。あなた、三崎くんとデートしたのね?」


 尋ねられた陽葵は、顔を真っ赤にして抗議した。


「ち、違うの、由依! 三崎くんとは、そういう関係じゃ……」

「でも、遊園地でデートしたんでしょ? 楽しかったって言っていたし、恥ずかしいところも見せちゃったって」

「たっ、ただの遊びだもん! 三崎くんとは遊びの関係!」

「その言い方は誤解を招くと思うわよ?」

「とにかく! 付き合ってるとか、そういうんじゃないから!」


 陽葵は「私、今日は保健室登校だから!」と言い残して、早歩きで去っていった。


 となると、次の標的は俺である。

 由依は俺の脇腹をひじで突いた。


「それで? どこまでいったのよ」

「いや。普通に遊んだだけなんだけど……」

「うそ……あんなに可愛い子とデートしたのに口説かなかったわけ?」

「だから、そういうんじゃないんだって!」


 俺は陽葵がデートに誘ってきた経緯を説明した。もちろん、彼女が泣いて弱音を吐いたことは言わない。あれは二人だけの秘密だ。


 話を聞き終えた由依はため息をついた。


「はぁ……なんというか、陽葵らしいわね」

「そうかもな……ところで、陽葵は由依と二人きりのとき、弱気な一面を見せたりするのか?」

「たまにね。昔はよく泣いていたけど、最近は全然だわ。気をつかっているのか、弱音は隠しちゃうのよ」

「そっか……」


 その話を聞いて確信した。


 昨日、観覧車で思ったことは間違いなんかじゃない。

 陽葵は、どこにでもいる普通の女の子だ。


「俺、由依が『陽葵は強くない』って言った意味、ようやくわかったよ」


 陽葵は前を向いて生きるために、強いフリをしているだけ。

 仲間の俺たちは、それを強さと履き違えてはいけなかったんだ。


 悔しいけど、俺は陽葵を救えない。

 それでも、ときには泣いてしまう陽葵のために何かしてあげたいんだ……今まで由依が陽葵を支えてきたように。


「由依。俺たち三人で寄り添って強くなろう。それがこのバンド……『スリーソウルズ』の意義だと思うから」


 由依は驚いたような顔をしたが、すぐに表情を和らげた。


「……ふふっ。そうね。陽葵もきっとそれを望んでいるわ」


 由依は穏やかな笑みを浮かべながら、「またね」と言い残して去っていった。


 やるべきことはわかっている。ライブだ。陽葵の夢を叶えてあげられるのは、メンバーの俺にしかできないことだから。


「よし……まずは歌詞だな」


 楽曲のテーマは『応援歌』。

 他の誰でもない、精いっぱい生きる君のための歌詞を書こう。



 ◆



 くだらないホームルームが終わり、気づけば放課後である。

 授業中もずっと歌詞を考えていたせいか、時間が経つのを早く感じた。


 歌詞はできていなくても練習はある。

 俺は鞄とベースを持ち、教室を出て音楽室へ向かった。


 廊下を歩いていると、


「ああ!? テメェ今なんつったよ!」


 前方から男の怒鳴る声が聞こえてきて、ふと視線を向ける。


 そこには男女が向かい合って立っていた。何やら言い争いをしている。


 一人は大沢だ。先ほどの怒鳴っていたのは彼だろう。


 そして対面にいるのは……陽葵?


「だから! 三崎くんのこと馬鹿にしないでって言ってるの! 彼、すっごくベース上手いし、作った歌詞もキラキラしてるし! あと、たまにだけど優しくて頼りになるんだから!」


 臆することなく、陽葵は大沢に怒鳴り返していた。


 ……もしかして、俺のことで喧嘩しているのか?


 話の経緯はわからない。

 だが、おそらく大沢が陽葵の前で俺を小馬鹿にしたのだろう。

 それを受けて、陽葵は俺をかばって怒ったんだと思う。


 あの陽葵があんなに怒るなんて……体に障らないか心配だ。


 それと『たまに優しい』って言い方は遺憾である。遊園地では、ちゃんと「優しい」って言ってくれただろ。


「はあ? あんな陰キャのベース野郎、どうせ根暗な音しか出せねぇだろうが」

「むーっ! 聞いたこともないくせに決めつけないでよ! あの根暗な音、最高にロックなんだからね!」

「あっそ。せいぜいライブ当日は楽しませてくれよ?」

「ふーんだ! そうやって人を見下すような人に、うちのバンドは負けないもん!」

「なんだと!」

「なにさぁ!」


 二人は一歩近づき、一触即発ムードになった。


 ……これちょっとマズくないか?


 頭に血が上った大沢が、陽葵に手を上げる可能性もある。怪我でもしたら大変だ。


 俺は喧嘩の仲裁をすべく、慌てて駆け出した。


「おい! やめろ、二人とも!」

「えっ? み、三崎くん?」

「陽葵! お前は体弱いんだから、あまり無茶するな――あ」


 二人に近づいたとき、何かにつまずいた。


 倒れながら足元を確認する。床の上には学生鞄が無造作に置かれていた。やたらボロボロで使用感がある。たぶん、大沢の鞄だろう。


 失敗した……慌てていたから足元なんて確認しなかったわ。


 ……などと考えているうちに、俺は転倒した。


 上手く受け身が取れず、床に顔を軽く打ってしまう。


「三崎くん!? 大丈夫!?」


 陽葵が俺のそばに駆け寄ってきて、素早くしゃがんだ。


「いてて……」

「大変! 鼻血ぶーしてる! 保健室行かなきゃ!」

「平気だよ。軽く打っただけ……というか、目の前でしゃがむな。パンツ見えてる」

「え……あっ!」


 陽葵は慌ててスカートを抑えた。顔を赤くして俺を睨んでいる。


「……私のパンツ見て鼻血ぶーしたの?」

「ちげーよ! 転んで鼻を打ったんだ! お前が危なっかしいから、止めに入ろうとしたせいで!」

「うっ……ごめんなさい」


 しゅん、としおらしくなる陽葵。


 ……ちょっと言い過ぎたかな。そんなに落ち込まれるとは思わなかった。


「まあ、その……俺をかばってくれたんだろ? 礼は言っておく。ありがとな」

「三崎くん……もー。素直じゃないんだからぁ」


 何故か嬉しそうな陽葵。

 どうして喜んでいるかわからないけど、元気が戻ったならいいか。発作も出ていないみたいだし。


 離れたところから俺を見ていた大沢は、露骨に舌打ちをした。


「……ちっ。根暗野郎のせいでシラけたわ」


 そう言って、大沢は自分の鞄を背負った。

 そのまま去ろうとしたので、陽葵は立ち上がって声を荒げる。


「ちょっと! どこ行くのよ!」

「あ? ライブハウスだけど?」

「三崎くんに謝りなよ! あなたの鞄のせいで転んだんだから!」

「そんなの三崎の不注意だろ。俺は悪くないね」

「なっ……何その言い方!」

「じゃあな。せいぜい負けたあとのことでも考えておくんだな」


 大沢はヘラヘラ笑いながら去っていった。


「むきーっ! 絶対に負けないんだから! 見てなさいよね!」


 その場で地団駄を踏む陽葵。角度的にパンツ見えるからやめろって。


 俺は立ち上がり、鼻の下を指で擦った。

 うわっ、マジで鼻血が出てる。そんなに痛くなかったんだけどな……。


 驚いていると、陽葵が心配そうに俺の顔を覗きこんだ。


「三崎くん。血、止まってないじゃん。保健室いこ?」

「……うん。そうするよ」

「まったくもう。仲間に心配かけないでよね」


 それは俺のセリフだと思ったが、野暮なことは言わないでおいた。


 だって、俺のために大沢と喧嘩してくれたのが嬉しかったから。


 ……信頼できる仲間がいるって、いいもんだな。


 そんな当たり前のことを思いながら、保健室に向かうのだった。

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