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第26話 俺たちの新学期

 夏休みが明け、陽葵のいない新学期が始まった。


 俺の日常に一つ変化があった。

 大沢がウザ絡みをやめ、音楽の話をしてくるようになったのだ。


 あいつと仲良くしたいわけではないが、音楽の話だけは妙に気が合って、ちょっといいヤツかも、と思ってしまう。


 あとで桐谷から聞いた話だが、バンド対決後の大沢は俺に興味を持ったらしい。桐谷に「中学からあんなに上手かったのか?」など、質問攻めしていたようだ。やっぱりあいつ、ツンデレだったのかと呆れている。


 大沢の友人も俺に話しかけるようになった。みんな面白がって「ベース弾いて!」と頼んでくる。俺が面倒くさそうに弾くと、「地味すぎだろ!」「何の曲だよ!」と大笑いした。楽しい時間ではないのだが、一人でいると陽葵のことを考えてしまう。誰かに話しかけられるのは、純粋にありがたかった。


 ……変な感じだ。


 由依がいて。大沢がいて。クラスメイトもいて。

 今日も学校は当たり前のように騒々しいのに、陽葵だけがここにいない。

 胸にぽっかりと穴が開いた気分だった。


 それでも、前を向くしかない。

 どれだけこの世界が理不尽でも、時間は未来へと流れていくのだから。


 ……少し前の俺だったら、絶望して自分の殻に閉じこもっていたに違いない。こんな根暗な俺を変えてしまう陽葵は、やっぱりすごいヤツなのだ。


 放課後。

 教室を出ると、廊下に由依が立っていた。

 俺を見つけると、控えめに手を振ってきた。


「三崎くん。調子はどう?」

「寝不足だよ。いろいろ考えちゃって」

「私も。ほら見て。目の下にクマができちゃった」


 あ、本当だ。徹夜三日目の朝みたいな顔をしている。


「ははっ……ま、ちょっとずつ元気を出していくしかないよな」

「三崎くん……そうね。ちょっとずつ、ね」

「ああ。陽葵もそれを望んでいると思うし」

「ええ……ところで、陽葵から手紙を預かっているの。あなた宛てよ」


 由依は鞄から一通の封筒を取り出した。

 色は白。長方形で、ハートのシールで封がしてある。


「どうして陽葵から手紙が……?」

「陽葵のお母様から預かったの。あの子、生前に書いておいたらしいわ。いつ消えてしまうかわからないから、元気なうちにって」


 由依は封筒を俺に差し出した。


「はい、どうぞ」

「ありがとう……何が書いてあるんだ?」

「さあ? ちなみに、私宛ての手紙には思い出とか、感謝の言葉が綴ってあったわ」

「そっか……じゃあ、俺もそんな感じかな?」

「ふふっ。どうかしらね?」

「なんだよ、その意味深な笑いは……やっぱり中身知っているんじゃないのか?」

「人の手紙を盗み見る趣味はないわよ。でも、陽葵とは親友だからね。なんとなく、内容はわかるの」

「じゃあ、教えてくれても……」

「駄目よ。自分で確かめなさい。泣いてしまうから、誰もいない場所で読むのをおすすめするわ。ソースは私」

「……さてはその目のクマ、深夜に読んで朝まで泣いていたな?」

「ふふっ。恥ずかしいけど、そういうこと」


 由依は「ばいばい」と言い残し、笑いながら去っていく。

 俺はその場で手を振り、彼女を見送った。


 さて……どこで読もうか。


「……適当な場所を探すか」


 手紙を鞄にしまい、校門を出た。そのまま帰路とは反対方向へと歩いていく。


 日は西に沈みかけ、もう夕方になっていた。


 オレンジに染まった歩道をひたすら歩く。

 夏休み明けとはいえ、今日も猛暑日だ。

 途中で冷たい缶ジュースを買って飲みつつ、目的地に向かう。


 しばらく歩き続け、河川敷にやってきた。

 周囲には誰もいない。ここなら誰にも邪魔されずに読めるだろう。


 俺は芝生の上に座り、鞄から手紙を取り出した。

 封を開けると、数枚の便箋が綺麗に折りたたんで入っていた。


 それらを丁寧に広げていき、一枚目から目を通す。

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