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No.036

 俺がしばらく考えていると、アイマナが心配そうな顔で尋ねてくる。


「センパイ、もしかして本気で討伐に向かう気ですか?」

「まあ、太古の魔獣は、今でも大きな社会問題だからな……」

「それって、数十年に一度、太古の魔獣が人間の住処を襲うってやつですよね?」

「よく知ってるな」

「資料で読みました。ここのところは、出現してないみたいですけど」


 アイマナが言う通り、ここ40年ほどは、太古の魔獣が人里に現れた記録はない。

 しかし、太古の魔獣がいつ襲ってくるのか、どの街に現れるのかは、事前に察知できないのだ。


「太古の魔獣は、大昔から天災として扱われてきた。だからアレを討伐した者は、地震や火山の噴火、大洪水なんかを防いだのと同じくらい称賛される」

「天災を防ぐなんて、英雄どころか、神の領域ですね」

「まあな。でも過去には、グランダメリス大帝王になる者は、太古の魔獣を討伐するのが必須だった時代もあったくらいだ」

「つまり太古の魔獣を討伐すれば、大帝王の座に近づくってことですか?」

「本当に討伐できればな」


 口ではそう言っても、俺は簡単に決断するわけにはいかなかった。

 メリーナに太古の魔獣を討伐させるのは、リスクが大きすぎるからだ。


 しかしロゼットは、キャンプにでも誘うような調子で言う。


「大丈夫よ。実際に行ってみれば、思ってたよりも簡単だから」

「マナ、あまりロゼットさんの言葉が信用できないんですけど……」


 アイマナが疑問に思うのは当然のことだ。

 ただ、ロゼットが能天気に提案してるわけじゃないことを、俺は知っている。


 ふと、ロゼットと目が合った。

 すると彼女は、思わせぶりな表情を浮かべ、しみじみと語り始める。


「ねぇ、ライライ。あたしたち、一緒に太古の魔獣を討伐したものね……。あの頃は、あたしもライライも情熱がほとばしっていたわ……」


 実際は、そんなにもったいぶって話すようなことじゃない。

 それでもアイマナの興味を引くには充分だったようだ。


「センパイのことで、マナが知らないことがあっていいと思ってるんですか?」


 アイマナが俺の腕をギュッと握ってくる。わりと力がこもっている。

 原因はもちろん、反対側から抱きついているロゼットにあるのだが。


「ふふっ。マナ、一つ教えてあげるわ。どれだけあなたの情報収集能力が高くても、人が胸の内に秘めてる過去をほじくり返すことだけはできないのよ」

「ロゼットさん……ずるいです……」


 珍しくアイマナが悔しがっていた。


 それはともかくとして、ちゃんと考える必要がある。

 太古の魔獣討伐に挑戦するべきかどうか――。


「うーん……悩むな……。メリーナが一緒だと特に……」


 俺がそんなことをつぶやいた時だった。


「わたしがどうしたの?」

「うぉいっ!」


 いきなり彼女の声が聞こえて、俺は瞬間的に立ち上がってしまった。


 いつの間にか、部屋の中にメリーナがいる。

 彼女は相変わらず目立つ見た目をしている。整った顔立ちに、金色の瞳。すらりとした長い手足。長い金髪は腰に届きそうで、さらさらと揺れている。

 そして彼女は、今日も黄色のドレス風の服を優雅に着こなしていた。


 これほど目立っているのに、なぜ接近されるまで気づけなかったのか。


「ライ、おはよう。マナちゃんに、ロゼットさんも」


 メリーナはキラキラした笑顔で挨拶してくる。

 俺が代表して、それに応じた。


「思ったよりも早かったな」

「ううん、本当はもっと早く来たかったんだけど……結構、長引いちゃって」

「サンダーブロンド家の公務だったんだろ?」

「公務っていっても、そんなに大したことはしてないわ。新しい魔導病院の開院記念式典で挨拶したのと、いくつかのチャリティー団体の後援会に顔を出したのと、サンダーブロンド王立魔法学院の定期魔法試験を視察して、そのあとは王宮魔法士たちから魔法のレクチャーを受けて、それから……」

「いや、もう充分だ。全部言わなくてもいいから」


 これ以上聞かされると、ロゼットとアイマナの立場がなくなる。

 何しろ二人は、メリーナが忙しく働いている間、ホットケーキ食べて、なんの生産性もない口論に明け暮れていたんだからな。


 まあ、俺もだけど……。


「マナちゃん、ロゼットさん、今日もよろしくね」


 メリーナは一点の曇りもない笑顔でそう呼びかける。

 しかし、陰が全くない彼女のオーラは、この部屋の住人たちには少し眩しすぎたようだ。


「ええ……」

「わかりました……」


 ロゼットとアイマナの返事は明らかに元気がなかった。

 さっきまで、あんなに激しく言い争っていたというのに。


「あっ、そうだ。仕事しないと!」


 ロゼットはわざとらしく言うと、そそくさと自分のデスクへ戻って行ってしまう。


 一方のアイマナも、表情こそ変わらないが、それなりに思うところはあったらしい。


「マナもお仕事に戻ります。メリーナさん、ご用があれば、いつでも呼んでください」

「うん、そうさせてもらうわ。ありがとう、マナちゃん」


 メリーナが朗らかに返事をする。

 彼女の言葉は、いつだって裏表がない。


 ロゼットもアイマナも他人の言葉の裏を読んでばかりだから、苦手に感じるのだろう。

 俺も同じタイプだから、気持ちはよくわかる。


 メリーナは、アイマナとロゼットがいなくなってから、感心したようにつぶやく。


「二人とも働き者ね」


 つまり、こういうのが一番キツいのである。


「あっ、もちろんライも働き者だって思ってるわよ」


 ……やめてくれ。



 ◆◆◆



 メリーナが来たので、俺は場所を変えることにした。

 GPA本部の裏手のプライベートビーチは、ほぼ貸切なので、真面目な話をするのにもってこいだ。


「なーに、話って」


 二人そろって波打ち際まで行くと、さっそくメリーナが尋ねてきた。

 彼女は楽しそうな雰囲気だったが、俺は真剣に語りかける。


「メリーナは、どこまで本気で大帝王になりたいんだ?」

「……あの日、ここで話したことが全てよ」


 メリーナはそう言って穏やかに微笑んだ。

 しかし、いまいち要領を得ない回答だ。


「俺が言うべきじゃないのはわかってるが、恋がどうのという理由で大帝王を目指すのは、やめたほうがいい」

「うん。わたしだって十三継王家つぐおうけの端くれだし、グランダメリス大帝王の重みは理解してるつもりよ。半端な気持ちで、『大帝王になりたい』とは言わないわ」

「そうか……」


 今はそれだけ聞ければ充分だ。

 と思っていたら、メリーナが話を続けた。


「最近ね、お父様の具合がよくないの」

「<ブルトン・サンダーブロンド>か。彼が病気だっていうのは聞いてるが……」

「すごく悪い、ってわけじゃないんだけどね。まだ回復には時間がかかりそうなの。だから、公務はわたしが全部やってるんだけど、ちょっとだけ人手が足りなくて……」

「サンダーブロンド家は、今の継王家の中で最も王族が少ないからな」

「うん。わたしとお父様だけ。だからこのままだと、家系が絶えちゃうかもしれないわね」

「そんなことないだろ。メリーナがその気になれば――」


 そう言いかけたところで、俺はメリーナの金色の瞳に射抜かれ、言葉を失った。


 そしてメリーナは、いつもと変わらない素直な笑顔で言うのだった。


「わたし、あなたに恋してるわ」


 今まで適当に受け流していた言葉が、何よりも重く聞こえた。

 それでも俺から言えることは何もなかった。


「大丈夫よ、ライ。返事を求めてるわけじゃないから」

「すまない」

「でもね、わたし、お父様に恩返しがしたいの」

「恩返しって……どんなことだ?」

「グランダメリス大帝王になりたい」


 メリーナは真剣な表情で、はっきりとそう言った。

 そして彼女は、さらに続ける。


「ここ400年ほど、サンダーブロンド家は、グランダメリス大帝王を輩出していない。これは他の十三継王家と比べて、最長の期間よ」

「確かにそうだったな」

「お父様ね……40年前にフィラデル様と、大帝王の座を争ったらしいの。でも、大帝王降臨会議で、一票差で負けてしまったんだって。子供のころ、よくその話を聞かされたわ」

「父の果たせぬ想いを受け継ぐ気か?」

「そんなつもりはなかったんだけれどね。この間、フィラデル様のことを間近で見たら、お父様がどうして大帝王になろうとしたのかがわかった気がしたの」

「フィラデルに権力を握らせないためか」

「わたしも今は同じ想いよ。だからお願い……力を貸して、ライ」


 メリーナが手を差し出してくる。

 俺はその手をしっかりと握り、言ってやる。


「とっくにそのつもりだよ」

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