日もすっかり高くなったので、俺とメリーナはGPA本部のオフィスに戻ることにした。
メインルームに入った途端、ぶかぶかのパーカーを着た、オレンジ髪の少女が飛びついてくる。
「ライちゃん! どこいってたわね! プリを置いて遊んでたわね!」
たっぷり寝坊したプリが、全力で騒ぎ立ててくる。
俺は、顔に張り付いたオレンジ色の塊を引き剥がそうとするが、これがなかなか大変なのである。
「プリちゃん、おはよう」
メリーナもこの状態は見慣れたらしく、当たり前のように挨拶していた。
「メリちゃん! プリと遊ぶわね!」
「うん、なにして遊ぼうか?」
「海でボールポンポンするわね!」
今そこから戻ってきたばかりだよ。
と思ったが、俺は言わないでおいた。
代わりに、言うべきことを言う。
「仕事をしろ、仕事を」
「なんでわね! プリ、遊びたいわね!」
俺の髪をかき乱しながら、プリが駄々をこねる。
そろそろ誰か止めてくれないものかね。
すると、ちょうどよく誰かの足音が近づいてくる。
「プリちゃん、そのままだとセンパイが窒息しちゃいますよ」
アイマナの声だ。
こういう時はちゃんと空気を読んでくれるから助かる。
ただ、俺の顔に張り付いている生物は、一筋縄ではいかない。
「
「簡単に言うと、死ぬってことですよ」
「ライちゃん死んじゃうのよ!?」
プリが俺の頭をペシペシと叩いてくる。
一応心配してるらしいが、俺が求めているのはソレじゃない。
「いい加減にしろよ」
さすがに俺も苦しくなってきたので、無理やりオレンジの塊を引き剥がした。
「ライちゃん、死んじゃうわね?」
プリは今にも泣きそうな顔をしていた。
アイマナに言っておくべきだったな。こいつと話す時は、比喩や皮肉を交えるなと。
「俺は死なん。それと、プリはもう少し早く起きろ」
「なんでわね?」
「仕事があるからだ」
「そうなの? プリ、なにするわね?」
プリは、ちゃんと話してやれば素直に聞くのである。
ただ、急に素直になられても、それはそれで困ってしまう。
「アイマナ……何かあるだろ?」
俺はパスすることにした。
「センパイって、本当にズルい性格してますよね。そうやって、自分だけは誰にも嫌われないようにして」
「本当に思いつかないだけだよ。何かあるだろ? プリができそうなこと」
「そんなこと言われても……それじゃジーノさんと一緒に、
「問題でも起きたのか?」
「どうも
アイマナは軽い感じで言う。
その言葉に、メリーナが反応した。
「もしかして、前に会った貴族の人かしら……?」
メリーナが言ってるのは、スネイルのことだろう。
以前、
去り際に恨みがましいことを言ってたし、あいつなら充分に可能性はある。
「正直、あんな奴に構ってる暇はないんだけどな……」
俺はため息混じりにつぶやいた。
するとアイマナが指摘してくる。
「でも
「じゃあジーノに軽く探らせるか」
「ただ、一つ問題があります」
「なんだ?」
「ジーノさん、まだ出勤してないです」
「…………はぁ?」
危うくキレるところだった。
俺は何度も深呼吸し、綺麗な砂浜と、かわいい雛鳥の姿を思い浮かべ、自分の中の怒りを抑え込む。
それからアイマナに尋ねた。
「連絡はあったのか?」
「ないですね」
「……なんで呼び出さないんだ?」
「マナ、数秒でも、あの人に時間を割きたくないんです」
「気持ちはわかる。とてもよくわかるよ。でも、それじゃ困るんだよね……。仕事ってものはな――」
俺が嫌な上司の真似事を始めた時だった。
バンッ!
大きな音を立てて、オフィスのドアが開かれる。
そして大声とともに、紫色の派手な装いをした男が飛び込んできた。
「ビッグニュース! ビッグニュース!」
噂をすれば……というやつである。
ジーノは部屋に入ってくるなり、得意げな笑顔で喋り出す。
「いやー、聞いてくれよ。参っちまうぜ。<
ジーノが一人で喋りまくっている。
それを、俺たちは無反応で聞いていた。
しかし、奴は俺たちの反応など気にもせず、しつこく絡んでくる。
「なぁなぁ、ボス。なんでもいいから言ってみ? 絶対に当たらないからさ」
誰がこのクイズを求めているというのか。
もはや反応したら負けだ。
俺はとことん無視してやろうと思った。
だが奴は気にしないで喋り続ける。
その結果――。
「ボスー、なんでもいいから答えてよ。気になるだろ? 俺の話、聞いて――」
「いい加減にしろよ、この毒虫野郎!」
ロゼットがジーノの紫色の髪を掴み、床に引き倒した。
「アイタタタタッ! すみませんすみません! ごめんなさい!」
「ナンに対して謝ってンだ?」
「えっ? うるさくしたことじゃ――って、イタタタタタタ! 違います! 遊んでたこと――イタタタタタ! 違います! あっ、遅刻! 遅刻だ! 正解? 正解でしょ!」
さっきまでクイズの質問者だったが、最終的にジーノは回答者になっていた。
◆◆◆
ロゼットのお仕置きが一段落し、ようやくジーノの涙も止まった。
「ふぅ……酷い目に遭ったぜ――」
ジーノが愚痴るように言った瞬間、ロゼットが睨みつける。
するとジーノは笑いながら誤魔化す。
「っていうのは冗談で……ハハハ……」
「ジーノ、いい加減にしろよ」
俺もさすがに、もう少し注意しておこうと思った。
しかし奴はそれを察知して先回りしてくる。
「本当に申し訳ありません、ボス。違うんスよ。オレもただ遊んでたわけじゃなくて、ちゃんと情報収集してたんス」
「
「それそれ。殺人犯の情報だよ。最近、巷を騒がせてる<魔獣の子>って呼ばれてるやつ。そいつの顔写真を横流ししてもらったんだよ」
その単語が出た瞬間、アイマナとロゼットの顔色が変わる。
ただ、二人の表情の奥にある感情は、少し違っているようだった。
「うえぇ……最悪。なんでジーノみたいなのがウチのチームにいるの?」
ロゼットは、あからさまに不満を口にしていた。
それを聞いたジーノは、当然のごとく抗議の声をあげる。
「なんでだよ! めっちゃ良い情報じゃん! いま話題の連続殺人犯を捕まえたら、メリーナ様の
「あんたねぇ、
「えっ? アレ? そうなの? じゃあ、なんで捕まえに行ってないの……?」
「GPAは正義の味方じゃないのよ。単なる犯罪者なんて警察に任せておけばいいの」
「えー?
ジーノがわざわざこっちに話を振ってくる。
まあ、最終的な判断は俺がすることになるから、しかたないが。
「簡単に言うなら、割に合わない」
「そうなん? でもボス、
「それでも限界がある。殺人犯というくくりなら、他にいくらでもいるだろ? そいつを捕まえただけじゃ、大した
「でも魔獣の子だぜ? 朝から晩までテレビでやってるじゃん」
「ニュールミナス市の住民にとっては、重大関心事だからな。でも、それ以外の国民にとっては、大したニュースでもないだろ」
「そりゃまあ……国民的なヒーローになれるかって聞かれたら、無理そうだけど……」
「それに、
「なるほど……」
ジーノも納得してくれたらしい。肩をすくめて降参の意思を示した。
これでこの話も終わりだ。
と思ったら、俺の袖が引っ張られた。
見ると、アイマナが捨てられた小動物のような目を向けている。
さっきから大人しいとは思っていたが、彼女がこんなにしおらしい顔になるのは珍しい。
「何か問題でもあるのか、アイマナ?」
「センパイ……ひとつお願いしてもいいですか?」
「内容によるな」
「魔獣の子を捕まえてくれませんか?」
「お前らしくないな。さっきの説明、聞いてたろ?」
「実はマナ、魔獣の子について、勝手に情報を集めていて……それで昨日、新たな情報を入手したんです。たぶんこの情報は、他に誰も知りません」
「どんな情報だ?」
「魔獣の子は、マナと同じ……<