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No.038

<ニュールミナス市/ザバラタウン>


 俺たちは、ニュールミナス市の中心部に近い繁華街にやってきた。


 ここザバラタウンは、高いビルが建ち並び、カラフルなネオンの看板が昼間から眩しい光を放っている。

 通りを往来する人間は、身なりのいいビジネスマンから、水商売風の男女まで幅広い層がいる。


 アイマナによれば、魔獣の子が最後にM-システムに検知されたのが、この周辺らしい。

 しかし本来、魔導ロボットマグリカントは、魔力が外に漏れ出ない仕組みになっている。

 そのため、魔法でも使ってくれない限り、これ以上M-システムで潜伏場所を絞り込むのは難しいだろう。


 というわけで、俺はメリーナとプリを連れてここまで来たのだが。


「ライちゃん、プリはなにすればいいわね?」


 さっそくプリが聞いてくる。

 やる気があるのはいいことだ。


「この写真の男を探してくれ」


 俺はアイマナから受け取った写真をプリに見せた。

 それからメリーナにも確認させる。


「やせた男性……? 歳は若そうだけど……なんだか無機質な雰囲気ね……」


 メリーナが率直な感想を漏らす。

 その通りなのだが、アイマナが聞いたらどう思うか。


 俺は少しだけ心配になったが、耳の奥に張り付いてるイヤーピースからは、明るい声が聞こえてくる。


『普通の魔導ロボットマグリカントはそんなものですよ。感情はないし、生命もないんですからね』


 声の調子から察するに、アイマナは元気みたいだ。無理をしている雰囲気でもない。

 魔獣の子を捕まえてほしいと頼んできた時の、あの寂しげな雰囲気が嘘だったみたいに……。


 ふと俺の脳裏に、一時間ほど前のやりとりが蘇ってくる。



 ◆◆◆



 魔獣の子を追うと決めた後。

 俺はアイマナに確認したいことがあったので、二人きりで話す時間を作った。


「魔獣の子は、本当に魔導ロボットマグリカントなのか?」

「はい。M-システムに引っかかったデータを解析したので、間違いありません。この連続殺人犯は、魔導ロボットマグリカントです」

魔導ロボットマグリカントが人を殺すのか?」


 それこそが一番の疑問だった。

 俺が知る限り、アイマナ以外の魔導ロボットマグリカントは、それほど高性能ではないのだ。


「単なる電力式ロボットと違って、魔力を使った魔導ロボットマグリカントは、予期せぬバグが多発しますからね。ほら、マナもそうでしょ、センパイ」

「笑えないな」

「とはいえ、ご存じの通りマナは世界で唯一の完璧な魔導ロボットマグリカントなので、人を殺すことはありません。ご安心を」

「そんなことは初めから心配してない。それより、仮に魔導ロボットマグリカントが人を殺してるとして、その理由はなんだ?」

「動機なんて知りませんよ。魔導AIの異常なのか、そう指示されてるのか、あるいは自由意志に目覚めたのか……。いずれにしろ困っちゃいますよね。連続殺人犯の正体が魔導ロボットマグリカントだって世間に知られたら、きっとこれまで以上にバッシングされちゃいますよ」


 アイマナはニコニコした顔で話していたが、声の奥には寂しさが潜んでいた。


「そうだな。アイマナのやる気が下がっても困るし、さくっと捕まえてくるか」

「……センパイはマナが困ってたら必ず助けてくれるんですね。マナのこと大好きじゃないですか」

「アイマナに対しては、人生のとしての責任があるからな」

「ふふっ……本当にズルい人ですね」

「そうじゃなきゃ、こんな仕事はやってられないよ」



 ◆◆◆



 俺たちはしばらくのあいだ、あてもなく繁華街を歩き回っていた。

 アイマナに大見得を切ったのはいいが、今のところ全く成果はない。


『センパイ、さくっと捕まえてくれるんじゃなかったんですか〜?』


 言うな。俺はこういう単純な人探しは苦手なんだ。

 だからこっちよりも、あっちの班に期待したほうがいい。

 と、俺はアイマナに尋ねてみる。


「ジーノたちはどうしてるんだ?」


 魔獣の子探しは、二手に分かれて行っている。

 街の東側を俺たちが、西側をジーノたちが探す手筈になっていた。


『向こうの班は、ジーノさんがカジノに入ってスロットマシンのレバーを引いたところで、ロゼットさんが床に引き倒したらしく、大騒ぎになってました。そこでマナは無線を切りました』


 アイマナが淡々とした口調で伝えてくる。その情景が目に浮かぶようだ。


「班分けをミスったか……」

『せめて<ソウデン>さんがいれば良かったんですけどね』

「そういえば、あいつはどうなった?」

『定期連絡はもらってますよ。いつも「順調だ」の一言だけですけど』

「相変わらずだな」


 いないメンバーの話をしてもしかたない。

 しかしジーノたちの班が使えないとなると、こっちの班だけで事件を解決するしかないのか……。


『センパイたちは見つけられそうですか?』

「そうだなぁ……」


 俺はアイマナと話しながら、メリーナとプリの様子を窺う。

 二人は、少し離れた木陰のベンチに座り、ジェラートを食べていた。


「あいつらは飽きてるな」


 俺がそう告げると、無線越しにため息が聞こえてきた気がする。


『メリーナさん、プリちゃん、申し訳ないのですが、もう少しだけセンパイの力になってあげてください』


 アイマナが無線越しに、二人に呼びかける。

 すると、ジェラートを食べていた二人がパッと立ち上がり、俺の元に駆け寄ってきた。


 そしてプリがジェラートを差し出してくる。


「ライちゃんも食べるわね!」


 アイマナが言ってたのは、そういうことじゃないんだけどな……。


「わ、わたしも……。食べさせてあげようかな……?」


 なぜかメリーナまでジェラートを差し出してくる。

 二人して、どういう思考回路をしてるんだか。


「ここにきたのは、アイスが食べたかったからじゃなくて、写真の男を見つけるためだ」


 俺は改めて目的を告げた。

 するとプリもメリーナも、なぜか初めて聞いたかのような反応を見せる。


「プリ、探すのよ!」

「わたしも! それがライのためになるなら!」


 俺のためじゃなくてアイマナのためだし、できればメリーナに栄光値ポイントが付くような形で捕まえたいんだけどな。


 そう思っていたら、またアイマナが無線で呼びかけてくる。


『メリーナさん、プリちゃん、がんばったら、センパイからすごいご褒美がもらえますよ』


 その言葉を聞いた二人は、そろってうんうんと頷いていた。

 それからプリが真剣な顔で言うのだった。


「ライちゃん、プリは、ごほうびがなくてもがんばるわね!」

「プリは良い子だな」


 俺はそう言って、プリのふんわりしたオレンジ色の頭を撫でてやる。

 すると、なぜかメリーナも金色の頭を差し出してくる。


「わたしもがんばるわ! ご褒美がなくても!」


 いや、それは完全にご褒美を求めてないか?

 まあでも、やる気になってくれてるならいいか……。


 俺はメリーナの頭も撫でておいた。


「くふぅ〜いいわぁ〜これ……」


 メリーナがおっさんみたいなリアクションをしてるが、見なかったことにしよう。


 一方、無線の向こうからは邪気を感じる――。


『センパイ、なにをしてるのか見えないですけど、きっと任務達成のために必要なことなんですよね?』


 アイマナの問いかけは無視しておいた。

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