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No.039

 しばらくの間、俺はプリとメリーナと並んで、大通り沿いのベンチに座っていた。


 繁華街の大通りは、いつまで経っても人の流れが途切れない。

 ここにいる大量の人間の中から、目当ての人物を見つけることができるのだろうか。


「なんか無理な気がしてきた……」


 俺がつぶやくと、さっそく耳の奥からアイマナの声が聞こえてくる。


『たぶん無理だと思います』

「じゃあ、何か方法を考えてくれよ」

『人探しはマナも専門じゃないです。そういうのは、ジーノさんに聞いてください』

「あいつらは、いま何してんだ?」

『ジーノさんとロゼットさんは、二人してカジノの警備室で反省文を書いてます。スロットマシーンを5台ほど壊したみたいですよ』


 もう何も言えなかった。

 あいつらを二人だけにした俺の責任だ。


 とはいえ、こっちもこっちで放っておいたら仕事にならないわけで……。


「プリ、メリちゃんと海いきたいのよ〜」


 プリがつまらそうにつぶやく。

 どうやら本格的に飽きてしまったらしい。


「わたしも遊びたいわ。でもね、プリちゃん。まだライがお仕事してるから、もう少しだけ我慢しましょう」


 メリーナがプリの相手をしてくれて助かる。

 プリもなぜかメリーナ相手には、そんなにわがままを言わないし。


「ライちゃん、早くお仕事終わらせるわね」

「だったら写真の男を見つけてくれ」


 俺はそう言って写真を渡した。

 プリはそれをまじまじと見つめ、つぶやく。


「……生き物の臭いがしないのよ」


 その一言で俺は思い出した。


「写真からでもわかるのか?」

「わかるわね!」


 プリが大きく頷く。

 この情報は俺も初耳だ。本当ならすごくありがたい。


 俺がひとりで納得していると、隣からメリーナが服を引っ張ってくる。


「なんの話をしてるの?」

「説明は難しいが……簡単に言うと、プリは<生命いのちの臭い>を嗅げるんだ」

「なにそれ? どういう魔法なの?」

「魔法じゃない。プリの種族的な特性というかなんというか……」


 プリは、本人でさえ完全に理解していない特殊な能力をいくつも持っている。

 そのうちの一つに、生命の臭いを嗅げるという能力がある。

 動物、魔獣、人間に関わらず、生きている者はみんな生命の臭いを発していて、それによって種族や寿命などがわかるらしい。

 プリの説明によればだが。


「みんな生命の臭いがするのよ!」

「それなら、目の前にいるのがロボットか人間か見分けられるってことね! すごいわ!」


 プリの適当な説明を、メリーナはちゃんと噛み砕いて理解していた。

 しかも、こんな突拍子も無い話を信じて受け入れてくれている。


 彼女のこういう懐の大きいところは、素直にすごいと思う。


「でも臭いを発してないってことは、逆に探しづらいのか」


 俺はふと思った疑問をつぶやく。

 しかしプリは、コテリと首を横に倒す。


「どうして探しづらいわね?」

「そいつが臭いを発してれば、臭いをたどって追跡できる。でも、魔獣の子はその逆。生命の臭いがないんだ。無臭は透明人間みたいなものだろ」

「臭いがない人を見つければいいのよ!」

「まあ、そうだけど。この街にいる全員の臭いを嗅いで回るのは無理だろ」

「そうわね? さっきいたのよ?」

「…………ん?」


 プリが何か重要なことを言った気がするが、聞き間違いか?


「本当に!? プリちゃん、見つけてたのね。すごいわ!」


 メリーナがなんの疑問も持たずに賞賛している。

 ということは、俺の聞き間違いじゃないってことか。


「なぁ、プリ。そういう異変が起きた時は、すぐに報告してくれないか」

「なんでわね? 生命の臭いがない人なんていっぱいいるわね。マナちゃんもそうなのよ!」


 確かにそれはそうなんだけど……。

 まあプリから見れば、アイマナも人間も変わらないのか。


「そうだな。俺が最初にプリの特性を思い出すべきだった」

「ライちゃんはドジっ子ってマナちゃんが言ってたわね」


 アイマナとは、一度じっくり話し合う必要があるな。

 なぜかさっきから、無線に反応がないが……。


「それで、プリはいつ見つけたんだ? 生命の臭いがしない奴を」

「アイス食べちゃったころわね。あのおっきなビルに入ったのよ」


 プリが少し離れたところにある高層ビルを指差さした。

 この繁華街の中でも、ひときわ綺麗で巨大なビルだ。


「<セントラルホロタワー>か……」

「有名な建物なの?」


 どうやらメリーナは知らないらしい。

 俺はビルを見上げたまま、その質問に答える。


「この辺りでは一番有名だな。行政機関と、ビジネスオフィスが数多く入居してる。展望室が人気スポットだ」

「変なところではないのね。それなのに、なんでライは一瞬嫌そうな顔をしたの?」

「よく見てるな」

「だってわたし、あなたに恋してるもの!」


 メリーナはこんな街の往来にもかかわらず、堂々と宣言する。

 俺は慌てて立ち上がり、二人を連れてその場を離れた。


 ちなみに、俺が嫌な顔をした理由は単純だ。

 あのセントラルホロタワーには、帝国魔法取締局マトリの出張所が入っているのだ。



 ◆◆◆



 俺はプリとメリーナを連れて、セントラルホロタワーの中に入った。

 広々としたエントランスは、多くのビジネスマンや観光客が行き交っている。


 メリーナは目立たないように、麦わら帽子を深く被ってもらうことにした。

 うっかり帝国魔法取締局マトリの連中に出くわすかもしれないし、本当は俺も変装したいところだが。


「しかし、この広いビルの中で、どうやって目当ての人物を探すか……」


 つぶやきながら、俺はちらりと横を窺う。

 プリとメリーナは、楽しそうな顔で周り見回していた。


「お魚の匂いがたくさんするわね! おなかへったのよ!」

「プリちゃん、5階から15階まで、すべてレストラン街みたいよ」


 二人は完全に観光気分である。

 俺は、今にも走り出しそうなプリの腕を引き、尋ねた。


「プリ、臭いがしない奴はいるか?」

「わからないわね! お魚の匂いはするわね! おスシ屋さん、いくのよ!」

「おいおい……」


 このビルには、帝国魔法取締局マトリよりも凶悪な敵が潜んでいたようだ。


「上のほうって感じがするわね! いってみるのよ!」


 プリが適当なことを言いだした。

 どうせスシ屋の匂いを察知したんだろ?


 俺が軽い絶望を味わっていると、耳の奥からアイマナの声が聞こえてきた。


『センパイ、魔獣の子は見つかりましたか?』

「今までの話を聞いてなかったのか?」

『マナはですね、ジーノさんたちが警察に連行されるって話になったので、カジノの環境システムを一時的にシャットダウンして、二人を逃がしてたんです』

「ごめん。めっちゃ助かる……」


 ジーノたちは本当に何をやってるんだか……。

 これで、いよいよ援軍は期待できなくなったな。


「こっちはプリのおかげで、魔獣の子に近づいてる。ただ、場所がセントラルホロタワーなんだ。この中のどこに奴がいるのか、アイマナの方で探ることはできないか?」

『マナができるのは、M-システムをモニターするくらいです。それで魔導ロボットマグリカントの居場所を特定するのは無理でしょうね』

「そうだよなぁ……」

『それにそのビルは、帝国魔法取締局マトリも入ってますし、魔導機器の開発研究をしてる会社も多いので、M-システムのセキュリティレベルが高いんですよ』

「街頭の魔力検知機をハックするのとは訳が違うってことか……」


 アイマナの力を借りても、奴を見つけるのは大変そうだ。

 それなら時間が惜しい。と、俺はプリとメリーナの腕を引き歩き出す。


「ライちゃん、おスシ屋さんにいくわね!?」

「あっ、わたしはなんでも食べられるから。ライが食べたいものでいいわ」


 二人とも盛大に勘違いしているが、俺は気にしないことにした。

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