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第15話 薄情者



 最初は定番の苺ケーキから。小皿に苺ケーキを載せ、フォークを持った。軽く力を込めただけで切れたスポンジにクリームを沢山絡め、口へ運ぼうとしたら。食べるのを眺めていたネロがある提案をした。



「私が食べさせてあげるよ?」

「いらないわ。自分で食べれる」

「こういうのはね、定番の食べ方というものがあるんだ」

「ネロさんに食べさせてもらうのが定番なの?」

「私がというより、デートに来た男女なら誰もがするよ」

「……」



 恋をしようと自分から言い出したネロは、有言実行のつもりでリシェルに提案をした。最初の一口は自分で食べた。予想通り美味しい。甘酸っぱい苺と甘いクリームの相性といったら。仄かに甘いスポンジのお陰で甘すぎず、バランスが取れている。

 誰もが……ノアールとビアンカも経験済みな可能性が高い。


 ノアールが再び姿を現すか不明なのに、リシェルは彼はまた来るだろうと踏んでいた。諦めの悪いノアールのこと、目的達成の為なら何度だって来る。自分を連れ戻して彼は何をしたいのか。



「殿下は……」

「うん?」

「私を連れ戻して何がしたいのかな」

「さてね。王子様本人に聞いてみたらいい」

「話してくれないわ」

「そうかもね。そうなら、私が無理矢理聞き出してもいい」

「あまり手荒な真似はしてほしくないの」



 理由を知りたくても傷ついてほしいわけじゃない。

「リシェル嬢」と呼ばれるとフォークの先に刺さったチョコレートケーキを向けられていた。



「ほら、あーんして」

「じ、自分で食べられるよ」

「いいからいいから。慣れておくと後々リシェル嬢にとっても都合が良いかもよ?」

「どうして?」

「内緒。さあ、口を開けて」



 小さい子がされるみたいにあーんをしてみた。誰かに食べさせられるのは、幼い頃リゼルにされて以来。成人を迎えて間もないリシェルは恥ずかしさが込み上げるも、次のチョコレートケーキを差し出され口を開けた。

 チョコレートケーキがなくなるとネロは手を下ろした。周囲からの視線が痛くて恥ずかしかったがやっと終わってホッとしたのも束の間。フォークを持つ手を掴まれた。



「今度は君が私に食べさせる番だよ」

「私もするの!?」

「私だけなんて不公平じゃないか。うん……そのチーズケーキがいいな」

「う、うん」



 ネロがしてくれたなら、自分もお返しをしないと。選ばれたチーズケーキを一口サイズにフォークで切り、瞳を輝かせて待っているネロの口元へ運んだ。小さな口がチーズケーキを含んだ。チーズケーキからフォークを離し、下唇に付いた欠片を舌で舐め取る仕草が厭らしい。



「っ……」



 ネロに食べさせられていた時以上の恥ずかしさを感じて顔に体温が集中してしまう。主導権はリシェルが握っているのに、実際はネロが握っている。

 次はと促され、また一口サイズにチーズケーキを切った。同じ動作でチーズケーキをネロに食べさせた。チーズケーキを食べるネロを見ているだけで恥ずかしくなる。淫靡な気分にさせてくる。


 リシェルの気持ちに気付かない訳がないネロの純銀の瞳が茶目っ気たっぷりに光った。



「どうしたのリシェル嬢? 顔が真っ赤だよ。今は君が私に食べさせているのに」

「そうだけどっ」

「食べさせるだけで恥ずかしがってちゃ、キスまでの道則が遠いよ」

「キス!?」



 思わずフォークを落としそうになり、慌てて膝の上でキャッチした。予想外な発言をするから手から力が抜けてしまった。赤い顔で慌ててしまう。ネロに恋をしようと提案されたが、彼は本気でリシェルを好きになるつもりなのか。リシェル自身、まだ気持ちの整理がつかない。

 昨夜のノアールの一件があるせいで。



「キスなんて…………好きな人じゃなきゃ……出来ない……」

「君はやっぱり初心というか、箱入り娘というか。魔族の女の子でこうも経験不足なのは君くらいなものだ」

「うう……」



 悪気があって言っていなくてもリシェルの心を太く鋭く刺す。子供っぽいとは本人も自覚済み。練習を重ねれば慣れると過激な恋愛小説を読んだり、女の子達が出会いの場として利用する夜会に繰り出そうとするも。どれも、リシェルの行動監視を命じられている屋敷の使用人達が阻止してくる。

 大人になったのだから大丈夫だと、長い時間リゼルを説得して漸く参加した仮面舞踏会があった。

 仮面をしているから素性はバレない。が、開始するなりひっきりなしに男性から声を掛けられた挙句、男女がそこかしこでキスをしたり会場を出て用意された客室へ入って行くのを目撃しただけでリシェルは限界を迎えた。気絶したリシェルは即リゼルに屋敷まで運ばれ、以後は厳禁となった。


 リシェルなりに努力をしている話をしたら、ネロは苦笑を浮かべていた。



「努力の方向性が違うというか、まあ……よくリゼ君が許したね」

「頑張ったんだよ!」

「頑張りの方向が違う……ってさっきも言ったね。リゼ君、君と王子様が相思相愛でも最終的に結婚は許さなかったんじゃないかな」

「パパはしない。私と殿下がまだ仲良しだった時は、私が将来殿下のお嫁さんになるのが夢って言ったら笑って頷いてくれたよ」

「君の前ではそうでも、王子様の前では分からないよ?」



 違うと言いたかったが実際はどうだったのだろう。リシェルがリゼルとノアールがいる場面を目撃しだしたのは、関係が悪くなってから。

 リシェルを放置し、ビアンカと仲睦まじくするノアールがいるパーティーにいるだけで肩身の狭い思いをするリシェルを気遣って屋敷に帰ろうとリゼルが転移魔法の魔法陣を展開するなり、ノアールがすっとんで来た事があった。その時はビアンカじゃなく、自分が……と期待した。が、ノアールが飛んで来たのは――



『王太子の婚約者であるお前が誰よりも早く帰ってどうする』と説教をする為だった。喜びは霧散した。見る見る内に落ち込んでいったリシェルは転移魔法で屋敷に帰還し、数十分経過後戻ったリゼルにその後を聞いた。


『気にするな。誰に物を言っているのかあのノアール大バカに少々分からせていただけだ』と虫けらに対して吐き捨てる物言いにノアールの安否が気になった。翌日、妃教育を受けにリゼルと登城したら全身ボロボロのノアールと鉢合わせた。リゼルの顔を見るなり青褪めるも睨み付けるのは忘れなかった。

 リシェルとは目も合わさなかったのだ。


 リシェルが知らない所でリゼルは何度もノアールに暴力を振るってはいたんだろう。



「……パパは、理由もなしに誰かを痛めつけたりはしない。殿下がパパにボコボコにされるのは私が理由だったから」

「ああ、やっぱりボコボコにされてたんだ」

「うん。心当たりがあるのが何度かね」

「リゼ君って容赦ないから……」



 遠い目をするネロはリゼルにボコボコを通り越して半殺しの目に遭った身。容赦のなさを誰よりも知ってそうである。



 ●〇●〇●〇



 ――嫉妬で狂ってしまいそうになる……っ



『え!? な、なんで一緒のベッドで寝るの!?』

『君が気になって仕方ないからねえ。他に理由もあるっちゃあるけど……』

『一人で寝れるから、隣のベッドを使って!』

『えー。リゼ君なら喜んで入れてくれるでしょう?』

『パパは良いの。それにパパは勝手に入ってこないもん』

『私は勝手に入る派だから。ほらほら、横になろう』

『きゃあ!』



 魔王城内での行動に制限はされなかったが人間界へ足を運ぶのは暫くの間厳禁とされた。父の言い付けを無視して人間界へ続く扉に行ったら、多数の門番が配置されていた。彼等は魔王の命により、ノアールが来たら追い返すようにされていた。

 リゼルが辺境に飛んでいる今が最大の好機チャンスだというのに、唇を噛み締めた。

 ノアールの行動を先読みしたように、リゼルがいない代わりに別の男がリシェルの側にいる。父は知っていそうだったから、誰か聞けば名前しか教えられなかった。ネルヴァ、と言うらしいがリシェルはネロと呼んでいる。


 どちらの名前も名簿にない名前。リゼルと父の友人なら、貴族だと思ったのだが違うのだろうか?


 気安くリシェルに触れ、短時間で好印象を持たれるネロに嫉妬しか抱かない。強引に迫られながらも、最終的にリシェルは受け入れた。



『安心して。嫌なことはなにもしない。君の安全の為でもある』

『私の?』

『そう。何時、悪魔狩りの追試が始まってもいいようにね結界を貼って寝るんだ。一緒に寝た方が範囲を大きくしないで済むでしょう?』

『結界を貼ってくれてるの?』

『うん。リゼ君から預かった君を彼が戻るまで無事でいさせるのが私の仕事だよ』

『ありがとう……ネロさん』



 ああ……っ、まただ……。

 戸惑っていたくせに、自分の為だと言われればリシェルは受け入れはにかんだように笑う。愛らしくて、可愛らしくて、誰にも見せたくないのに。


 これ以上見ていたら本当に嫉妬で気が狂ってしまうと、光景から離れたノアールは壁に凭れた。

 リゼルからの連絡がないと心配していたリシェルにノアールも疑問に抱いた。娘命なあのリゼルが、一日連絡を寄越さないとは有り得るのか、と。


 リゼルの転移魔法で一気に辺境まで飛んだと聞いた。アメティスタ家お抱え騎士団を無理矢理捻じ込まれ相当不機嫌だったとも。一人で対処可能なリゼルに態々お抱えの騎士団を同行させた当主の思惑は何か……。父も気にしてリゼルが信用する第一騎士団も同行させた。魔物の大量発生はリゼルに対処を、騎士団には周辺住民のサポートに回ってもらおうと。そういう事なら人手は多い方がいいと。


 リシェルと距離を取ったのは自分なのに、自分に向けられない感情を目の当たりにするだけで激情が渦巻く。

 リシェルを閉じ込めて、自分以外見られないようにしたい。恋愛事情にとことん初心なリシェルを自分好みに染めたい……。



「殿下!! 此処にいらしたのですね!」



 ぼんやりと黒い天井を見上げていたノアールを現実逃避から戻したのはビアンカだった。ノアールを意識した黒く煽情的なドレス。豊かに実った胸元を惜しげもなく晒す恰好はリシェルには無理だろう。恥ずかしがって着ようともしないし、リゼルが許さない。

 近付くなり腕に抱き付かれた。豊満な胸をやたらと押し付けてくる。


 走って来たのだろうビアンカの額に浮かぶ汗をハンカチで拭いてやると嬉しげに笑った。



「まあ、ありがとうございます」

「いや。どうしたんだ」

「はい! 殿下に朗報です! これで殿下を脅かす者は誰もいませんわ!」

「何の話だ?」



 意味が分からなく首を傾げたノアールへ衝撃的告白がされた。



「リゼル=ベルンシュタインを罠に嵌めて、魔力を奪う事に成功したのです!」

「なっ!!?」



 ビアンカが抱き付いていなかったら今頃身体は床とくっ付いていた。驚倒しそうになるくらいの衝撃的告白をしたビアンカは気付かず、興奮気味に話し続けた。



「今はまだ罠に嵌めた穴の中で魔力を奪っている最中です。しぶといですわね。普通ならすぐに魔力を奪われてミイラになるのに、リゼル様は耐えていますの」

「嘘だろ……」

「嘘のようで本当です。でも、リゼル様も痛がってるみたいで。悲鳴を上げているとか」



 ――絶対嘘だ……! 絶対嵌って振りをして、高笑いしているアメティスタ家を絶対遠くから嘲笑っているに違いない……!


 ビアンカを腕から離し、両肩を掴んで説得した。あのリゼルは絶対に罠に嵌らない、逆にリゼルの罠だと。


 けれどビアンカは信じず、今までリゼルに痛めつけられた経験のあるノアールが怖がっていると解釈し、魔力を完全に奪った後のミイラ化したリゼルを見せに来ると意気揚々に部屋を出て行った。

 残されたノアールは足から力が抜けてへたり込んだ。



「ビアンカのあの自信振り……まさか本当にベルンシュタイン卿を……?」



 いや、絶対にないと首を振った。


 悪魔以上に悪魔なあの男が。


 ノアールはエルネストに話をしに行こうと執務室へ向かった。


 何時如何なる時もマナーだけは忘れるなと幼少期から父に教え込まれたノアールは慌てていても身に染みついた習慣を忘れず、扉付近まで来ると速度を緩め、立ち止まって扉を叩いた。覇気のない返事に嫌な予感をしつつ、父エルネストの執務室に入室した。

 書類の山を魔法を駆使して確認し、押印を次々にしていく。一定量纏めると書類に紐をし、また新たな書類を処理していく。


 リゼルがいなくても仕事処理能力は十分長けているのに、リゼルに泣き付いて補佐官をしてもらっている理由が未だに分からない。何度聞いてもエルネストとリゼルの問題で子供は気にするなと背を押された。


 エルネストが山の書類を綺麗に片付けてから、ノアールは初めて声を掛けた。



「父上、至急お耳に入れてほしいことが」

「どうしたの。ひょっとして、リゼルくんが辺境の地で罠に嵌っているってやつ?」

「知っているのですか!?」

「知ってるよ~」



 知ってるならエルネストの態度は異常だ。ノアール個人の意見としては、魔王すら泣く鬼の補佐官が簡単に罠に嵌って魔力を奪われるへまはしない。万が一があると力説されても絶対に態とだしか思えない。


 だが、とノアールはある見解を抱く。エルネストが至って冷静でのんびりなのは、自身の予想が当たっているからでは? と。



「ビアンカから聞いたのですか?」

「アメティスタ家の当主からだよ。大層ご機嫌だったよ」

「なっ!?」



 当主自ら魔王に話した!?



「そ、それで父上はなんと言ったのです!?」

「リゼルくんに遊ばれてるだけだよって返したよ。そうしたら、激昂されてね。リゼルくんの魔力を奪った証を持って騎士団を帰還させると息巻いて帰って行ったよ」

「怒らせてどうするのですか!」

「いいんだよ。罠に嵌ってるのはリゼルくんじゃない。ノアも薄々感付いているでしょう?」

「……」



 付き合いの長いエルネストからの問いにノアールは重たく頷いた。父を訪ねて正解だった。場所を移そうと言われ、執務室の隣にある休憩室に入れられた。扉を閉めた際、父が結界を貼った。

 誰かが来ても気配も声も聞こえないようにするための。勿論、鍵も閉めたので開けられない。

 お茶を飲めるよう設備だけはしっかりとあり、ノアールが好きな茶葉の紅茶を提供した。


 周囲に誰もいない、久しぶりの父と息子だけの空間。妙に緊張して落ち着かない。


 ノアールの前に紅茶を置いたエルネストが向かいに座って話は始まった。



「こうやって改めて見ると大きくなったね。成人を迎えたから当然なんだけど」

「父上……父上は、どうしておれを拾ったのですか」

「ああ……やっぱり知ってたんだ」

「……はい」



 知りたくて知ったんじゃない。

 真実を知ってショックのあまり寝込んでしまった。

 ただ一人の父だと信じ、敬愛していた人が、血が繋がらない他人どころか種族さえ違う魔族の王だったなんて。

 幼いノアールの耳に入らぬようしても下賤な者はいる。


「城の者達は皆おれを父上の子として接してくれました。ただ、中には人間であるおれを快く思わない者もいました」

「一言でも漏らせば処罰の対象としていたのに……口が軽い子は嫌いだ」

「おれに事実を教えたのはアメティスタ家の当主です」

「そんな気はしてた。ただ、ビアンカの事があったから、あまり強く出られなかった」



 純白の頭をガシガシと掻くエルネストは深く息を吐き、琥珀色の水面をぼんやりと眺めた。



「妃はビアンカを出産後亡くなってしまってね。魔界の王に必要なのは圧倒的魔力のみ。性別は重視しない。亡くなった妃の為にもこの子を幸せにしないとと誓ったんだ。……でも、ね。邪魔をしてきた人達がいる」



 妃の生家アメティスタ家。現当主は妃の実兄。大層仲の良かった兄妹として社交界では有名だった。

 ビアンカが生まれて二週間後、人間界から戻った魔族が黒髪の赤子を抱いて帰還した。その魔族は旅をするのが趣味で、偶々降り立った王国の森で捨てられたばかりであろう赤子を見つけ。身に秘める膨大な魔力に目を付けて魔王に献上した。


 アメティスタ家の当主はそこに目を付けた。



「今は違うけどね、当時の当主夫妻には子供がいなかったんだ。人間であっても、ノアールの魔力はビアンカの魔力を遥かに凌駕した。夫妻は地に頭を擦り付けて僕に願ったんだ。ビアンカを夫妻の娘として渡してくれと」

「何故……」

「僕はね、ノア。最初に君を見た時、とても不運な人の子だと同情した。髪と瞳の色が違うだけで、大した検査もされず捨てられた君が可哀想だった。幸い妃は黒髪。双子として育てるつもりだったんだ」



 寂しさと自嘲が混ざった笑いを見せられ、何も言えなくなってしまう。紅茶を何口か飲み、エルネストは続ける。



「だが夫妻、特に当主が頑として諦めなくてね。ビアンカは妹に似ているから余計手放したくなかったんだろう。ノアールという後継者を得た僕にビアンカを渡せとしつこかった。兄妹として育てるなら、ノアより魔力が少なく女という理由だけでビアンカは不憫な生活を強いられるとね」

「そんな」

「無論、馬鹿馬鹿しいと撥ね付けたんだが夫妻は、役人に金を握らせてビアンカの出生届を偽造したんだ。ビアンカの両親の欄を僕と妃から自分達の名前に書き換えたのさ」

「悪魔だから許される……ないですよね」

「ないよ。無秩序な世界に平穏は訪れない。人間界や天界と違って、ある程度は自由だけれど守るべきものは守る。僕達悪魔でもね。それを破ったのがあの夫妻だ」



 後から知った事情だが当主は当時の魔王候補三番目。リゼル、エルネストと比べると魔力の差は歴然。スペアのスペアで、もしもエルネストまで魔王候補を辞退していたら当主が魔王となっていたが魔力の強さから大きな期待はされていなかった。

 人間でありながら膨大な魔力を持つノアールと妹の忘れ形見ビアンカを結婚させ、強い魔力を持つ子を産ませるのが目的ではないかとエルネストは語った。


 また、魔王の妃になったビアンカの後ろ盾として政治的発言力を強めたい思惑もありそうである。



「会議の時、毎回リゼルくんに黙らされるのが余程ご不満だったらしい。今回のリゼルくんを罠に嵌めた件も含め、アメティスタ家には相応の覚悟をしてもらわないと」

「覚悟……?」

「そう。……僕は周りが思うような良い奴じゃない。案外薄情な奴なんだ」

「父上?」

「……」



 ノアールにというより、自分に聞かせて呟いたエルネスト。声は届かず、何を言ったか知りたいノアールへ苦笑しただけで語らず。

 此処で話した件は秘密。次期魔王としての仕事をしなさいと言い残してエルネストは休憩室を出た。

 扉を閉めて立ったままのエルネストは小さく息を吐いた。


 魔力を奪われ続け苦しむリゼル(仮)を当主と揃って嗤笑したビアンカの醜さを目の当たりにし、改めて決断を強いられた。

 ノアールを取るか、今まで通りビアンカを守るか……。



「薄情だよね僕は……実の娘より、可哀想だったからって貰って育てたノアールを選ぶんだから……」



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