目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第16話 天使の襲撃



 寝ている間にベッドに入って来られるより、知ってて一緒に寝たらまだ驚きはなかった。一緒に寝るつもりのネロに抵抗したものの、リゼルから預かったリシェルの安全対策だと押されれば拒否は叶わなかった。

 誰かと一緒に眠るとベッドの中の温もりは二倍になる。とても温かくて、リゼルからの連絡がなくて不安なリシェルは温もりに縋って自分からネロに近付いて行った。良い子、良い子、と背中を撫でられ不安は取り除かれ、よく眠れた。


 翌朝目を覚ますと隣には誰もいなかった。寝惚けた眼で部屋を見渡してもネロ姿がない。



「冷たい……」



 ネロが寝ていた場所に手を当てると温度はなく、リシェルが起きるずっと前に起きたらしい。リシェルもベッドから降り、寝室を出た。隣の部屋に行ってもネロはいない。



「どこ行ったんだろう」



 部屋にいないのなら、外へ出掛けたのか。

 朝の洗顔とお手入れを済ませ、服は自分でも着られるワンピースに着替えテラスへと出た。朝から多くの人々が行き交っている。未だリゼルからの連絡が来ない。一日しか経ってなくても、リゼルに限って何もないと信じたくてもリシェルの不安は拭えない。

 少し空腹を感じ、ネロを待つか待たないかで悩むも待つのを選んだ。


 部屋に戻ろうと後ろを向いた時、羽の鳴る音が聞こえた。

 目の前に落ちた1枚の大きな白い羽。

 途端突き刺さるような殺気。

 リシェルは外れてほしいと振り返った。ら――



「!!」



 背中に白い翼を生やした天使が三人、武器を持ってリシェルの後ろにいた。



 ――天使……!?



 悪魔狩り開始の光はまだ出されていない。

 激しい敵意がありありと浮かんだ眼がリシェルを睨み離さない。



「見つけたぞ悪魔!」

「先ずはお前の首から頂く!」



 三人の天使が一斉に距離を縮めてくる。


 震える自分の心に喝を入れ、天使達との距離がゼロになる前に飛行。急上昇するリシェルを追い掛けてくる天使達。


 攻撃魔法はあまり得意ではないが戦い方を知らない訳じゃない。両手に込める魔力が雷に変わるよう念じ、高密度の塊を成した刹那――天使達へ投げ付けた。

 瞬時に分かれられたが塊は天使達の頭上付近で広範囲に渡って放電。散っても雷から逃れられなかった天使達の身体は光り、瞬く間に焦げて地へ堕ちていった。



「はあ、はあっ」



 戦闘が苦手なリシェルでも扱える攻撃魔法をリゼルは教えていた。どれもが強い魔力を持つからこそ使用可能な広範囲で攻撃力が強い高難度魔法。習得にリシェルは苦労したがお陰で助かった。

 急いで部屋に戻らないと他の天使からも攻撃を受けてしまう。急降下して部屋に戻ったリシェルは窓を閉め、カーテンをした。これで姿は見えなくても問題はある。



「私が此処にいるってきっと他の天使達にも知れ渡るよね……」



 リゼルの安否は気になるが宿を移しても見つけてくれる。荷物を纏めようとした矢先、何処かへ行っていたネロが戻った。



「起きたんだ。おはようリシェル嬢。随分慌てているけどどうしたの?」

「あ……えっと……」



 天使の襲撃を受けて撃退したとネロに告げていいものなのか。父と親しくてもネロは天使。仲間を殺されたと知ればネロだって態度を変えてくる。正直に言えない。どんな理由を作ろうかと口を閉ざしてしまう。


 リシェルの異変にネロは気付き、顔を覗き込んでくる。



「どうしたの? 何があったか言ってごらん」

「その……ま、魔界から連絡があって」

「リゼ君から?」

「う、うん! パパが待ってるから行かなきゃ」

「……嘘だね」



 大きな手がリシェルの両頬を包み、顔を上へ向かせた。純銀の瞳が探って来る。深層心理にまで入り込もうとする視線から逸らせない。



「正直に言いなさい。何を言っても怒らないから」

「あ……う……だ……って……」



 同族を殺されれば親身になってくれるネロも態度を変えてしまう。言わないと何をされるか分からない恐怖もある。

 二つの感情に板挟みにされ、混乱するリシェルの視界が暗くなる。

 ネロが顔を近付け、額に何かが触れた。柔らかくて、距離が縮まったから彼の香りが一層強くなって恥ずかしくなった。


 離れたネロはもう一度顔を見てくる。何をされたのかとリシェルが目を丸くしていたら微笑まれた。



「おでこにキスをされた経験はないのかな?」

「な、え、き、キス?」

「キスで反応されても……。リシェル嬢。君が何を言っても、何をしても、私は君を怒らない。話してごらん」

「うん……」



 朝起きて身支度を済ませて、テラスに出たら三人の天使の襲撃に遭ったこと。

 彼等を撃退したこと。

 さっきの出来事を正直に話し終えて下を向きたいのに、未だネロが顔を支えているせいで動けない。

 ネロの反応を見るのが怖くて目だけ逸らしていた。



「リシェル嬢」



 きっと怒る。

 恐る恐る目を向けると意外な相貌があった。


 ネロは目を丸くしていた。

 疑問はすぐに知れた。



「君、戦い方知ってたの?」

「パパにいざという時の魔法を幾つか教わってたから……」



 過保護極まるリゼルが護身術として教えてくれた魔法があったからこそ、天使撃退に成功した。

 今回は偶々運が良かっただけとも言える。教わっても実戦での活用経験がゼロなリシェルは必死だった。失敗したら死を迎えるのは自分。死ぬのだけは嫌だった。

 顔を解放され、ソファーに座らされたリシェルは隣に座ったネロに訊ねた。



「悪魔狩りはもう始まってるの?」

「君は開始の合図を見た?」

「ううん」



 悪魔狩りが開始されると眩しい光の合図が発生する。次に光が出されるのは終了の時。



「追試だから出されないの?」

「悪魔狩り合図の光は必ず出す決まりとなっている。例外はないよ」

「じゃあ、私を襲った天使達は?」

「功を焦った三バカってことにしよう」

「ええ……」



 ネロが怒らなくて安堵したが馬鹿呼ばわりはどうなのだろう。同族なのに。



「ふむ……こうなると主天使の責任問題だねえ」



 下位天使の監視を担う役割を持つのが主天使。悪魔狩り合図も主天使が出すのだとか。



「追試をやるくらいだから、それだけ天使は焦っているのね。ネロさん一つ聞いて良い?」

「どうぞ」

「悪魔狩りをするのが人間界限定なのはどうして? 魔界なら、悪魔は人間界より沢山いるよ」

「魔界で悪魔狩りをしたいなら、魔王が展開している結界を破らないと天使は魔界に入れない。例外はあるけど普通の天使は結界を突破しないといけないんだ」

「例外?」

「私だよ」



 今朝姿がなかったのは魔界に行っていたからと告白された。転移魔法を使って魔界に行き、直接魔王城に乗り込みエルネストを訪ねたのだ。



「リゼ君からの連絡がないのは私も疑問でね。エル君なら知ってるかなって会いに行ったんだ」



 大層驚いていたよと笑うネロ。

 エルネストに同情してしまう。



「面白い話を聞けたよ」

「どんな?」

「リシェル嬢の元婚約者の浮気相手の家がリゼ君をとっっっても上機嫌にさせたみたい。伸びきった鼻を根元から叩き折りたいから、リシェル嬢にはもうちょっとリゼ君を待っててもらわないとならない」

「?」



 上機嫌と相手の鼻を折るのがどう繋がるのか、首を傾げたリシェルの琥珀色の頭が撫でられる。



「リゼ君は元気ってこと。連絡が送れないのは向こうに自分が無事なのを知られない為だって」

「パパが元気ならそれでいいよ。良かった」



 理由があるのなら仕方ない。寂しくても仕事を優先してもらいたい。アメティスタ家がリゼルに喧嘩を売ったのなら、ビアンカはどうなってしまうのか。リゼルは女子供でも容赦しない。

 小さい頃に同い年の令嬢に意地悪をされて母親と揃って泣かされた時、駆け付けたリゼルによって二人は家を追い出されたと聞く。リゼルを怒らせ、敵に回すより、元凶となった二人を追い出した方が家の為だと当主が判断したからだ。


 ビアンカは嫌いだが、死んでしまえとまでは思わない。もしもアメティスタ家に手を下した時、ビアンカには温情を出してほしいと頼もう。

 悔しいがビアンカの身に何かあればノアールが悲しむ。


 そっと溜め息を吐いてカーテンが閉められた窓を見やった。



「他にもフライングしている天使がいると思うと外に出られないわ」

「ふむ。仕方ない。ちょっと待ってて」

「?」



 言うとネロは部屋を出て行った。

 時間にして数分か、部屋に戻ると呆れた相貌を見せて来た。



「今知り合いに探りを入れたら、呆れた返答をされたよ。

 油断している悪魔を狩るなら、合図は出さないのが適切だと」

「天使が決まりを破っていいの?」

「悪魔に言われると痛いね……」



 前の悪魔狩りの挽回が目的なら、理に叶った行いだが天使が決まりを破っていいものなのか甚だ疑問である。



「遅かれ早かれ魔界側も気付くだろうから、このままでいるか。リシェル嬢、今日は何をする?」

「魔界に連絡を入れないと……」

「言ったろう? どうせ後から気付くよ。君が気にするべきじゃない。人間界に知り合いの悪魔がいるの?」

「いないけど」

「なら、いいじゃないか。全く知らない他人の心配をする意味はない。ほら、朝ご飯を食べに行こう? まだ食べてないでしょう」

「う、うん」



 差し出された手を握ってソファーから立った。手を引かれるがままネロに付いて行くが他の悪魔に心配がないわけじゃない。知らなくても身の安全は気にしてしまう。



 ――リシェルの手を引いて宿を出たネロはひっそりと嘆息した。



(どうせ周りの押しに負けて認めちゃったんだろうが情けない甥っ子だよ)




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?