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第19話 罠。後に絶望をー折れた心ー



 魔法の映像で魔力を奪われている男はどう見てもアメティスタ家の跡取り。彼女達が彼をリゼルと信じ込むのは、恐らくリゼルの仕業。真実を知ったら絶望をするのは誰か。

 反応の仕様が掴めない。岩の中に閉じ込められているネロが心配だが、徐々に近付いて来る男達から逃げるのも必死。

 嘲笑うビアンカは余裕の態度で見つめるだけ。ネロの救出と脱出。両方を選択したくても、圧倒的経験不足からリシェルは恐怖で足が竦んでいた。



「もう飽きてきた」

「!!」



 発光し続ける岩の中から平然としたネロの声が。皆の視線が一斉に岩に向く。一際強い光が出されると岩は破壊され、中から無傷の男が複数の触手を握って立っていた。



「な、何故……きゃあ!?」



 ネロの許へ駆け出そうとしたリシェルが聞いたのはビアンカの悲鳴。砕けた岩の欠片がビアンカや男達に襲い掛かっていた。無数の小石に成す術もなく全身から流血していくビアンカ達。「リシェル嬢」ネロが後ろにまで来ていた。



「心配を掛けたね」

「どこも怪我はしてない!?」

「私、これでも強いから平気さ。しかし……あの花が魔族の擬態だったとは」



 岩の中に閉じ込められると花に擬態していた複数のアメティスタ家の者はネロに触手を巻き付け、魔力吸収を開始した。

 彼等にとっての誤算はネロが天使ということ。天使の力は悪魔にとって猛毒に等しい。始まってすぐに腐っていったと。

 中から出されていた光はビアンカ達を騙すネロのカモフラージュ。握っている触手の先は腐り溶けていた。


 無傷なネロの姿に安心してしまい、足から力が抜けてしまった。座り込む寸前だったのをネロに支えられた。



「ねえ!! 止めて、止めなさいよ!!」

「助け――ぎゃあああああ!!」



 全身が真っ赤に染まり、魅惑的なドレスは破れ服の体を成していないビアンカは泣きながらリシェルやネロに懇願する。男達の方はビアンカよりも悲惨で、体のあちこちに小穴を開けられ血の噴水が出来上がっている。一人の男の目が潰された。激痛で悶絶しても小石の勢いは止まらない。


 初めて見る凄惨な光景。大嫌いな相手でも死んでしまえとまでは思わない。何よりビアンカはノアールの愛する人。

 ビアンカが死ぬとノアールは悲しむ。


 恋敵を助けるのはとても嫌だ。ビアンカが死ねば、空いた心の隙間に入ってノアールにもう一度気持ちを向けてもらえるかもしれない。

 残酷な真似をリシェルは選べない。



「ネロさんっ、もう止めて! 十分だから、このままだと死んじゃうっ」

「? 君は勘違いをしてないかい」

「え……」



 苦笑した面は場違いな美しさと慈愛に溢れ、固まるリシェルの頬に唇が触れた。顔を近付けたまま囁かれる。



「何故、天使が悪魔を助けないとならない?」

「……」



 リシェルは大きな勘違いを起こしていた。

 ネロは天使。父リゼルの友人だから、リシェルには親切にしてくれているだけの。

 本来なら敵同士であるのに。


 俯き、何も言えないリシェルの頭にもキスが落とされた。



「聞かせて。リゼ君を罠に嵌めようとし、君を売り飛ばすなんて非道な行いを企む彼女達を私が助ける理由はなに?」

「……」

「ないでしょう?」



 小さく、頷く。



「仮に私が悪魔だったとしても、助ける気は起きないよ。私はリシェル嬢が気に入ったんだ。君に害にしかならない者を生かしておく理由はない」

「でも……殿下が……」

「王子様がどうしたの。ひょっとして、あの女の子は王子様の浮気相手? それこそ生かす理由はない」



 天使だから、ノアールの恋人だから、リシェルに危害を加えようとしたから。

 ネロの中でビアンカを助ける道理は何もない。



「怖いなら見なくていい、聞こえなくていい」



 抱き締められ耳を塞がれる。

 ビアンカ達の悲鳴は聞こえない。

 姿は見えない。

 このまま時間が過ぎていけば終わる。



「――ビアンカ!!」



 遠くからノアールの声がした。彼が呼ぶ声にリシェルの名前はなかった。


 ネロの腕の中から出ようとするも抱き締める力が強くて抜け出せない。頑張って顔だけでもと上を向けられた。表面は困ったように、奥深くにある光は愉しい玩具を見つけた子供の瞳と同じ。

 聞き間違いじゃなければ、今のはノアールの声。ビアンカを追って人間界まで来たというのか。確認したい。本当に彼なのか。ネロは力を緩めない。



「ネロさんっ、お願い」

「……君にとっては辛い現実になるよ? 大好きな王子様だったんだろう」

「……それでも、お願いします」

「いいよ……」



 拘束していた腕の力は緩まり、手はネロの服を掴みながらも慎重に後ろを向いた。全身血だらけのビアンカの上体を起こすノアールの目は、怒りに染まっていた。



「リシェル、これはどういうことだ!」

「ビアンカ様達が先に仕掛け、ネロさんが助けてくれたのです」

「限度があるだろう!」



 ビアンカが、アメティスタ家が何を企んでこんな真似をし出したか言ってしまいたい。残酷に、狡猾に嗤ったビアンカは悪魔そのものだった。

 リシェルとネロが無傷、ビアンカと数人の男は重傷。特に男達は虫の息。ビアンカも適切な処置を施さないと体に傷が残ってしまうだろう。


 説明をさせてほしくても重傷のビアンカしかノアールは見ていない。



「……もう、いい」



 ノアールとの思い出が蘇る。

 初めて会った時、緊張して動けなくなったリシェルを気遣って外に連れ出してくれたこと。

 初めての婚約者のお茶会で美味しいスイーツを食べて二人喜んだこと。

 二人で魔王城を探検して、時間になっても戻らなかったせいで周囲に心配をかけたこと。

 魔王が呼ぶ愛称ノアと呼ぶのを許してくれたこと。

 リシェルが好きだと言ったら、はにかんで「ぼくもだよ」と笑ったノアールは……リシェルが大好きだったノアールはもう何処にもいない。


 今、目の前にいるノアールは理由も語らず一方的にリシェルを嫌って、詳細も聞かず重傷で動けないビアンカを優先する。アメティスタ家の当主がリゼルを嫌っているのはノアールだって知っている。ビアンカから何かをしてきたと勘繰らない。

 リシェルが嫌いだから、ビアンカを愛しているから。


 ノアールが敵意を向けるのはリシェルなのだ。



「リシェル……?」



 ノアールとビアンカに関して、もう壊れる心はないものだとしていたが存在していた。

 思い出である。

 ノアールが無理矢理連れ戻そうとした件、あれも、もういい。



「う……うう……っ、……ぁあああああああああ……」



「だから言ったのに」呆れながらも、再び抱き締められた腕の中は酷く温かかった。婚約破棄を告げられた時は意地でも弱い自分を見せてやるかと踏ん張れたのに、意地を張る気力はない。大人になって声を上げて泣いたのは二人が一緒に公の場に姿を見せた時。人のいない場所へ逃げ、人払いの結界を貼って泣き続けた。



「可哀想に」



 頭を撫でて語りかけるネロの声をまともに聞けない。ネロだってリシェルが話を聞く状態じゃないと知りながら黙らない。



「魔界の王に育てられたと言えど、人間としての本質は変わらないね」

「なっ! 何故おれが人間だと……」

「ふふ。私は物知りなんでね。大抵の事は知っている。君はこの国の第一王子として誕生したのに、王家が持たない髪と瞳のせいですぐに森に捨てられた。君が助かったのは魔族の気まぐれで魔界に持ち帰られ、魔王に献上され我が子として育てられたからだ。魔力の高さに目を付けてね」

「お前の名は貴族名簿には載っていなかった! 家名を名乗れ。父上やベルンシュタイン卿と親しいなら、有力貴族のはず」

「あはははは! 私の素性などどうでもいいじゃないか。王子様、君は間違え過ぎた」



 未だ泣き続けるリシェルの頭を撫で、背中を撫でてやる。そっとリシェルの気配を外界から遮断した。泣くのに夢中なリシェルなら暫く気付かない。



「一つ、リシェルが好きなくせにそこの女と浮気をした。好きなら好きと態度と行動で示せ。中途半端なんだよ」

「うるさい! 何も知らないお前に口出しされるいわれはない!」

「二つ、リシェルは君を本心好いていた。会って間もない私でさえ、リシェルが君を好きなのは見て分かった。君を想う気持ちを踏み躙られた彼女に罪悪感はなかったの?」

「最初に裏切ったのはリシェルだ!」



 順調に挑発に乗るノアールの意識はビアンカから逸れている。

 まだ、まだ足りない。



「おれはリシェルにとって予備に過ぎなかった! リシェルが愛していたのはおれじゃない、リゼル=ベルンシュタインだ!」

「うん? リゼ君と同姓同名がいるってこと?」

「魔界では近親婚が普通にされる。リシェルはおれを好きだと言いながら――」



 最後まで聞かなくてもノアールの言い分は大体理解した。

 して、頭が痛くなった。

 エルネストと血の繋がりはなく、種族まで違うというのに、変に馬鹿なのはそっくりだ。ノアールの方が質が悪い。


 阿呆と言ってやりたいのを堪え、三つ目をネロは言い放った。



「三つ目だ、王子様。状況から見て君の恋人の劣勢だとしても、リシェルとの関係を改善したかったのなら、まずは話の出来るリシェルに話を求めるべきだった。

 なのに君は重傷の恋人を優先し、リシェルに敵意を向けた。……可哀想に、リシェルは今の君の態度で心が折れた」

「何を言って」

「耐えられなくなって私に縋って泣き出したんだ。私じゃなく、リゼ君だったとしても同じ。君は恋人とその家がリシェルやリゼ君に何をしたか知ってて怒りをぶつけてるの?」

「……っ」

「……黙るのか。じゃあ、知ってるんだな」



 気まずげな表情をし、下唇を嚙み締めたノアール。



「ビアンカがリシェルと貴方を狙って人間界へ行ったと聞いて大慌てで追い掛けて来たんだ……アメティスタ家が今魔力を奪っている男がベルンシュタイン卿じゃないのは、おれと父上は知ってる」

「リゼ君は内緒でエル君の所に行ってるから知ってて当然でしょう」

「なっ!?」



 ノアールの驚き様から、エルネストはリゼルの無事は伝えていても何処にいるかまでは伏せていたのか。



「君の恋人は私の魔力を奪い、一人残されたリシェルを売り飛ばす気だったようだけれど?」

「……ベルンシュタイン卿が生きているなら、何かしらの策は講じている。リシェルの安全については手を抜く人じゃない」

「なら、君が人間界まで来て追い掛けて来た理由は?」

「ビアンカを止める為だ。リシェルを助ける為でもある」

「助けたかった相手の心に最後の止めを刺した子が言う台詞じゃないねえ」



 頭と背を撫でる姿を見せ付けてやれば、嫉妬と憎悪に染まった瞳がネロを射抜く。

 リシェルも落ち着きを取り戻し始めている。



(さてどうするか。神や天使は罪を犯していない人間を殺せない。彼は魔王に育てられただけで罪は犯してない。悪魔相手に不貞を働いても裁くのは悪魔側であって私達じゃない)

(人間だけ、なのだよ……私が手を出せないのは)



 慈悲もない純銀の瞳はノアールが治癒魔法を掛けているビアンカを捉えた。

 王子様と呼んだら敵意剥き出しに見てくれた。



「私は君を殺せない。だがそこの魔族の女は違う。

 彼女――ストレスの溜まってる天使達の玩具にするから、私が貰おう」



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