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第4話 魔物の正体



 興味がないと言った言葉に嘘はないだろうに、どうしてかノアンが見せたのは傷付いた面持ち。内心首を傾げつつ、用は済んだとばかりにノアンから花へ視線を戻した。

 魔物討伐の目的地である村の位置は既に把握している。転移魔法を使っての移動となると凡そ十分で到着する。



 ——しかし魔物の大量発生か。



 近年、魔物の大量発生が頻繁に起きており、王国側は魔族の仕業だと考えている。

 考えにくい、というのがヒルデガルダの見解であった。魔族の仕業なら魔物が纏う魔力はもっと強大で魔力濃度が濃い。確認されている魔物を検査しても魔族の魔力は検出されていない。別の原因があるのでは? とオーギュストから王国側に既に話は通してある。



 ——魔族ではないなら、一体何が原因だか。



 根本的な解決をしないと魔物の大量発生はこれからも続く。人間がどうなろうと知った事じゃないと魔族だった頃は即切り捨てるのだが、人間となった現在はそう言ってられない。

 この場から立ち去ろうとしないノアンに小さく溜め息を吐きつつ、そろそろ行くかとヒルデガルダは花を愛でるのを止めて姿勢を正した。ハッと顔を上げたノアンが口を開く前に転移魔法で姿を消した。


 残されたノアンの伸びた手は、捕まえたかった相手を捕えられず虚しく空を彷徨う。迷子の手を胸元に寄せ、ギュッと拳を握り締めた。



「っ……」



 傲慢で人の話を一切聞かず、自身の強さに絶対の自信を持つ大嫌いな婚約者。王国の為と心が裂かれる痛みを堪え、婚約を受け入れたというのにヒルデガルダはノアンを常に翻弄し下に見る。



『貴方を愛することはありません』



 婚約者として顔を合わせた最初の日に言い放たれた言葉。挑発的な笑みを浮かべ見せていたヒルデガルダが鮮明に頭に浮かぶ。側に控える従者は呆れ果てていた。



「私だってっ、お前のような女はごめんだっ」



 愛する女性はただ一人。ヒリスだけ。ヒルデガルダに虐められ、涙を流すヒリスをこれ以上見たくない。ヒルデガルダより強くなりたい。そう願っても実力の差は埋まらなかった。










 ——一人転移魔法で件の村に到着したヒルデガルダ。魔物の大量発生が起きているのもあり外に村人の姿はなく、不気味な静寂が村を包んでいた。この村にヒルデガルダ以外の人間はいないと言っている様に。



「取り敢えず、診療所へ行くか」



 村の入り口から歩いて奥にある診療所へ足を動かす。ゆっくりと歩くのは村の様子を見る為。視線を感じるので皆家の中にいるのだ。敵意はないが他人を探る疑惑の目だけしかない。田舎特有の何もないが平凡で幸せな場所、といったところ。

 診療所に到着したら扉を叩き、素朴な少女が対応に現れた。



「国王陛下からの命により魔物の討伐に参りました、ヒルデガルダ=サンチェスです」

「! 王国の……す、すぐに先生を呼んで来ます!」

「医師は怪我人の所に?」

「そうです」

「なら、私をそこへ案内してください。直に治癒魔法士と医師が到着しますがその前に怪我人の容態を確認しておきたいのです」

「此方です!」



 即座に身分を明かすと少女の表情から警戒心は無くなり、怪我人の看病をしている医師の許へ案内をしてくれた。二階建ての診療所の構造は、一階が診療室で二階が病室となっていて、怪我人は全員病室にいるとのこと。



「先生! 王国の魔法士様が来て下さいました!」



 ベッドに寝かせている怪我人の包帯を巻いていた女性が入口に目を向けた。



「ヒルデガルダ=サンチェスです。陛下の命により参りました」

「サンチェスって……あの魔導公爵の……」

「ええ。もうじき治癒魔法士と医師が此方に来ます。彼等が来る前に怪我人の確認に来ました」

「皆、大怪我を負ってはいますが致命傷となる傷はありません。ですが……治癒魔法が効かなくて」

「治癒魔法が効かない?」



 女性医師が包帯を巻いていた怪我人の怪我の具合を見させてもらった。脇腹に鋭い爪で抉られた傷跡がある。深い傷ではあるが手当てをすれば何れ治る。問題なのは怪我人に治癒魔法の効果が表れない事。病室にある四台のベッド全てに寝かせられている怪我人全員だ。

「失礼」と怪我にそっと手を触れた。



「…………」

「どう、ですか?」

「ふむ」



 傷口から感じるのは——シルバーウルフと呼ばれる魔界の狼の魔力。彼等の爪や牙には呪いが付加されている。治癒魔法が効かないのは呪いによる影響。



「魔物の姿は見ましたか?」

「怪我をした方達の話によると銀色の毛をした大きな狼だったと」



 シルバーウルフで間違いない。

 魔界に棲息している魔物であるから、当然人間達は知らない。



「魔物の正体は分かった。後で来る治癒魔法士が治療出来るよう準備をしておきます。その間、先生には用意してほしい物が」

「なんなりと」



 ヒルデガルダの伝えた物を紙に書いた少女が女性医師に渡し、準備をするべく病室を出て行った。残ったヒルデガルダは傷口に手を当てシルバーウルフの魔力を吸い取っていく。

 怪我人全員の傷口からシルバーウルフの魔力を吸い取った直後女性医師と少女が頼んだ物を持って戻った。



「サンチェス様、こちらです」

「ありがとう」



 受け取ったヒルデガルダは怪我人に治癒魔法を使えるようにしたこと、女性医師でも問題なく治癒が出来ると伝え、転移魔法を使って外に出た。



「シルバーウルフか。オーギュストが番犬を欲しがっていたから丁度良い」



 手に持つのは干し肉。村人にとって貴重な食糧を借りたのはシルバーウルフを手懐けた際に餌を与えると従順になるからだ。借りた分以上の干し肉は屋敷に戻り次第手配するとして、気配が強く感じる方へ歩を進める。

 本来、魔界に棲息する魔物が人間界に来られる方法はない。誰かが意図的に送り込まない限り。シルバーウルフと接点のある魔族はいたか、知り合いにいたか、と過去の記憶を探るが該当する情報がない。



「人間に転生して早十八年。たった十八年でも妾の知らない事は増えるか」



 一応定期的にオシカケを魔界に戻しては情報収集をさせている。人間になったと言えど、魔界の情報はあって困らない。

 平凡であるが自然が溢れ、平和な村というのは退屈に見えながら嫌いじゃない。ゆっくりと魔物がいるであろう場所に到着した。

 ら——



「ふふ、早速おでましとはな」



 唸り声を上げながら木々の間から現れたのは二匹のシルバーウルフ。大量発生とあったが二匹ではとても言えない。他に仲間がいるのかと探知能力を最大限まで上昇させ、周囲に仲間がいないか探った。



「……?」



 いくら探ってもいるのは目の前の二匹だけ。記憶が確かであればシルバーウルフが幻覚魔法を使うといった特性はない。



「他にあるとすれば……」



 考えに浸るあまり、視線をシルバーウルフから一瞬逸らしてしまった刹那、一匹がヒルデガルダへ突進し出した。反応が数秒遅れようと焦らないヒルデガルダは瞬時に自身の周りに強固な結界を展開。

 結界にぶつかったシルバーウルフが悲鳴を上げるも突進を続ける。誰かに操られている形跡はなく、狂っている形跡もない。正常な思考で砕けない結界に突進を続ける意図はなんだと注視するともう一匹のシルバーウルフの腹に目がいった。



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