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第3話 忌々しい光に魅了される



 甘やかしているつもりはなくても周りの目にはそう映っている。自由で人の言うことを聞かないヒルデガルダを制御するのは不可能に近い。人間の生になれば、少しは刺激を得られるのではとヒルデガルダを口説き落とし、人間へと転生させたのはオーギュスト自身。多少の甘さは無意識に出ているのだろう。

 指摘を受け、心当たりはないような、あるようなと曖昧な言い方をし、再度国王に婚約解消を検討してほしいと頼んだ。いずれ結婚式を挙げて正式な夫婦となっても最初から破綻している二人の関係が改善されるとはとても思えない。



「お前がそこまで言うのなら、少しは考えよう。だが、私がノアンとヒリスの婚約を破棄し、ヒルデガルダと新たに婚約を結んだ理由をお前は知っているだろう」

「ええ、存じていますよ」

「私や王太子、ノアンは幸いにも魔力に恵まれた。近年、魔力持ちの王族は減り、持っていても弱い魔力しか持たない場合が多かった。臣籍に下り、王都の守護役を担うノアンの婚約者は強い魔力を持つ者ではないと駄目だ」



 魔力保持者の減少は王族だけに限った話ではなく、貴族にも該当する。マクレガー公爵は魔力保持者ではないがヒリスは魔力保持者だ。

 筆頭公爵家の娘で魔力保持者のヒリスは、ノアンの婚約者として申し分ない身分と力を兼ね備えていた。

 しかし——そこへヒルデガルダが現れた。オーギュストが養女として迎えただけで注目の的であったが十歳の魔力検査で判明した素質に誰もが戦慄した。


 オーギュストの下で研鑽を積み、十三歳という史上最年少で魔法競技に優勝し、現在に至るまで毎年優勝している。



「ヒルデガルダと婚約解消をするなら、ヒリスがヒルデガルダ以上の魔力を得ないとならない」

「……」



 人間の魔力量は先天性のものが多く、後天的に魔力量を増やせる方法は極僅か。後は魔法石という、魔力が宿った宝石を触媒として使用するくらいだが当然の話魔法石は希少で採取する場所はかなり限られ、流通量も多くない。

 頭では解していても親の情としては理解するのを拒んでいるマクレガー公爵を一瞥しつつも、まだ解消させるには時間が掛かると悟ったオーギュストは肩を竦めた。



「……陛下、私はこれで」



 先に退室を示したのはノアン。俯き、強く拳を握り締めながら謁見の間を出て行った。この後、ヒルデガルダに文句を言いに行くのだろうがどうせまた返り討ちに遭うだけ。自分の精神面を守る為にも自分から関わろうとしないのが得策。



「はあ」

「……それは何の溜め息ですかな?」

「分かり切った未来があるのに敢えてその道を突き進む姿に疑問しか湧かなくてね」

「?」






 謁見の間を出てヒルデガルダは庭園へと来ていた。時折、登城するオーギュストに付いて行った際庭園で待っていろと置いて行かれた。庭師が丹精込めて育てた花を眺めるのは魔族時代から好きだ。魔界は年中青い薔薇が咲いており、人間界は季節によって咲く花が変わる。



「そういえば」



 思い出す。最初にノアンとヒリスを見掛けたのも此処の庭園だった。恋愛小説を読んで以降、実際の恋人達を見たい欲が強まった。悪魔の恋に純愛はない。あるのは互いの欲望を優先させ、嫉妬深く相手を縛り付けるどす黒い感情のみ。

 人間になって初めて見た恋人達は随分と幼かったがそこには確かに互いを愛し、信頼する姿があった。相思相愛とは正にノアンとヒリスの二人を言うのだろう。



「光というものは、人間になっても目障りなんだな」



 手を伸ばしたところで強い力で拒絶される。忌々しい光は魔族を拒みながら、爛爛とする光を常に発し続ける。憎々しくて、忌々しくて、愛おしい。

 あの二人に対する感情も似たようなもの。相思相愛の二人を見ると恋愛小説から出て来た恋人達みたいでつい目を輝かせてしまった。特に、愛するヒリスを見つめるノアンが一番輝いて見えた。

 婚約者となってからのノアンがヒリスに見せるのは、愛したいのに愛せない苦しみに満ちた表情やどうにもならない感情を八つ当たりの如くヒルデガルダにぶつけるものばかり。



「ヒルデガルダ!」



 花弁にそっと触れ、指の腹で撫でていると放たれた声。怒号にも近い呼びかけに応じたヒルデガルダは、変わらず憎々し気に自分を睨むノアンへ振り向いた。



「あら。ノアン様。如何しました」

「先程の件についてだ。本気で一人へ向かうつもりか」

「ええ。治癒魔法士や医者は後でオーギュストの転移魔法で送ればいいかと。態々、それを聞くために?」

「お前には言いたい事が山ほどある」

「ふふ、どうせマクレガー公爵令嬢でしょう。虐めると多彩な反応をくれるから、ついつい手を出してしまうんです」



 頬に手を当て、態とらしい溜め息を吐くと見る見るうちにノアンの相貌が険しくなる。来た時から険しいのに、これ以上険しくなるのかと言いたいくらいに。



「大切ならば守らないといけませんわよ? あくまでノアン様の婚約者は私。私には、ノアン様に近付くマクレガー公爵令嬢を排除する権利があります」

「は……権利だと? 私とお前の婚約が結ばれ、初めて顔を合わせた時なんと言ったか覚えているか?」



 嘲る嗤いを発し、軽蔑が含まれた相貌を挑発する笑みをぶつけた。



「だって仕方なかったんですもの」


  『私より弱い貴方を愛することはありませんわ。精々、私を退屈させないでくださいね?』



 今此処にオシカケはいない。あの時はいた。

 今いたら、あの時と同じように呆れていただろう。



「マクレガー公爵令嬢と引き裂かれた恨みを私にぶつけるノアン様に苛立ってしまいましたの。まさかと思いますがノアン様も私がオーギュストに我儘を言って婚約を継続させていると思っているのですか?」

「違うのか?」

「そんな訳ないですわ。オーギュストから、何度か国王陛下に私とノアン様の婚約を解消してほしいと申していますのよ? 首を縦に振ってくれないのは国王陛下の方ですわ」

「……」



 疑い深くヒルデガルダを見る紫の眼は言葉を信じず、じっと偽りが何処にあるのかと探ってくる。



「ところで何故庭園へ?」

「城の者にお前を見ていないかと聞いたら此処だと教えられた。お前に花を愛でる趣味があるとは驚きだな」

「花は好きですわ。多種類の花が咲く王城や屋敷の花は」



 魔王城に咲く花は青い薔薇だけ。魔王の魔力量の目安にもなり、魔力の衰えが見られれば薔薇の花の瑞々しさは消え、咲いていても溢れんばかりの魔力を吸収した薔薇とは程遠い美しさと成り果てる。



「お前がいた場所に花はあまり咲かなかったのか」

「基本一種類しかありませんでしたね。多種類の花を見るようになったのはオーギュストに迎えられてからです」

「サンチェス公爵は何処でお前を見つけた」

「ノアン様に話す程ではありませんわ。第一、私に興味ないでしょう?」

「……」



 普段言葉を交わしてもヒルデガルダが敢えてノアンを煽って怒らせるから平穏に終わった試しがない。




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