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第6話 オーギュストに不利な策は却下




 声色と表情の一致するオシカケが入っていてヒルデガルダの持つ本を手から抜き取った。



「白い結婚で王子と離縁して、その後マクレガー公爵令嬢と再婚させようって魂胆でしょうけど遅すぎますって」

「何がだ」

「考えてみてください。筆頭公爵家のご令嬢と言えど、魔力の強さに関してはお嬢が圧倒的に強い。王子やお嬢が婚約を解消したがっている理由がマクレガー公爵令嬢にあるのは、国王陛下だってご存知。なら、さっさとマクレガー公爵令嬢に新しい婚約者を作らせれば王子やお嬢も婚約解消と言えなくなる。ね? 白い結婚だなんだって言ってる場合じゃないですって」

「そ、そうか」



 考えもしなかったと強い衝撃を受けるヒルデガルダに対し、やれやれとオシカケは溜め息を吐いた。普通に考えれば至る筈なのだが如何せん貴族事情に疎い。人間の幼女に転生し、サンチェス公爵家で教育を受けようと根っ子は戦闘狂で大食らいの魔界の元女王。政は主にアイゼンが取り仕切っていた。高位貴族出身のアイゼンは、孤児出身のヒルデガルダと違い貴族社会を熟知していた為適任であった。更にヒルデガルダが信頼する数少ない魔族でもある。

 人間の公爵令嬢になろうと根っ子が変わらければ同じなまま。



「無理矢理婚約解消をさせるか」

「どうやって」

「国王の頭を弄る」

「オーギュスト様が捕まりますってば」

「ふむ……」



 良案はないか、とオシカケだけではなくラウラにも意見を求めた。自分に振られると思っていなかったラウラは急な求めに驚きながらも顎に指を当て考えた。あ、と声を発したラウラに二人の視線が集まった。



「既成事実を作っちゃえばいいのでは?」

「既成事実?」

「はい。第二王子殿下とマクレガー公爵令嬢が体の関係を持ってしまえば、殿下は責任を取る為にマクレガー公爵令嬢と結婚しなければなりません」



 貴族令嬢は結婚前清い体を尊ぶ傾向にあり、未婚の令嬢が純潔ではなくなるとそれだけで価値が下がると言われる。責任感が強くヒリスを愛しているノアンならば、純潔を奪った責任は必ず取ろうとする。

 相手を無理矢理発情させられる術は幾らでも知っているヒルデガルダは、呆れ果てているオシカケの隣、期待しているラウラに満足げに頷いた。



「ラウラの策でいく」

「絶対やめた方がいいですって。バレたらオーギュスト様に叱られますよ」

「やった後で叱っても後の祭りだ」


「全部聞いてたが?」



 三人同時に部屋の出入り口に振り向くと今のオシカケ以上に呆れ果てた相貌を見せるオーギュストがいた。部屋に入ってヒルデガルダの脳天を小突いた。



「ちょっと前に陛下から連絡が来た。お前とノアン王子をどうしても結婚させたい陛下がマクレガー公爵令嬢の婚約相手を見つけた」

「急だな」

「私が婚約解消を願い出たからな。相手はランハイド侯爵家の嫡男レイヴン殿だ」

「確か、王国一の穀倉地帯を持つ家だったか」

「お前にしては珍しい。正解だ。まだ婚約者はおらず、令嬢と歳の近い令息をと陛下が探せていたところランハイド侯爵令息がいたんだ」

「何故婚約者がいない。見目もそう悪くなく、家柄も十分なら引く手数多だろう?」

「つい最近まで別の婚約者がいたそうなんだが病死したらしくてな。次の婚約者を見つけようにも身分が釣り合った歳の近い令嬢はほぼ婚約者が決まっていて中々見つからなかったところに白羽の矢が立った」

「幸運なのか、不運なのか。いや不運か」



 国王にとってはこれ幸い。

 ヒリスにとっては不運。

 ランハイド侯爵令息にとってもある意味不運だろうか。相思相愛と名高い想い人のいる令嬢と完全なる政略結婚で婚約させるのだから。王命であれば従うしかなくなる。家単体として見ればこれ以上とない相手。まだマクレガー公爵からの悲鳴はオーギュストに届いていないらしい。先にオーギュストにだけ話したのか、と考えた矢先思考を読んだかのようなタイミングで「恐らくマクレガー公爵にも既に話はいっている」と付け足された。

 新しい婚約者を王命によって決められたと知れば、打たれ弱いヒリスは泣き叫んでノアンに助けを求める。あくまでも第二王子でしかないノアンに悲劇の愛する人を救う手立てはない。手段を選ばないのであれば身分を捨てる覚悟で二人が駆け落ちするしか選択は残っていない。



「しないか」

「なにが」

「あの二人が駆け落ちをするかどうかと考えてな。しないだろうなと」

「しないだろうな。王族としての責任感はあの王子にはある。長い人生だ、苦い初恋の思い出として昇華するしかあるまい」

「短命な人間が言う台詞じゃないな」

「私は人間という枠からとうの昔に外れている。私を人間の枠に入れないことだ」



 人間の枠に入っていないのはヒルデガルダも同じ。肉体は人間と言えど、魂は魔族である頃と変わりない。



「お嬢様が白い結婚をするなんて……正に、小説の通りではありませんか!」と興奮気味に語るラウラに「あのね」とオシカケは頭の痛さを隅に追いやり説教を始めた。



「お嬢に要らん知識を授けないでもらえますか!?」

「恋愛小説を買っているのはミラじゃないですか。わたしはお嬢様にどれがいいと聞かれたから、今流行りの内容を教えただけです。ね? お嬢様」

「ああ」

「お嬢まで……!」



 白い結婚を題材とした恋愛小説を早く読みたくて先程からうずうずとしていた。うるさく説教をしてくるオシカケに負けじと恋愛小説の良さを語るラウラの間に立たされているオーギュストは、終わらない二人の言い合いを止めようとせず、一人恋愛小説を読み始めたヒルデガルダに呆れるだけだった。










 隣国の首都でオシカケが購入した恋愛小説を十日掛けて全て読破し、非常に上機嫌なヒルデガルダ。蒸したタオルをラウラから受け取るとずっと読書をして疲れた目元にタオルを置いた。タオルから伝わる熱が酷使した目の周りの筋肉に癒しを与えてくれる。たかが蒸しタオルと侮る事なかれ。極楽気分を味わいながら寝てしまおう、そうしようとしたかたったのにオシカケの呼び声によって台無しとなった。顔を上げず、蒸しタオルを外さないまま「なんだ」と返事をしたら、玄関ホールにノアンが来ていると知らされた。


 十日前オーギュストが言っていた件についてだろうか。



「マクレガーの娘とランハイドの息子の婚約が正式決定したのか」

「そうだと思いますよ。とっても落ち込んだ様子でお嬢が来るのを待ってます」

「妾が行くと思うか?」

「言ったンですよ? お嬢は絶対に来ませんよって。でもお嬢が来るまで梃子でも動かないって」

「え〜い」



 覇気もやる気のやの字もない間の抜けた掛け声を発したヒルデガルダは、左人差し指をくるりと回した。



「玄関へ行ってみろ。王子はもういない」

「ああ……絶対また来るやつだ。今度は怒って」

「それがなんだ。妾は寝る」

「あ〜もう、おれが八つ当たりされるのに」



 癖の強い髪を掻きながら部屋を出たオシカケ。すぐに遠くの方から「お嬢〜!!」と叫び声が届いたのであった。



「良いのですか? 第二王子殿下を強制送還して」

「怒ったところで妾に手を出せまいよあの王子は。妾より弱いんだ」

「うーん。お嬢様より弱いからというより、お嬢様が女性だから殿下は手を出さないってだけかもですよ」

「ふむ」



 紳士は淑女に暴力は振るわない。一般的な常識。魔界でもまあそうかと納得し、ただ、とヒルデガルダは喉で笑った。



「本当は殴りがかりたいのを理性で抑えているんだ。でなければ、人を射殺せんばかりに睨んではこない」

「ミラが言っているみたいにお嬢様が怒らせてばかりだからっていうのもありますよ多分」

「だろうな」



 嫌なら姿を見せるな、顔を見に来るなと嘲笑うのに、ノアンは律儀な男で婚約者としてのお茶や誘いを決められた日に必ずやって来る。お茶をしても話題がなく、気を遣ったオシカケが話を振るも二人揃って短い会話で終わってしまう為、長く続いた試しがない。


 沈黙が室内に訪れ、二分もしない内に蒸しタオルの心地よさでヒルデガルダは眠りに落ちた。


 次に目を覚ますとまだ蒸しタオルは温かいままでヒルデガルダの顔に乗っていた。ラウラかオシカケ辺りが気を利かせて温め直してくれたのだろう。蒸しタオルを取り、上体を起こしたヒルデガルダは視界に映った時計が指す時間を見やる。大体三、四十分間眠っていたようだ。

 堪えきれず欠伸が出てしまう。潤んだ目を擦り、人を呼ぼうと呼び鈴へ手を伸ばした時——部屋の扉が叩かれ、返事をしたらオシカケが入った。



「起きていらしたんですか」

「さっき起きた」

「お嬢が眠る前に強制送還した王子がずっっっとサロンで待ってますよ」

「何故だ」

「自分で行って確かめてください」



 起きた起きたとオシカケに促され、渋々ノアンが待つサロンへと足を運んだ。





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