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第9話 訪問者




 ノアンとの話はマクレガー公爵の登場で一旦保留となり、城を出て丘の上へ転移したヒルデガルダは、一緒に連れて来たオシカケに振り向いた。



「どうすると思う?」

「ノアン王子ですか? マクレガー公爵令嬢を説得するしかないと思いますよ。正式に決定された以上、余程の事がなければ国王陛下は王命を覆さないでしょう」

「ふむ……現実の恋とは、恋愛小説のようにはいかないのだな」

「あくまで仮想世界。作者の趣向や思想が込められてますからね。お嬢が今まで読んでいた恋愛小説はどれもハッピーエンドで終わってますが、中には悲恋で終わる物語もある。今のノアン王子やマクレガー公爵令嬢のように、愛し合っているのに引き裂かれて終わるみたいな、ね」

「そんな話もあるのか。今度それを調達してほしい」

「は〜い。お嬢の仰せのままに」



 やる気のない返事をしたオシカケへ呆れた吐息を零しつつ、丘の上に到着したヒルデガルダは早速探知能力を王都全域まで広げた。前回は魔族の魔力のみを探していたから見つからなかった。今回は人間と魔族両方の魔力を持つ個体を見つけ出せば、件の子供の可能性が極めて高い。集中して標的を探すヒルデガルダの傍ら、オシカケは快晴で心地好い気温もあってか眠そうに欠伸を噛み殺していた。



「いた」

「早っ」

「王都にいる」

「どの辺りですか」

「ここは……孤児院か」

「連れ出す打ってつけの理由が作れますね」

「ああ」



 身寄りのない子供を育てるそこは、時折、養子を欲する貴族が訪れる。サンチェス公爵家には既にヒルデガルダがいるがオーギュストに言って正式な手続きをしてもらえばすぐに引取り可能だ。



「戻るぞ」

「はい」



 オシカケの首根っこを掴んで丘の上からサンチェス家の屋敷に戻ったヒルデガルダは早速オーギュストのいる執務室へ足を踏み入れた。胡桃の殻を素手で割ってリスに実を与えているオーギュストは、いきなり入ったヒルデガルダに非難の目をやりつつ用件を話すよう促した。

 件の子供が王都にいること、更に孤児院にいると伝えるとヒルデガルダが何を言いたいか察したオーギュストは「すぐに手配しよう」と執事を呼び付けた。



「しかし孤児院か。どうしてまたそんなところに」とヒルデガルダが疑問を口にした。



「人間と魔族の混血と言えど、まだまだ子供だ。恐らく世間を知らない。詳しい事は引き取ってから聞き出せばいいさ。それより、あの二匹のシルバーウルフはどうしている」

「オシカケがしっかり面倒を見ている」



「な?」と確認すれば「サンチェス家に仕える使用人達の言うことを聞くように現在進行形で躾けています」と誇らしげに語った。また、魔界の魔物である為人間界の獣医では診られない代わりに躾以外にも面倒を見ているのはオシカケの役割。ヒルデガルダの世話だけでも大変なのに苦労を掛けるとオーギュストが労われば、反論するのがヒルデガルダ。かと思われたがなかった。

 訝し気に自分を見てくる二つの視線に首を傾げて見せた。



「二人揃ってどうした」

「いつものお嬢なら“調子に乗るな”って言って蹴って来るのになって」

「蹴ってほしいなら、お望み通り蹴ってやるぞ」

「いいえ! 謹んで辞退します!」



 腰を深く折るとそのままの体勢でオシカケは退室。奇妙な生き物を見る目で見ていたヒルデガルダは流れる動作でオーギュストを見、後は任せたと告げると執務室を出て行った。件の子供の引取りはオーギュストに任せておけば一安心。今からは何をするかと考えながら部屋に戻った。



「あ、お嬢様。お帰りなさいませ」

「ただいま」



 ラウラが私室の掃除をしている最中だった。「部屋を出ようか?」と訊ね、「いえ! もうすぐ終わりますからお嬢様は座っててください!」と言われるとそうするしかなく、掃除の邪魔にならないよう寝室へ移動した。特に眠気を感じる訳ではないがなんとなく体をベッドに預けた。



「……」



 現実で恋愛小説のようなハッピーエンドを迎えるのは珍しいのかもしれない。何でもかんでも小説のように物事が進むなら、きっと誰も苦労しない。ヒルデガルダだってそうである。自分の望む筋書きに物事が進むなら、人間に転生する必要などない。



「難しい」



 人間も恋も難しい。

 ずっと孤独に生きてきた。邪魔をする奴は徹底的に叩き潰し、勝利をその手に収めてきた。部下も不要、愛人も恋人も不要、家族すら不要だと一人で生きていた。

 魔界の王になってからは高位貴族のアイゼンが世話をやいてきた。付き合いは長く、王の座に就く前から交流があった。その日を生きるだけで必死な孤児と生まれながら全てを持っている高位貴族。一目見ただけで生きている世界が違うと解った。

 アイゼンは嫌いじゃないが好きでもない。世話を焼いてくるのは好きにしろと思うだけで口出しはしなかった。何度も求愛されたが誰かと共に生きる気は更々なかった。

 ただ、瀕死のオシカケを拾って命を救ってからは多少考えを変えた。誰かの世話を焼くのは意外にも嫌いじゃなかった。自分の世話をオシカケが焼くようになってからは、アイゼンの世話焼きも何の気持ちも持たず受け入れるようになった。要は悪くないと思い始めた。



「お嬢、寝てますか?」

「オシカケ」



 昔の記憶を思い出しながら、いっそこのまま寝てしまおうと考え始めた矢先、腰を深く折ったまま退室したオシカケが普通に立った姿勢でやって来た。

 ヒルデガルダは上体を起こしてオシカケへ向いた。



「寝てない。起きてる」

「王子殿下との話もマクレガー公爵に邪魔されちゃいましたからね。この後どうします?」

「件の子供はオーギュストに任せた。孤児院で子供を引き取るなら、貴族の当主が赴いた方が話が早いだろうからな」

「そうですね」

「近頃起きていた魔物の発生について調べるか?」

「お嬢がするならお供します」



 王都で起きている魔物の大量発生の裏に魔族が絡んでいる線は薄い。魔族なら、シルバーウルフのような魔界の魔物を使うだろうから。

 ベッドから降り、オシカケを連れて部屋を出たところで執事のセバスチャンに呼び止められた。



「お嬢様。お嬢様にお客様が来ております」

「客?」

「レイヴン=ランハイド様という方です」

「!」



 ヒリスの新しい婚約者。先触れは貰っておらず、情報も得ていない。マクレガー公爵が泣いて部屋に引き籠るヒリスの為ノアンに話をしに来たタイミングと妙に重なる。どうせやる事もない、分かったと了承したヒルデガルダは応接室へ通すようセバスチャンに告げると踵を返した。



「お茶を用意してきます」

「ああ」



 オシカケとも別れ、一人応接室へと歩くヒルデガルダだった。





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