濃い青の瞳が状況を説明しろとオーギュストを睨み続けた。体内の魔法石が淡い光を出しているとは言え、魔法石の取り込みに成功したノアンを驚きの面持ちで見ていたオーギュストが強い視線を感じ取り我に返った。
「登城した際にノアン王子と会って頼まれたんだ」
「頼まれたくらいで死ぬ確率が遥かに高い無謀な真似を許したのか」
この場にはノアンがいる。本来であればオーギュスト御所望の令嬢口調で話すべきであるが状況が状況だけにそうは言ってられない。強い口調で責めるとオーギュストは「全く以てその通りだ」と肩を竦めた。止めない筈がない。止めてもノアンが聞く耳を持たなかったのだろう。既にヒリスは別の婚約者が付けられた。今更魔力を増強させても手遅れ。
「以前から、オーギュストに相談は?」
「あった。あっても私が退けていたんだ。後天的に魔力を増強させる方法は、どれも命に危険が及ぶものばかり。一国の王子にさせられない。今回は、魔法石が殿下を拒否しても肉体の崩壊が始まる前に体内から取り出せば良いと判断したからだ」
「はあ……オーギュストらしくない」
「偶には、な」
側で見守るなら一度試して、命を失う恐怖を味わわせ、二度と言い出せなくなる方向へ持って行きたかったのだろう。が、目論見は外れノアンは魔法石の取り込みに成功した。
「私は殿下を王宮に在中する医師に任せた後、陛下に報告する。暫く留守にするが夜には戻るだろう」
「分かった」
荒い呼吸を繰り返し、強い魔力を受け入れているノアンが顔を上げた。何かをヒルデガルダに言いたげではあるが深い疲労と激痛で声は出せない。ふいっと視線を逸らしたヒルデガルダは後をオーギュストに任せたと言い、アイゼンとオシカケを連れて二階を降りた。
「はあ」
大きな溜め息を吐いてアイゼンに振り向く。
「済まないな。折角、来てくれたものをとんだ騒ぎに付き合わせて」
「まあ……いいよ。……イいとこだったのに」
「?」
気にしてはなさそうで安心するものの、最後の言葉は声が小さくて聞き取れなかった。
「どうせ屋敷にいても退屈だし……ふむ……街にでも行くか」
「外に出るの?」
「気分転換に。アイゼンも行こう。折角の人間界を楽しむのも悪くないだろう」
「それってデートのお誘い?」
「そうなのか?」とオシカケに問うと「おれに聞かないでください!」と怒られつつも、多分デートだと肯定した。
「じゃあ、早速行こう。ヒルダが行きたい場所に僕を連れて行って」
「妾の行きたい場所……。オシカケ、お前も付いて来い」
「二人で行って来てください!」
「貴族の令嬢のお出掛けには、従者が付くものなんだろう?」
「こんな時だけ自分をご令嬢扱いして……!」
ああ言えばこう言うと頭を抱えるオシカケを急かし、気のせいか不機嫌なアイゼンを外へ連れて行こうと手を掴むと急に上機嫌になった。猫みたいな気分屋でもなかった筈。気にしないでおこうとアイゼンの手を引いて外に出て、オシカケが馬車を回すのを待つ。
「ヒルダ。王子が魔法石を取り込んだ理由は何?」
「さて。心当たりがあるとすれば、妾に仕返しをしたいからだろうな」
「虐め過ぎて逆恨みされたんだ」
「そんなところだ。襲われたのが余程屈辱的だったんだろう」
「襲われた?」
一体何をしたのかと問われ、正直に言おうか迷った。この場にオシカケがいたらさっきみたいに強引に会話に割って入って遮られていた。
取り敢えず、襲った内容を正直に話した。相手がアイゼンなら如何わしい内容でも大丈夫だろうという信頼感から。
話した瞬間から表情が凍り付いたアイゼン。大急ぎで馬車を回したオシカケがやって来ると怒りの矛先をオシカケに向けた。
「ミラ…………!」
「な……なんで馬鹿正直に話すンですかお嬢!? アホにも程があるでしょう!!?」
怒りを向けられる理由を述べたら。
今までどんな罵倒でもスルーしてきたがアホ呼ばわりだけは見過ごせない。ピクリと蟀谷が反応し、魔力を急上昇させて地響きを起こした。しかし。
「あのですね! 何度も言いますけどアイゼン様はお嬢に長~~~い片想いをしている方なンですよ!? そんな人の前で王子を襲ったなんて言ったら怒るに決まってるでしょう!? 恋愛小説が好きなら、少しは予想出来るでしょう!!」
「! わ、分かった。悪かった」
迫力満載で言い返す余地のないオシカケの言葉にヒルデガルダも怒りを鎮め、反対に萎れてしまって魔力を引っ込めた。オシカケに謝り、不機嫌をオシカケにぶつけているアイゼンの手を再度握った。
「王子に特別な情はない。嫌がらせの延長」
「……嫌がらせの為にそんな事をするなんて情があるって言っているようなものなんだけど」
「そういうものなのか? オシカケに指示をさせてやってみただけなんだがな」
「お嬢が無理矢理そうさせたンでしょう!!?」
悲鳴に近い反論の声を上げるオシカケをやはりスルーし、不機嫌全開なアイゼンの手を引いて馬車に乗り込んだ。ヒルデガルダに手を繋がれ馬車に乗ると些か機嫌が良くなっていた。
――馬車で街に到着し、先に降りたアイゼンの手を借りてヒルデガルダも降りた。馭者を務めたオシカケは馬車を停車してくると指定の場所へ行ってしまった。
「今マナー教育を受けているリュカにプレゼントを贈ろうと思う。男の子でも、子供ならぬいぐるみが妥当か?」
「そうなんじゃない」
投げやりなアイゼン。真面目な回答はオシカケから引き出そうと彼が来るのを待つ。
「アイゼン」
「なあに」
「お前が来てくれたから、今日は退屈しない。ありがとう」
「ヒルダがそう言うなら、僕もサンチェス家の屋敷に居候しようかな」
「お前は魔界でも屈指の名家の当主。簡単に屋敷を留守にするのは問題が発生する」
「しない。ヒルダが人間に転生してから、当主の座から既に退いてる」
「そうだったのか」
初めて知った。
歳の離れた弟の子を養子に貰い、次期当主へと育て上げ、人間の幼女となったヒルデガルダの生活が安定し始めたのを頃合いに当主の座を渡したらしい。
「お陰で今は身軽でヒルダの頼み事をすぐに聞き入れられる」
「そこまでしなくても、アイゼンはすぐにやってくれていた」
「僕がしたいからするんだ。ヒルダだって、最終的に人間に転生したのはヒルダの意志だろ?」
「そうではある……」
魔界に大して未練はないものの、強い魔族たるアイゼンにそのような決断をさせて良かったのかと考えてしまった。
本人が気にするな、と言うのなら気にしないでおいておこう。
馬車を停めてきたオシカケがやって来たので先ずはお茶をしようと王都の街で人気なカフェにアイゼンを案内した。平民にも人気なカフェは外の席も常に満席。運良く空いてくれていれば……とカフェに近付くと知っている女性の声が聞こえた。
「私は帰ります! ノアン様以外とデートもお茶もしたくないの!」
乱暴に椅子から立ち、向かいに座る男性に声を上げ涙を流しながら去った女性はヒリス。となると向かいの男性は――ヒルデガルダの予想通りレイヴンであった。
「うわあ……これぞ修羅場ですよ、お嬢」
「修羅場か……確かにな。ランハイドの嫡男が可哀想に見えてくる」
「実際、ランハイド様も可哀想な方ですよ。マクレガー公爵令嬢はノアン王子以外を決して受け入れないと国王陛下は分かっておられるのに、婚約者を亡くされても跡取りという立場から次の婚約者を見つけないとならなかったランハイド様に目を付けたンですから」
「人の上に立つとどうしても他人に恨まれないとならない場面がくる」
魔界の女王であった時がそうであった。現在は違う意味で恨まれている。