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第16話 予想外にも




「お嬢様~、リュカ様の先生がお見えになりました~」

「分かった。リュカ」



 フルーツケーキの最後の一口を食べて満足なリュカの幸福な一時は、侍女オルチナの登場によって終わった。明るい茶髪を左耳の下に纏め、髪と同じ色の瞳を持つオルチナは涙目で見上げて来るリュカに綺麗に微笑む。



「そんな顔をしてもマナー教育はなくなりませんよ~? 大体、今日は朝からだったのをお嬢様が昼からに変えたんですよ? さあ、早く行って早く終わらせちゃいましょう~」

「お、終わらないよ……!」



 助けを求める子犬の如き目をぶつけられても今回ばかりは助けないと決めていたヒルデガルダに首を振られた。ガックリと落ち込んだリュカを立たせ、小さな背をオルチナは押して部屋を出て行った。



「リュカには、オルチナのようなちょっと強引な気質のある侍女を選んで正解でしたね」

「ああ。毎回泣き言に戸惑って動けない者には向いていない」

「というか、サンチェス家に仕える人って誰も彼も個性が有りすぎる人ばかりな気がします……」

「お前もな」



 人の事をとやかく言えるほど、オシカケは無個性じゃない。十分個性が有りすぎる側である。



「ヒルダ」

「うん?」

「さっき、オーギュストと一緒にいた男は何をしに来たの?」

「そういえば、何をしに来たんだか」



 今日ノアンを連れて帰るとも、訪れるとも報せを受けていない。



「おれがオーギュスト様に訊ねたらちょっとした用事だとか仰っていましたよ」

「ちょっとした、ね。魔力増強の方法でも教わりに来たのか?」

「あ~有り得ますね」



 後天的に魔力を強くする方法は無いに等しい。魔導公爵と恐れられ、同じ生を繰り返すオーギュストなら何か知っているとノアンは思い付いたのだ。ヒリスとレイヴンの婚約が王命によって決められた以上、今更ノアンが魔力を強くしようと国王は絶対に婚約を解消したりしない。



「あの男はオーギュストの弟子か何か?」

「王国の第二王子だ。妾の「臣籍に下ったら王国の守護役を担う方なので、オーギュスト様のお力が必要なんですよ!」……」



 婚約者だと言おうとしたら、強引にヒルデガルダの声を遮ったオシカケが無理矢理話題を掻っ攫った。不満げに見上げれば視線だけで黙っていろと言われて黙った。



「へえ。なら、ヒルダとは一切関係ないんだ」

「ああ」

「本当に?」

「ああ」



「ミラ」とヒルデガルダからオシカケに相手を変えたアイゼンの薄い青の瞳は、視線を合わせただけで相手を殺せる冷酷さを纏っていた。



「あいつ、ヒルダとは無関係なの?」

「あ……あ~……なンと言いますか……」



 滝の如く流れる冷や汗。目を泳がせ、アイゼンと視線を決して合わせようとしない。



「アイゼン。王子は妾の婚約者でとても可哀想な男なんだ。あまり苛立たないでやってほしい」

「は……? ……婚約者? な、なんで、どうして。僕が求愛しても断ってばかりだったじゃないか……!」

「オーギュストも反対したんだがな。仕方なかったんだ」



 大いに取り乱してヒルデガルダの両肩を掴み、青褪めて詰るアイゼンを落ち着かせると詳細を話した。近年、魔力保持者の王族が減っており、元々婚約者のいたノアンにより強い魔力を持つヒルデガルダが王命により婚約者に指名された。オーギュストが抵抗しても国王は決定を変えなかった。

 オーギュストへの苛立ちを募らせていたアイゼン。国の命令であろうとオーギュスト程の人間なら、一国の王の命令くらい退けられるだろうと。「王国の貴族であり続ける限り、王の命令は絶対だ。時に理不尽だと思ってもな」と人間に転生して知った知識を披露。実際ヒルデガルダやノアンにとっても不本意な婚約。特にノアンの方は、元々相思相愛の婚約者がいたのにも関わらず。



「ヒルダはあの男を愛してないんだ? 可哀想としか思ってないんだ?」

「事実可哀想だろう。相思相愛の相手がいたのに」

「そう、なんだ。……殺さないでおこう」

「殺すな。妾が言うのもあれだがオーギュストには、あまり迷惑を掛けたくない」



「ホントにお嬢が言うとあれですね」とオシカケから追撃を食らうも睨んで黙らせる。



「既成事実でも何でも元の婚約者と作らせて婚約破棄したらいいじゃないか」

「もう無理なんだ。元の婚約者に別の婚約者がつけられた。つい最近な」



 新しい婚約をヒリスは引き籠りという体で拒否している。



「ヒルダも嫌なら相手から婚約破棄する嫌がらせをしたらいいじゃないか」

「した。元の婚約者や王子に色々と嫌らがせをしたし、沢山嫌味も言った」



 全部無駄に終わっている。

 ヒルデガルダとてノアンとヒリスを元の関係に戻してやりたい。



「妾は、あの二人が共にいる姿が好きなんだ」

「どういう意味?」

「オーギュストが人間をよく知るなら本を読むのが一番だと言ったんだ」



 その中でも恋愛小説は人間の情を繊細に、丁寧に書かれている。男女の情の数は数多に渡る。人間になって一番の楽しみは恋愛小説を読むこと。魔族時代であれば考えられない。現にアイゼンは「ヒルダが……本を読む……?」と愕然とする程。



「ああ。一度読んでみると面白いものでな。よくオシカケや侍女に言って取り寄せてもらっている」

「そ、うなんだ」

「オシカケ。ちらっとオーギュストと王子が何をしているか見て来てくれ」



 こうやってアイゼンと話をしつつ、二階の方へ意識を集中させているが何も起きていない。態々ノアンを連れて帰って来て何もしないのも変。「少々お待ちを」とオシカケも気になっていたのか、素直に従ってサロンを出て行った。

 アイゼンと二人きり。



「さっき、あの男と元婚約者がいる姿が好きだって言ってたけど、あれってどういう意味」

「幾つもの恋愛小説を読んでいると実際に自分の目で見たくなった。相思相愛の男女を」

「ふ~ん」



 互いを信頼し、愛し合う男女に年齢は関係ないと知ったのもノアンとヒリスを見てから。幼いながらに互いだけを愛する二人は、人間に転生しても手に入れられない眩しい光を纏っていた。大金を積んでも手に入れられない名画の世界から飛び出してきたような二人。同じ光景が見られるのならヒルデガルダはどんな手だって使う。


 自分が悪女と呼ばれようが元は魔界の女王。望む所。周囲が期待する悪女を披露してもいい。



「アイゼンも見たら、きっと気に入っていた」

「僕はヒルダにしか興味がないからどうでもいい」

「妾じゃなくても、相手は他に沢山いる。一時の相手でも良いだろう」

「一時の相手でも満たせない物は満たせない」



 美しい令嬢を目の前の男が抱いている場面は何度か目的している。ヒルデガルダに見られる度焦るアイゼンの心情は、信頼が篤くても恋愛感情を持たないヒルデガルダには到底解せない。



「ヒルダを抱かせてくれるなら満たせるのに。ヒルダは人間になっても経験なしなんだろう?」

「……まあ」



 性欲が湧き上がっても全て食欲か破壊衝動へと塗り替えられる。性欲が勝ってもヒルデガルダは困らなかっただろう。目の前の男が喜んで受け入れてくれただろうから。



「あの男に抱かれてもいいと思ってる?」

「妾より弱い男は遠慮したい」

「僕は? 僕もヒルダより弱いから僕も嫌?」

「……」



 ノアンと比べると圧倒的。

 アイゼンと比べると少し下。まともに殺し合えばヒルデガルダとて無傷ではいられない。最悪重傷を負う。特別な友人。魔族の中で唯一何でも頼めて、話せるのがアイゼン。自分より弱いから抱かれるのは嫌……と安易な考えに結び付かない。

 言葉に迷っていると不意にアイゼンの顔が近付く。ゆっくりと目を閉じるアイゼンに釣られてヒルデガルダも目を閉じた。

 もう少しで唇が触れる。――その時。外から発せられた強大な魔力を察知し、二人同時外へ顔を向けた。更にタイミング良くオシカケが戻った。大層慌てて。



「お嬢! 王子ってばお嬢に仕返ししたいからってオーギュスト様にヤバい事を頼みに来ていたみたいです!」

「この魔力か?」

「オーギュスト様が所持している『ドラゴンの心臓』って魔法石を覚えてます? その魔法石に秘められている魔力を王子は自分の中に取り込んじゃって……!」

「オーギュストは何をしている」



 後天的に魔力を強化する方法はほぼない。

 唯一、確実なのは強力な魔法石を体内に取り込んで秘められた魔力を己の物とする。但し、魔法石に受け入れられる確率は限りなく低く、失敗すれば肉体が崩壊して死ぬ。オーギュストが説明をしていない筈がない。ノアンが無理矢理迫ったと見て間違いない。



「オーギュストが止めていないのを見ると魔石の取り込みは上手くいっていそうだな」

「お嬢の言う通り、拒否られたらオーギュスト様が止めてますもンね……」



 暫く待ってみようというヒルデガルダの一言でオシカケやアイゼンもサロンに留まった。




 ――暫くして。強大な魔力の気配が消えた。成功したのか、失敗したのか確認する為、二人がいるであろう二階の宝物庫へ足を運んだヒルデガルダ達。


 地に膝をつき、大量の汗を流し、荒い呼吸を繰り返すノアンと冷静であるが些か驚きの感情を隠せないオーギュストがいた。



「……驚いた」

「余程、運が強いのかな」



 感嘆とするヒルデガルダとアイゼン。

 ノアンの体から発せられる強大な魔力。『ドラゴンの心臓』と呼ばれる魔法石の取り込みに成功していた。



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