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第20話 今更




 体内に取り込んだ魔法石の暴走も見られず、夕刻になると体から発せられていた淡い光も消え、完全にノアンの肉体が魔法石の取り込みに成功したとオーギュストは見た。王宮医師の許へ連れて行き、事情を説明後医師にノアンを託すとオーギュストが次に向かったのは国王のいる執務室。側にいた宰相に苦言を呈されるも、火急の用だと言うオーギュストに只事ではないと判断した国王に促され、あるがままに話した。

 絶句した後ノアンの容態を訊ねられ、現在王宮医師に預けたとし、容態については様子見と答えた。



「魔法石はノアンを受け入れているのか?」

「恐らくは。もしも拒絶されていたら、取り込んだ直後から肉体崩壊の兆しがあります。ノアン殿下の場合はそれがなく、現在肉体が魔法石を取り込んでいる最中かと。時間が経てば状態も落ち着くでしょう」

「そうか。何故そんな無茶を……」



 一月前にヒリスの新しい婚約者は決められてしまった。大胆な行動を取るなら、一年前から起こしても遅くはなかった。頭を抱える国王と宰相とは違い、一人理由を知っているオーギュストは表面上冷静でいるが内心はやはり驚いていた。魔法石の取り込みに成功する確率は、オーギュストが罹った魔法病と同等。強運の持ち主である。だがしかし、一年前に実行していればヒリスと元の関係に戻れたであろう。



 ——しなかったのではなく、させなかったが正しい、か。



 実は一年前同じ頼み事をされていた。王命によりヒリスとの婚約を破棄され、魔力の強いヒルデガルダと婚約を結ばれてすぐにオーギュストの許にノアンは来ていた。魔力量が理由なら、魔導公爵と呼ばれるオーギュストに後天的に魔力を強化する方法を教えてもらう為に。当時のオーギュストはノアンの頼みを断った。

『ドラゴンの心臓』と呼ばれる魔法石を肉体に取り込む案はあった。が、初めはヒルデガルダがノアンとヒリスの二人を虐め続け、更にノアンと関係改善をしないままでいれば国王も考えを改め元に戻すと思っていた。ヒルデガルダも然り。

 けれど二人の予想と違い、国王の考えは変わらなかった。一年経ってノアンの頼みを受け入れたのは、ヒルデガルダに屈辱を味わわされても仕返しする術のないノアンを憐れんだからだ。成功すると一欠片も信じず、拒絶反応が見られればすぐにでも中止させていた。


 予想外にも魔法石とノアンの相性が良く、成功してしまった。



「陛下。ノアン殿下は、私やヒルデガルダより劣ると言えど、とても強い魔力を手に入れました。今一度、マクレガー公爵令嬢との再婚約を考えてはくれませんか」

「オーギュストよ。其方がノアンを思ってくれている事は私も嬉しい。しかし既にランハイド侯爵令息との婚約は一月前に決定した。もう覆らん」

「何より、ランハイド侯爵もご子息の新しい婚約者を探している最中でしたからね。他に候補がいれば話は別だったかもしれません」

「ふむ」



 亡くなった婚約者を想い、更に年齢が近く身分の釣り合った令嬢がいなかったこともあって、次の婚約者選びが難航していたランハイド側にとったらヒリスはまたとない相手。二度の王命による婚約破棄はヒリスにとっても避けたい。

 以前ヒルデガルダの言っていたノアンとヒリスに既成事実を作ってしまう手。最悪、これを使うしかないのか。


 誠実の姿勢を崩さないノアンやノアンのそんな性格を好意的に見ているヒリスの気持ちを裏切ってしまう。駄目な策枠に入れるしかない。

 どうしたものか、と三人が悩んだのであった。







 医務室に運ばれ、王宮医師に手当てを受けた後、寝台に横になったままのノアンは微かに重い両手を顔近くまで持ってきた。

 体の奥底から沸き上がる強い魔力を確かに感じる。魔法石を取り込む前と明らかに違う。



「……」



 自分の物にした魔力を上手く使いこなせるようになれば、散々人を見下し続けたヒルデガルダにも勝てる日が来る。

 あの時味わわされた屈辱を今度はヒルデガルダに返したい。常に自信に満ち溢れ、不敵な笑みを浮かべてばかりのヒルデガルダの表情を崩したい。

 そこまで考えてノアンは自身の思考に唖然とした。自分には愛するヒリスがいる。今も尚ヒリスの愛は変わらない。なのに、嫌いな婚約者があの時自分が受けた仕打ちに遭い、悶え快楽に染まる姿を想像してしまった。



「……」



 呆然としたまま頭に浮かぶのはヒリス——ではなく、ヒルデガルダ。今日サンチェス公爵家の屋敷を訪れた際、初めて見る男がいた。蜂蜜色の金糸、氷の如く冷たく薄い青の瞳の美しい男。オーギュストやヒルデガルダの知人。いつもオシカケと呼ばれている従者や他の使用人もアイゼンと呼ばれた男を知っていた。

 何度かサンチェス家を訪れているがアイゼンを見たのは今日が初めて。初対面なのに、どうしてか強い敵意を向けられ体が震えた。



「……ひょっとして……」



 あの男はヒルデガルダが好きなのではないか。ノアンから目を逸らしヒルデガルダを見惚れるように瞳に映していた。ヒルデガルダの方もノアンには一度も見せた事のない信頼しきった姿をアイゼンに出していた。

 孤児院から引き取った養子もオーギュストの言っていた通りヒルデガルダに懐いていた。



「……くそっ……」



 弱い男に興味はない。

 恋愛小説のヒロイン、ヒーローのようなヒリスとノアンにしか興味はない。

 自分という個人に興味を示さないヒルデガルダへの苛立ちは増すばかりであるのに、頭から消えてくれない。ヒリスの事を意識しても浮かべてもすぐに逸れてヒルデガルダとなってしまう。



「……何も、知らないな……」



 従者やオーギュスト以外に信頼しきった姿を見せたヒルデガルダ。以前言われた。婚約して一年経つがお互いはお互いを知らない。白い結婚をし、三年経過したら離縁をしようと提案された。あれはあれでノアンを解放してやろうというヒルデガルダの考えからきていた。

 気付くとヒルデガルダばかり頭に浮かぶ。


 もう振り払おうとしない。










 ——サンチェス公爵邸のヒルデガルダの部屋では、夜寝る前の絵本をヒルデガルダに読んでもらってご機嫌なリュカ。本を閉じリュカの頭に手を置いたヒルデガルダがちらりと時計を見やる。



「もうこんな時間か。子供は寝る時間だ。今オルチナを呼ぶ」

「え? あ、あの、もう少しだけ……!」

「オルチナが言っていたろう。子供の成長に睡眠は欠かせないと。寝不足は大敵。明日も早いんだ、早く寝ろ」

「は……はい」



 上目遣いでお願いされようと健康管理は怠るなとオーギュストに口酸っぱく言われ続けたヒルデガルダは譲らず、がっくりと落ち込んだリュカを呼んでいたオルチナに渡した。

 ふう、と息を吐いて落ち着くと向かいに座ってずっとこちらを眺めていたアイゼンに声を掛けた。




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