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第28話 意外な事実



「さあ〜リュカ様。お嬢様やオーギュスト様達が戻られるまでにお買い物ですよ〜」

「う、うん」

「そう緊張しなくても私やオルチナが付いていますから」



 オルチナ、ラウラに連れられ街にやって来たリュカ。孤児院からサンチェス公爵家に引き取られ、周りの人々やリュカの努力の甲斐あってすっかりと健康に戻った。黄金の髪と海のように透き通るアクアマリンの瞳を持つリュカを行き交う人々がつい視線を寄越してしまう。



「リュカ様背を丸くしないで。背筋は真っ直ぐ、堂々と歩きましょう」

「う……で、でも、ぼく見られてるよ……」

「綺麗なお顔をしてますからね〜」



 出産後亡くなった母の美しさをそのまま受け継いだリュカの容姿は非常に目を引く。魔族の父が見初め、強引に魔界へ連れ帰りリュカを身籠らせ、結果母は亡くなった。母親をどう思っているかとヒルデガルダに訊ねられたことがあり、一度も会ったこともない相手をどう思えば良いかと逆に訊ねてしまった。

 魔界にいた頃、皆口にしていた。先代魔王は帰還しないのか、何処へ行ってしまったのか、と。先代魔王に最も信頼されていた高位魔族——基アイゼン——が積極的に探す姿勢を見せず、また、魔王の座に就く魔力を持っていながら魔王にならないから魔界の平和は徐々に崩れ始めていた。リュカにとっては物心ついた時から既に平和等なかった。

 どれだけ美しかろうと人間の娘に夫の寵愛を奪われた正妻や半分人間のリュカを徹底的に見下す異母兄弟達から執拗な虐めを受けた。死ななかったのは、成長するにつれリュカを性的な目で見るようになった挙句亡くなった母の代わりを務めさせる気でいる父が正妻や異母兄弟達を叱ったからだ。以降は死ぬ寸前の怪我を負わされなくなるものの、代わりに陰湿で精神的ダメージを負う虐めを受ける羽目に。


 魔界にいた頃とサンチェス公爵家で生活する今。どちらが幸せかと問われれば間違いなく後者。

 人間界で生きていく為に、社交界で生きていく為に、貴族の習慣や知識を叩きこまれる時間が無くなれば最高だ。が、これからの自分に必要だとリュカも分かっている。毎回ヒルデガルダの許に逃げ込むが最後は泣きながらでも受ける。


 ヒルデガルダが魔族達が帰還を望む元魔王だと知った時には大層驚き、同時に、人間に転生しても楽しく生活しているのを見て帰還を望む魔族達には悪いがこのままでいさせてあげたいと願った。



「オ、オルチナ」

「は〜い」

「そ、その、ヒルデ姉様やオーギュスト様は、食べてくれるかな」

「勿論ですよ〜。お嬢様もオーギュスト様もスイーツは好きですから」



 三人は人気のチーズケーキを買いに街へ来ていた。リスト侯爵邸で開催されている『交流会』でスイーツは出されているだろうが、以前から一度食べてみたいと話していたヒルデガルダの為にリュカが思い切ってラウラとオルチナに頼んだのだ。



「ミラやア、アイゼン様も食べてくれるかな」

「ミラは食べますよ。食べ物を粗末にしたら一番怒るのがミラですから。アイゼン様は、お嬢様が食べるなら絶対に食べますよ」



 誰が見てもヒルデガルダが好きだと取れるアイゼンは、相手が子供だろうと嫉妬心を隠そうとしない。その度にヒルデガルダに咎められる。嬉しそうにするから態とやっている節も否めない。



「うん……早く買って早く戻ろう。ヒルデ姉様達、何時戻るか分からないから」

「はーい。……うん?」



 目的の店までもうすぐといったところでラウラが不意に足を止めた。リュカとオルチナも釣られてラウラを見やる。



「どうしたの〜? ラウラ」

「視線を感じる……」



「視線? ……あれね」とオルチナが発した直後、左人差し指をラウラが視線を向けている方へ指した。直後、悲鳴が届き、瞬く間に男性が遠い空に浮かんだ。

 高級な貴族服を着ているが糸が解れ、全体的に薄汚れ、濃い髭や隈が目立つ。見覚えのある顔だとリュカが見つめていれば男性と目が合った。瞳孔が開き、口端を吊り上げた笑みに肩が大きく跳ねた。



「リュカ……!!」

「ひ……だ、れ…………あれ? ち……父上……?」



 男性の声を聞き、魔界から人間界へ脱走した父だと漸く知れた。魔界に住んでいた頃と身形が変わり過ぎていたせいで分からなかった。



「リュカああ良かった、お前と会えて」

「ひ……あ、あの……」



 両手を広げて近付く父。

 殴られたことも怒鳴られたことも虐められたことも父にはない。正妻や異母兄弟に殴られても蹴られても見ていただけで助けてくれなかった。死にかけた時以外は。

 欲に濡れた瞳がリュカを捉えていた。

 震え、怯えるリュカの前にオルチナとラウラが立った。



「な、なんだお前達」

「私はリュカ様のお世話をしている侍女です〜」

「私はリュカの父親だ! 侍女如きが邪魔をするな。……待て、侍女と言ったな。リュカ、お前もしや貴族の家にいるのか」

「そうですわよ〜。リュカ様は公爵家の正式な養子ですので、浮浪者の貴方が近付いて良い方ではありませんわ〜」

「私とて貴族だ。リュカを養子にしたのなら、実父である私を助けるのが道理ではないかね」



 リュカが正妻や子供達に虐められていると知っていたのに見向きもしなかった父親の自分勝手な言い分に、穏やかで滅多に怒らないラウラやオルチナの苛立ちは急上昇していく。媚びる声色で父を助けろと宣う男をずっと顔を青褪め震えているしかなかったリュカ。二人の前に震えながらも立った。



「リュカ! 父を助けろ! 人間と言えど、公爵家ならばいくらでも金がある! お前を養子に出来たのはお前の母にお前を産ませた私のお陰でもある!」

「い——嫌です!」



 涙目で助けを求める父の願いを振り払った。汚い笑みを浮かべたまま固まった父は、見る見るうちに怒りの形相へと変化させ、怒声でリュカを呼び捨てた。ビクリと震えたリュカをラウラが下がらせ、オルチナはより大きくへ前へ出た。



「リュカ様〜、お父上と二度と会えなくなりますが後悔しますか〜?」

「しない! こ、この人が、ぼくの父親でいてくれた時なんか一度もなかった!!」

「リュカお前!!」

「は〜い。ラウラとリュカ様はチーズケーキを買いに行っててください〜。お父上は私とデートしましょうね〜」



 上機嫌に間延びした声で父の腕を掴んだオルチナは姿を消した。騒がしい者が消えると周囲は一気に静けさを取り戻す。最初から何もなかったかのように。



「オルチナが危ないよっ」

「大丈夫ですよリュカ様。魔族の相手だと特に」

「あの人は高位魔族なんだよ!?」

「私とオルチナは元天使ですから、魔族の相手は大の得意なんですよ」

「え……!?」



 天使といえば悪魔の天敵。サンチェス家に仕える人達は、一癖も二癖もある猛者ばかりだとヒルデガルダは言っていたが天使がいるとは一度も聞いていない。



「て、天使ってホント!?」

「本当ですよ」



 二人は親戚であり、同僚であった。人間界での任務の際、標的の悪魔に二人揃って致命傷を負わされた挙句、上司には死んだことにすると見捨てられた。堕天する力もなく、死を待つだけだった二人を拾ったのがオーギュスト。人間でありながら一定の年齢になると赤子になる特異体質のオーギュストは二人を回復させ、天界にはもう戻れない二人を侍女としてサンチェス家に置いた。天界では名家出身だった二人、誰かに仕える側に回り不満はなかった。



「私もオルチナも案外侍女の仕事が向いていたみたいなんです。既に百年は過ぎてますよ」

「天界を恨んでないの?」

「オーギュスト様に拾われて以降の生活が楽しいので全く。さて、私とオルチナの話は終わりです。お嬢様達に食べてもらうチーズケーキを買いに行きましょう」

「う、うん」



 衝撃的ではあるものの、実際に堕天した侍女もいると話され驚く。なんでも拾っては面倒を見るのがサンチェス家。嘗てヒルデガルダが瀕死のミラを拾ったのと同じ。ヒルデガルダとオーギュストは血縁関係がなかろうと似た部分のある養女と義父である。




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