「死と彼を想う瀬戸際で 2」
一ノ宮江美はコンサートが終わったあと、楽屋回りをしていた。
先輩やプロデューサーに挨拶をしていって、それがひと段落したあと自身の楽屋に戻って水分補給をした。瑞瑞しさを堪能しながら、リラックスしていると電話が掛かってきた。
「誰だろう……あっ、島田さんだ」
島田さんとはマネージャーのことだ。
「もしもし。どうしたんですか?」
「あの……言いにくいんですけど、明日週刊誌にリークされます」
「えっ、はっ?」
少し島田さんが怒っているように思えた。
「えっと……どういう内容で」
「江美ちゃんが暴力団と繋がりがあるっていう内容です」
「……」
ついつい沈黙してしまう。まさか……
「分かりました。ちょっと連絡してみます」
「あっ、ちょっと待って。これ以上――」
通話を切って、次に健二に連絡を掛けた。
「あっ、健仁君。実は相談したいことがあって……いま大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ」
「実は……」
言おうとしたが逡巡してしまう。伝えてもいいものなのか。
「ううん、その……危ない人との関係はもう無いよね?」
「あたり前だろ」
怒気が混じった声を吐かれた。
少し呼吸を忘れて、つまりは切羽詰まった声を出した。
「そ、そうですよね。分かってます。私、健二くんのこと信用してますから」
「ありがとう」
ありがとう、とかそんなこと言われてもあまり嬉しくはないな、とか実直に思っちゃう。
というか、ときどき健二と話すのが怖いときがある。
一夜を共にしたあと、ベッドの上で彼は魘されていたのだ。人を殺した後悔が、ずっと付きまとっているのだろう。そんな彼のことに愛情を抱く気持ちもある。だけど、それよりも彼を見守らなくてはいけない。全ての責任を共に背負う覚悟を持っているのだ。
電話を切って呆然とした。そして週刊誌に乗って罵詈雑言並べ立てられるなら、やって来いと思った。
そして翌日。
週刊誌に取り上げられ、ツイッターでも当然炎上した。
誹謗中傷。殺害予告。それらがDMにさんざん寄越された。それでも構わない。
もう、あの頃の自分ではないからだ。
あの頃の――踏み切りに飛び込もうとしていた自分ではない、成長出来ていると信じたい。
その日、雨が降った。
江美は空を見上げた。雄大さが欠けた、ちっぽけで、しかし趣があるそんな空。
どこからか、音楽が聴こえそうだった。
雨粒が独特のメロディを奏でて、そんなときに静かで雨が好きな女性が鼻唄を口ずさむ情景が思い浮かぶ。
そんな妄想が爆発して、つい苦笑した。