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最終話

 聖書とノートPCを閉じる。溜息をついて、私は椅子から立ち上がった。

 小説の執筆が終わった。最後の部分にも納得がいった。あとは小説のタイトルを決めるだけだ。


「香——ご飯だよ」


 はーい、と返事をして階下に降りる。リビングに入ると賑やかな声が届いた。夕食の席に江美さんや健二さん。父や母がいる。江美さんが私を見つけるとにこりと笑ってきて、「こんばんは。香ちゃん」と挨拶してきた。


「江美さん、この前の音楽番組見ましたよ。すごかったです」


 江美さんは人気歌手で、紅白にも三回出場している。


「この前言っていた小説、完成したの?」

「うーん、完成はしたんですけど。タイトルが思いつかなくて。江美さんは健二さんのことをどう思ってたんですか」


 健二さんが食べていたカツをむせ込んだ。「何を言い出すんだい香ちゃん」

「いや、もちろん恋心はわかるんですけど。なんか、二人の関係って死を超越したものなんじゃないのかなって」


 江美さんと健二さんが再び付き合い始めてから十三年。私——北川香は中学生で、幼少期からの夢であった小説家になるため、父と母、健二さんや江美さんから聞いた過去の話をもとにその四人が登場する小説を執筆していた。これを賞へ応募するため作品の命とも言えるタイトルを考えているのだが、思い付かない。


「そんな小難しいことはわからないな。あのときは無我夢中だったから」


 すると父がそんなことを言う健二さんを笑った。


「何、冗談言ってるんだよ。理路整然としてたじゃないか」

「うるさい北川。ちょっと酔いすぎてんじゃないのか」

 酒、弱くなったなと健二さんは言った。

「はいはい、男共は黙りな。さあ香、ご飯」

 母が白米をよそって、私に渡してくる。それを持って江美さんの前に座って手を合わせる。今日のメニューはいつもより豪勢だ。トンカツの盛り合わせにポテトサラダ、刺身の付け合わせなど。


「江美さんって死のうとした時、何を想っていたんですか?」

「何も思わないかな。ただ絶望していたから」

 そりゃそうか。と思って、じゃあ質問を変えますけどと続けた。


「死にたくなる時には何を思うんです?」

 江美さんはうーん、と悩んで、「ずっと健二のことを考えてたわね」

 その言葉で閃いた。死を思う時、彼という存在も同時に想っていたとしたならそれをタイトルにすれば面白いのではないか。


「ありがとう江美さん。思いついたよ」

 夕食を平らげて、また自室に戻りノートPCを開きファイルに保存してあった小説に、タイトルを書き込んだ。



 死と彼を想う瀬戸際で、と。


                                       了



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