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第2話

「僕は本当の恋をしたことがないんだ。でも、葉花さんを最初に見たとき、この子が僕の運命の人だったら良いのになって思ったんだ」


「運、命……」


「葉花さんに一目惚れしたんだ。実際こうして会話してても葉花さんは天使みたいに可愛いし」


「天使って……」


 あまりにも大げさな表現。私なんて顔は普通だし、女友達と話してるときは口を大きく開けて笑うから清楚とは程遠い。橘くんのいう天使とは真逆だ。


「今日は僕たちが出会って付き合った大切な日。だから記念日に星を見に行こう? 屋上なら綺麗に見えるんだ」


「橘くん、走ったら危ないよっ!」


 自然に手を繋いで、私は橘くんと走り出す。いくら夜に体調が良くなるとはいえ、走るのは身体に良くない気がする。


「どうせ死ぬなら、それまで自由に生きた方が人生は楽しい。葉花さんが教えてくれた。だから好きな人とはしゃいでるんだ」


「橘くん……」


 さっきとは違って明るい表情。良かった。私の思いが伝わって。けど、だからって夜の学校を走るのは危険すぎる。


「琴里は好き? 僕は大好き」


「えっ!?」


「星を見てると元気になる。だから好きなんだ」


「そっち、ね」


「ん?」


「なんでもない」


 ビックリした。てっきり私のことを好きって言ってるのかと。って、そんなわけないのに。私に一目惚れ、か。橘くんほどカッコいい人なら私なんかじゃなくても良いのに……。


 橘くんがこんな状態じゃなかったら、私ではなくても他の子と付き合うチャンスはいくらでもあったはず。


 私が橘くんの最初で最後の恋人でいいのかな? その不安はこの先もずっとつきまとうのかな。自分で橘くんにあんなことを言っておきながら自分では自信がない。


 私なんかを本気で好きになってくれる男の子なんて本当はいないんじゃないか。そう思ってしまうのは過去の辛い記憶のせいだ。


 私だって普通の女の子。今まで人を好きになったことがないって言ったらウソになる。中学時代、気になる男の子はいた。クラスメートでそれなりに仲のいい男の子だった。


 趣味も似ているし、教室で挨拶を交わせば、そのままずっと話していた。話題がつきることはなく毎日が楽しかった。


 気がつけばクラスメートの男の子から気になる異性として見るようになった。彼もそうだと思っていた。けれど現実は非情で……。


『俺、彼女が出来たんだ。だから葉花とは話せない。彼女に悲しい思いをさせたくないから』


『……』


 言葉が出なかった。それはあまりにも唐突で、私にとっては鈍器で殴られるくらいの衝撃だったから。


『わかった』


『ごめんな』


 そういうと彼は彼女の元に行った。彼女に悲しい思いをさせたくない、か。優しいんだね。そう、彼は優しい。だから私も気になっていた。でも気になるくらいじゃ、ここまで感情が揺れ動くことはない。


 本当は彼のことが好きだったんだ。誰よりも。でも、自身の気持ちに気付く前に他の子にとられちゃった。ううん、彼は私のことを異性として見ていなかった。だからきっと私が彼に告白しても想いは届かなかっただろう。


 それからか、私が恋に憶病になったのは。『運命』という言葉は存在しないって。だから橘くんが私のことを『運命の相手だったらいいのに』と言ったとき、私は正直、言葉に詰まった。


 私だってそうでありたい。次こそは私を本当に必要としてくれる相手と恋がしたい。それは橘くんと同じだ。


『誰にも必要とされてる人なんかいない』


 それは自分に向けてのメッセージでもある。


 今度こそ信じてもいいのかな? 神様、私に勇気をください。橘くんを心から好きになれるように……。


「やっぱり綺麗だね。普段は一人で見てるんだけど、琴里と見るとより一層きれいに見える」


「今日は晴れてるから、きれいに見えるんだと思う」


「好きな人と同じ景色を共有できる。だから星が綺麗なんだよ。ね、琴里もそう思わない?」


「……うん」


 私が落ち込んでいるのを察してか、橘くんは優しい言葉をかけてくれる。


「これからも琴里と色んなことを共有したい。それで将来、昔はこんなことがあったねって思い出話がしたいな」


「それ、すごくいいね。楽しそう!」


「琴里もそう思う!? 約束だよ。これからも一緒にいようね」


「うん、やくそく」


 いつまで一緒にいられるだろうか。橘くんはいつまで生きられる? 


 ……橘くんは死ぬことが怖くないのだろうか。


 思い出作りをしたほうがいいと提案したのは私だけど、いざ私が橘くんの立場になったら、きっと今の橘くんのようには笑えない。


 誰にも心なんて開けないし、学校も行かない。それどころか生きることを諦めて自ら命を絶つかもしれない。死というのはそれほど私にとって恐怖そのもの。いや、それは誰にとっても同じ。


「橘くんは死ぬのが怖くないの?」


 ついに聞いてしまった。心の中でとどめておけば、どれだけ良かったか。


「最初はね? 誰にも知られずに死んだほうがいいって思ってたよ」


「それは会ってすぐ私に言ってたよね」


「そう。だけど葉花さんが元気をくれた。だからこうして生きることにしようって思えたんだ。死ぬ一秒前まで僕は後悔なく生きたい。けど、僕が死んだら葉花さんは一人になってしまう。好きな人を残して、先に死ぬのは心残りなんだけどね」


「大丈夫だよ」


「葉花さん、無理してない?」


「してないよ。私は橘くんが一人になるほうが嫌だもん」


「葉花さんは優しいんだね」


「……」


 優しくなんてない。私が先に死んで橘くんに悲しい思いをしてほしくないだけ。過去の私がそうだったから。過去のトラウマをずっと引きずりながら生き続けるのは苦しい。


 そんなおもいをするのは私だけでいい。橘くんには楽しい思い出だけを残してほしいの。

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