「え、えぇ〜! 馴れ初め話とか無いの?」
聞きたい聞きたいとせがむ姿はまるで子供のようで、その姿に自然と笑み綻んだ。
「そんなに劇的なものじゃないよ。いつの間にか望さんが好きになってくれていて、いつの間にか付き合うことになって、結婚していたってだけの話で」
「そのいつの間にかが知りたいのにー!」
「あはは。わたしも分かんない!」
だって望さん、聞いても語ろうとしてくれないんだもん!
工場の扉が開かれる。
作業員以外に近付くことのできないよう、厳重に囲い込む足場の檻。
その中には存在感を顕にし、尊大に佇む金属の塊。
「……初めて見た」
「うん。わたしのいた時より、ずっと進化している」
旧型戦車に代わる、新しい時代の兵器。
「こちらは開発中の獣型戦車。我々はプロト
四足歩行の動物をモチーフに、俊敏性と機動力を備えた重量戦車。
わたしがいた時には、四足歩行まで進めることができなかった。なんて、昔を懐かしむ。
それと同時に、ここまで形にした後輩を誇らしく思う。
「はい! はーい!」
「はぁい、なんですか?」
陸がシュバッと手を挙げ、質問の体勢。
幼い子特有の愛らしさに、ガイド役の後輩もデレッと相好を崩す。
「この、えーと……」
「プロトBEAST?」
「うん! びいすとのあんよは、こわれないの?」
陸の質問の意図がうまく掴めず、困ったような顔をこちらへ向けてくる後輩。
陸にどういうことか聞こうかと動こうとすれば、海が陸の言葉を補足する。
「足がほそいから、おれたりしないのかって聞きたかったみたい」
海の読解力、それから大人にも伝わる伝達能力に、後輩は感心したように何度も頷いている。
それと同時に、こちらを見てくる視線が物言いたげであったから、多分後から何事かを、根掘り葉掘り聞かれるのだろうな。なんて想像し、苦笑を返した。
後輩が咳払いひとつ。
すぐに切り替える事ができるのは、彼女の長所。
「とってもいい視点です! お名前は?」
「りく!」
「陸くん! このプロトBEASTのあんよは、なんと少しのことでは壊れません!」
「なんで?」
「なんででしょうか! では、その答えを探すため、プロトBEASTのすぐ近くまで開放します」
その宣言とともに、片手を仰々しく挙げる後輩。
彼女のそれが合図となったのか、一斉に足場が動き、プロトBEASTがその姿を子どもたちの前に晒す。
「おぉーっ!!」
歓声、歓声、大歓声。
特に陸と海のはしゃぎようがすごかった。
それもそのはず、プロトBEASTが眼前に現れた時の迫力も去ることながら、その直前の演出が憎い。
『男の子って、こういうのが好きなんでしょ?』。
そんなセリフがよく似合うシチュエーションが、ガッツリと、特に男の子たちの心を奪っていった。
(相当……。練習したんだろうなぁ……)
足場をこうやって、ウェーブのようにタイミングを少しずつずらして迫力のある登場にするには、それぞれの足場の動き方や、動くまでの秒数を把握して、コンマのズレすらなく完璧なタイミングでボタンを押していかなければならなかったはず。
足場の操作盤の下に控える数人に視線を向ける。
彼ら彼女らは、やりきったように、満足そうな顔をして親指を立てていた。
「どうかなー? プロトBEASTのあんよは」
「思ったよりも大きい!」
「おっきー!」
「すっごーい!」
三つ子がきゃいきゃい騒ぐ様を、後ろから花ちゃんが見守る構図。
これが、尊いという感情か……。
わたしは今日、ひとつ物知りになった。
「この、プロトBEASTのあんよには、わが社が開発した合金板を使っています。実験では、旧型戦車などの大砲でも、破ることはできなかったとか」
「すっごいねぇ! そら、ころころしたらおひざいたいいたいなのに、びーちゃんはいたくないんだ」
「あー、どうだろ……。んん、さすがに擦り傷くらいは付いたと……思うよー?」
困ってる。後輩がすっごく困ってる。
(……ん?)
口パクで何かを訴えかけている。
えぇっと……。
(え、ん、あ、い、え、う、う……。うん。子音がないから分からないね)
多分『先輩、ヘルプ!』だろうけど。
わたしは肩を竦めて操作盤の下にいる、一人の男性を呼ぶ。
「カナさーん!」
「おー!」
若い者に交じる初老の男性。
以前見た時よりも白髪が増えている彼は、ガイドの後輩の隣に立った。
「金谷さん……!」
助かった。そう言いたげに彼を見上げる後輩の、先輩として慕っていることが分かる視線に、彼は満更でもない様子。
「おじちゃん、だれー?」
「お、おじ……」
空から飛び出た無邪気な質問。
金谷さんは少しグサっときたみたい。
(空、金谷さんは初老とは言っても四十代よ……)
……子供から見れば十分おじさんか。
金谷さんは気を取り直し、説明の体勢に入る。
「おじさんは、プロトBの身体を作っている人だよ〜」
「ん゙ふっ」
後輩が吹き出しそうになっている。
厳つい顔の金谷さんが、威圧感を与えないようにか、普段より高めの猫なで声を出している様子がツボに入ったらしい。
うん、中々失礼。
しかし、金谷さんはそんな後輩の態度に気が付けないくらい、頑張って説明を子どもたちにしてくれている。
プロトBEASTの身体を構成する合金板の開発は、金谷さんが中心となって行っていた。
この中では、耐久試験まで行っていた唯一の人。
打てば響くと言うか、ひとつ質問した事項に答えが返ってくる感覚が楽しいのか、ピーチクパーチク次々質問が飛び交うさまは、餌を待つひな鳥のよう。
「可愛いねぇ」
「ほんとにねぇ」
わたしたち保護者組は、その様子をほっこりニコニコ眺めていた。