目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第12話 三つ子、会社見学 1

「三人は、お誕生日のプレゼント何が欲しい?」


 三つ子たちの四歳の誕生日、一週間前の夕飯時。

鮭を口に運び咀嚼する望さんが、三人横並びに座る子どもたちへ問いかける。


「おたんじょび?」

「ぼくたちが父さんと母さんにあいにきた日だよ」


 空がきょとんと単語の意味を問うと、四歳を目前にしてさらに口が達者になってきた海が補足する。


「ぷれぜんとってなぁに?」

「それはね、空たちが生まれてきてくれてありがとう、おめでとう、うれしいよって、ママたちがみんなに欲しいものを渡すの」


 プレゼントの意味も問う空へ、できるだけ伝わるように噛み砕いて説明する。


 最近空は、なぜなぜ期に突入したためか、ひとつひとつの単語に興味を持って質問してくることが多くなってきた。


「みんなは欲しいものってある?」


 空がうぅんと唸る傍ら、陸が元気よく手を挙げる。


「ねぇねぇ! なんでもいいの?」

「ママたちができることなら」


 サンタさんを連れてきて、とかはダメよー。なんて戯けて言えば、陸がにっこり花が咲いたように笑う。


「おたんじょーび、パパとママと、かいとそらの、みーんなでおでかけしたい!」


 だめ?

なんてにこにこ聞かれれば、こちらも答えないわけには行かない。

とはいえ。


「……望さん」

「……うん。その日仕事だ」

「休みは取れない?」

「外せない会議がある」


 経営者という立場上、個人の都合で簡単に休めない時もある。

しかし、それをこの、断られることを知らない無邪気な顔で答えを持つ陸へ、理解してもらおうとするのは酷だろう。


 その時わたしの脳内に妙案が降りてきた。


「望さん、会議は何時から?」

「午前の始業後、すぐ一回」

「なら……」


 わたしは彼へ耳打ちを。

わたしの作戦を聞いた彼の親指は、GOODの意味を示していた。


「みんな、お誕生日は、パパの会社に遊びに行くよ!」



***


「ここ、ぱぱのかいしゃ?」


 陸が首が後ろ側にもげるのではないかと思うほど、大きく反らす。

その口からは、おっきぃねぇ、しか吐き出されていない。そうだね、おっきぃねぇ。


 事実、本社ビルに加えて、いくつかの倉庫や、工場も併設されている。

子どもたちの感覚からすれば、ここは大きいし、広いだろう。


「陽毬ちゃん、あたしたちまでよかったの?」


 うんうんと頷いていると、隣からおずおずと声がかかる。

真理藻さんと、その手に繋がれて花ちゃんもそこに立っている。


「もちろん! 海から、花ちゃんも一緒がいいってリクエストがあったのもあるけど、実はね」


 特に声を潜めなければいけない話ではないけれど、気分的にキョロキョロ周囲を窺い、こっそり悪巧みでもするかのように囁く。


「今度、事業を拡大して、工場見学のできるアミューズメントパークを併設する予定なの」


 その事前モニターってことで。なんて茶目っ気を含んで伝える。

真理藻さんはホッと胸を撫で下ろしていた。


 今、ここに望さんはいない。外せない会議を頑張っているから。

だけど、それが気にならないくらい、子供たちはまだ見ぬ内部に想像を膨らませてはしゃいでいる。

……はしゃいでいるのはいいけど、中がお菓子でできているとは、ママ、思わないかなぁ。


「花ちゃん。今日は来てくれてありがとう」


 今年、小学生になった花ちゃんは、あどけない可愛らしさに磨きが掛かっている。


「みんなから来てって言われたので! こちらこそ、いただき、ありがとーございますっ!」


 頑張ってお姉さんぶろうとする花ちゃんの健気さが、胸にキューンとクリティカルヒット。

花ちゃんは真理藻さんの育て方が素敵なのか、素直で可愛い、いい子に育っている。

髪の毛もツヤツヤと真っ直ぐ伸びているから、相当大切に手入れしているのだと察することができる。


「はなちゃん! はやくー!」

「まって、そらちゃん! じゃあ、そらちゃんのお母さん。いってきます!」

「はい、行ってらっしゃい。ガイドのお姉さんの言うことをちゃんと聞くのよ」

「はいっ!」


 良い子のお返事をしながらも、身体は早く三人のもとへ駆けて行きたくてうずうずしている花ちゃんを、軽い注意事項で解放する。


「……それじゃ、わたしたちも行こうか、真理藻さん」


 子どもたちの背中が見える程度に離れて着いていく。

四人は、ガイド役を買って出てくれた、に従って、どこか緊張した面持ちで話を聞いている。


「真理藻さん? どうしたの、さっきからそんなにぼぅっとしちゃって」

「いやぁ、話には聞いていたけど、実際に見ると圧巻だったというか」


 真理藻さんの目が敷地内の建物、子どもたち、それからわたしへ向けられる。


「旦那さんは経営者だって聞いていたけど。まさかあたしでも知っている会社の社長さんだったなんてね」


 住む世界が違うね。なんて、冗談のようで、その実何処か真に迫った響きが口から溢れた彼女の手を取り、懇願する。


「そんな悲しいこと言わないで。わたしはただのサラリーマン家庭で育った人間なんだから」

「むしろそこまで身分差があると、どうやって知り合ったのかが気になるよ。やっぱり学校とか?」


 見学ルートに入れていた工場の入り口で、ガイドが立ち止まる。

懐かしいその門構えを見て、わたしは懐かしさに微笑んだ。


「ここの社員だったの。整備士」


 真理藻さんから、今日一番の大きい声が発された。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?