「へぇ、今は海中潜水艦を開発するチームができているんだね」
「です。プロトBEASTに続く、高機能潜水艦です」
「モチーフは魚類?」
「それがまだ。魚類そのままだと、どうしても装甲が紙になりがちで」
「空飛ぶ方は?」
「やっぱり飛行機型が一番ですね。あれがなんだかんだで、一番操縦者を守ってくれます」
「あの、あたし部外者なんだけど。こんな話ししててもいいの……?」
わたしが仕事を辞めた数年間の間で変化した、軍需開発の様子を話していれば、居心地悪そうな真理藻さん。
糸井ちゃんがケロッとして言う。
「企業秘密とか極秘事項は話していないので大丈夫ですよ!」
「本当に大丈夫なのかなぁ……?」
首をかしげる真理藻さんの傍らに、会社のホームページが映った携帯の画面。
「調べてたの?」
聞けば、肯定の言葉。
「うん。軍需産業って、言葉は知っているけど実際どういうものなのか分からなかったし」
戦争に使うんだよね。
そう呟く彼女はどこか寂しそうで。
「子どもたちが楽しそうに見ていた機体が、人を殺すためのものっていうのが、ちょっと信じられなくて」
糸井ちゃんと顔を見合わせる。
(そうか。会社のことに詳しくない一般人が見れば、そういう感想が出てもおかしくない)
わたしは彼女の肩に手をおいて、安心させるように微笑む。
「真理藻さん。この会社で作っている機体は、自衛のためのものなんです」
「自衛?」
「はい。うちの会社はこの国の――」
休憩室に備え付けられた、窓の外を見る。
空にほど近い場所に、旗が三つ、風にはためいている。
ひとつは安全衛生旗。緑色の十字マークが、白地の真ん中に佇んでいる。
ふたつ目は社旗。幾何学的な模様は、スパナとか、その他色々な工具をモチーフに、崩して描いたものだと聞いている。
最後に、国旗。
水色の生地。その真ん中に描かれた円形は、緑、青のふたつに色分けされている。
これは陸、海、空を包括する、島国ならではの色合いだと、昔々に授業で習った。
「――カフウ皇国の自衛隊にしか、戦闘機は卸していないんです」
カフウ皇国の歴史は長い。
それこそ、紀元前から祖先が存在していたらしいと噂されるほどに。
天皇を主として、民間から選挙によって集められた政治家たちが指揮を執る。
そんな我が国が所持する軍隊は【自衛軍】と呼ばれ、表向き、自国を自衛するための武力として存在している。
他国の有する軍と異なる点は、
あくまでも自衛力として、他国に睨みを利かせるための機関であり、この国は積極的に戦争という名の、スケールの大きい喧嘩を買わないことを宣言している。
……裏を返せば、巻き込まれたら自衛のために戦争をすると言っているようなものだし、どこからを自衛とするかは賛否あるけれど。
「だから、基本的にはこの機体たちが人を殺す事態にはならないんです」
戦争に巻き込まれれば動く可能性は十分にあるが、今までの自衛隊での業務は、機体を卸すことと、定期メンテナンスくらいしかない。
……今後歴史が動いていく中で、いざ、という時は来てしまうのかもしれないが。
そう説明すると、真理藻さんはほっと胸をなで下ろしていた。
「よかった……。今日、ここで作った思い出が、嫌な思い出にならないって分かって」
休憩室。
開け放たれた扉の外に、機体探索を充分に楽しんだ子どもたちが帰ってきた。
「まま! ただいま!」
「空ーっ! おかえり! 海も。楽しかった?」
「うん。あのね、いっぱいパネルやボタンがあって、こんな、二またに分かれたハンドルがあってね……」
興奮したように説明を頑張る海の片手の先。
見ると花ちゃんと手を繋いでいる。
(おやー?)
海と花ちゃんはとても仲良くなったみたい。
……まあ、花ちゃんが興奮する海をニコニコ眺めている様子から、弟を見ているような感情なんだろうけれど。
(ん? あれ、そういえば)
元気な声が、本当ならもうひとつあるはず。
周囲を見渡し、付き添っていた金谷さんに問う。
「カナさん、陸は?」
「え? すぐそこまで着いてきていて……いない?!」
金谷さんが足元を二度見する。
多分そこに陸がいたのだろう。けれど少し目を話した隙に……。
「うわあぁ、すまねえ! もっとしっかり見ておけばっ!」
「落ち着いて。金谷さん、さっき操作盤にいた人たちは?」
「まだ待機してるはずだ」
「じゃあ声をかけて。人海戦術で探します」
椅子から腰を浮かしかけている真理藻さん、それから、早速動こうと休憩室の扉付近に来ていた糸井ちゃんに声を掛ける。
「二人は申し訳ないんだけど、花ちゃんと、海と空の三人を見ていてくれる?」
「あたしも探しに」
「探している間、子どもたちから目を離すわけには行かないよ」
「私は社員ですし、探しに行けますよ!」
「ううん。子供たちは三人いるから、一人だと大変だと思うの。一緒に見ていて?」
お願いをすれば、渋々納得した様子の糸井ちゃんが、子どもたちとともに休憩室内に戻っていく。
それを確認し、金谷さんへ振り返る。
「行きましょう。うちのコ、運動神経めちゃくちゃいいから、ダラダラしてたら外に出る可能性が高くなっちゃう」
「そいつはとんだヤンチャボーイだな」
「そうでしょう? ストッパーがいなければ、相当手を焼いていたと思うわ」
軽口を叩く金谷さんも、それに返答するわたしも、きっと内心穏やかではない。
「陸! 陸ー!」
名前を呼びながら工場内を探し回る。
声を掛けた内の誰かが、他に協力要請をしてくれたのか、工場内に人が増えてきた。
工場の中にあるものは機体だけではない。
工具や、資材や……。兵器となりうるものが置いてある場合もある。
それらは適切に管理はされているけれど、子どもの好奇心は計り知れない。
時間が経っていく。焦りが募っていく。
ずっと糸が張り詰めているような不快な心地を胸に抱いたまま、隙間という隙間すらも探し回る。
すると。
「いたぞ!」
一人が、指を天へと向けている。
指先を追って視線を動かす。
「なんでそこに……?!」
プロトBEAST。その操縦室。
強化ガラス窓に遮られたその中に、確かに動く小さな人影。
陸が操縦室の中にいた。