「BEASTの登り口は?!」
「そこの足だけどちゃんと鍵閉めた!」
「……うん、閉まってる。……もしかして」
金谷さんに確認を取る。
普通に考えれば、酷く荒唐無稽な可能性を。
「上の方に、何か侵入口がある?」
訝しげな金谷さん。
あるけど、と言葉を濁す。
「通気口で、陸くんくらいなら入れるだろうけど、言っても頭のほうだぞ? 空でも飛ばない限り入りようは」
「よじ登ったわね」
「よじ登っ、え、なんて?」
「陸は一歳に満たない時分で、ボルダリングを自主的に始めていた」
つまり、崖登りの要領で登って、その通気口から侵入した、と。
「敵の侵入を防ぐために、何か対策を考えたほうがいいかもね」
「言っとる場合か?! そもそもこの巨体をよじ登るなんて人間離れ技、大人でもできんわ!」
「陸ならできちゃうのよ。天才だから」
「親バカって言い切れないのも口惜しい!」
「ひとまず入り口を開けて。中に入って陸を確保するよ」
後ろ足側、出入り口。
鍵穴に嵌る鍵を差し込もうとした、その瞬間。
ヴィン。
機械の起動する音が、頭上から降ってくる。
「まさか、起動した?」
「適当にパネル叩いたのが、起動コマンドにたまたま合致しちゃったのかしら」
「のんびり言ってる場合じゃねーぞこれ」
隣の金谷さんから冷や汗一筋。
足関節から、金属部の擦れる音が響く。
「陸、止まって!」
金切り声にも近い高い声を響かせるも、機械の駆動音とガラス一枚に阻まれ、その声は彼に届かない。
プロトBEASTの、足が動いた。
「陽毬! 避難だ避難!」
「カナさんは避難して! 鍵ちょうだい!」
「はぁ?! 何をするつもりだ!」
「わたしはあの子の母親よ。止める!」
無茶言うな! 怒鳴る金谷さんの懐から鍵の束を引ったくる。
そのまま、わたしは入り口まで駆ける。
だけど。
「ちょ、ま、動いている足! 鍵! 差し込めない! 止まれ陸!」
語気が荒目に吐き出されるけれど、やはりその声は届かない。
一歩、プロトBEASTが前進した。
「カナさん! BEASTの設計図!」
「はぁ?!」
「早く持ってきて! ダッシュダッシュ!!」
「人使い荒いなぁ! お転婆奥様がよ!」
金谷さんが全速力で走り去るのを横目に、床に転がる工具箱を鷲掴む。
「陽毬先輩! 我々は何をすれば?!」
「何か陸の意識を逸らせるものを! 何かない?!」
突然の要望に固まる社員たち。
しかし、その硬直もすぐに解け、動き出す。
「足場を戻します!」
「待って、もう動き出しているから、拘束できないわ!」
「第二倉庫に布が大量にあったはず。それを繋げて操縦室の目の前に広げてみます!」
一人のアイデアに親指を立てた。
「お願い、やってみて!」
「はい!」
彼らが走り去ったその入れ違いに、金谷さんが書類を片手に戻ってくる。
「これっ! 設計図!」
「ナイスカナさん!」
A1サイズの大きな紙を広げ、プロトBEASTと見比べる。
もう一歩、地面が揺れた。
「今のところの機能としては……。この機体、まだ歩くだけ?」
機体の構造を見て、できるであろうおおよその動作にアタリをつける。
歩行、走行、旋回と、細かなカーブが走り抜けられるだけの精密な操作まで備わっている。
「まだコマンドは見つけられてないみたいだが、ダッシュと、その……」
口ごもる金谷さん。
時間がない。強めに、一言。
「言って。早く」
観念したように両手を挙げ、衝撃的な事実を口にする。
「……大砲も備えてる。弾はテスト用に一発仕込んでいたはずだ」
「なんで外し忘れちゃったの……っ!」
三歩目の気配が背後から。
大慌てで図面を頭に叩き込む。
「お腹の所におっきな電線発見!」
「それを切ればブレーカーは全落ちする! だが」
プロトBEASTに視線を向ける。
大人の身丈など、比べ物にならないほど大きなBEAST。
その腹は、脚立を使わなければ到底届かないほどに高い位置にある。
「……やるしかない」
わずかな時間も惜しい。
歩くだけならいいけれど、うっかり転倒してしまったら?
中にいる陸は、運動神経がいいとは言え、まだ子供。
無事でいられるとは限らない。
絶縁手袋を両手にはめ、ベルトにケーブルカッターを差し込んだ。
「カナさん。ちょっと危ない目に遭わせる」
金谷さんは肩を竦める。
「どうせ止めてもやるんだろう?」
「カナさんが断ったら他の人に頼むつもりだった」
「それはいけないな。年長者は年下を守らねば」
格好つける金谷さん。
苦笑を零し、脚立を指さす。
「あれ、腹の下まで持っていって、押さえてて。わたしが取り付いたら、すぐに退避して」
「取り付く場所は?」
「点検用に小さな突起があるでしょう? そこを掴む」
「失敗したら」
そんな心配を、鼻で笑う。
「労災降りるかな」
「失敗前提なのやめろよ」
分かってないな。ヤレヤレ首を振る。
「わたしはもう社員じゃないから、労災なんて降りないんだよ」
「……まあ、そうだな」
「つまり、労災なんて要らないように頑張るんだよ」
屁理屈にも似た決意に呆れたように笑う金谷さんが肩を鳴らす。
わたしも両手の指を鳴らした。
「それ、懐かしいな」
「それ?」
「指鳴らすやつ。仕事してる時、集中したい時のクセだったろ?」
両手を見下ろす。
たしかに随分と久し振りに指を鳴らした気がする。
だけど。わたしは首を傾げた。
「……そうだった?」
「そうだよ」
金谷さんは豪快に笑った。