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第16話 三つ子、会社見学 5

「BEASTの登り口は?!」

「そこの足だけどちゃんと鍵閉めた!」

「……うん、閉まってる。……もしかして」


 金谷さんに確認を取る。

普通に考えれば、酷く荒唐無稽な可能性を。


「上の方に、何か侵入口がある?」


 訝しげな金谷さん。

あるけど、と言葉を濁す。


「通気口で、陸くんくらいなら入れるだろうけど、言っても頭のほうだぞ? 空でも飛ばない限り入りようは」

「よじ登ったわね」

「よじ登っ、え、なんて?」

「陸は一歳に満たない時分で、ボルダリングを自主的に始めていた」


 つまり、崖登りの要領で登って、その通気口から侵入した、と。


「敵の侵入を防ぐために、何か対策を考えたほうがいいかもね」

「言っとる場合か?! そもそもこの巨体をよじ登るなんて人間離れ技、大人でもできんわ!」

「陸ならできちゃうのよ。天才だから」

「親バカって言い切れないのも口惜しい!」

「ひとまず入り口を開けて。中に入って陸を確保するよ」


 後ろ足側、出入り口。

鍵穴に嵌る鍵を差し込もうとした、その瞬間。


 ヴィン。


 機械の起動する音が、頭上から降ってくる。


「まさか、起動した?」

「適当にパネル叩いたのが、起動コマンドにたまたま合致しちゃったのかしら」

「のんびり言ってる場合じゃねーぞこれ」


 隣の金谷さんから冷や汗一筋。

足関節から、金属部の擦れる音が響く。


「陸、止まって!」


 金切り声にも近い高い声を響かせるも、機械の駆動音とガラス一枚に阻まれ、その声は彼に届かない。


 プロトBEASTの、足が動いた。


「陽毬! 避難だ避難!」

「カナさんは避難して! 鍵ちょうだい!」

「はぁ?! 何をするつもりだ!」

「わたしはあの子の母親よ。止める!」


 無茶言うな! 怒鳴る金谷さんの懐から鍵の束を引ったくる。

そのまま、わたしは入り口まで駆ける。

だけど。


「ちょ、ま、動いている足! 鍵! 差し込めない! 止まれ陸!」


 語気が荒目に吐き出されるけれど、やはりその声は届かない。

一歩、プロトBEASTが前進した。


「カナさん! BEASTの設計図!」

「はぁ?!」

「早く持ってきて! ダッシュダッシュ!!」

「人使い荒いなぁ! お転婆奥様がよ!」


 金谷さんが全速力で走り去るのを横目に、床に転がる工具箱を鷲掴む。


「陽毬先輩! 我々は何をすれば?!」

「何か陸の意識を逸らせるものを! 何かない?!」


 突然の要望に固まる社員たち。

しかし、その硬直もすぐに解け、動き出す。


「足場を戻します!」

「待って、もう動き出しているから、拘束できないわ!」

「第二倉庫に布が大量にあったはず。それを繋げて操縦室の目の前に広げてみます!」


 一人のアイデアに親指を立てた。


「お願い、やってみて!」

「はい!」


 彼らが走り去ったその入れ違いに、金谷さんが書類を片手に戻ってくる。


「これっ! 設計図!」

「ナイスカナさん!」


 A1サイズの大きな紙を広げ、プロトBEASTと見比べる。

もう一歩、地面が揺れた。


「今のところの機能としては……。この機体、まだ歩くだけ?」


 機体の構造を見て、できるであろうおおよその動作にアタリをつける。

歩行、走行、旋回と、細かなカーブが走り抜けられるだけの精密な操作まで備わっている。


「まだコマンドは見つけられてないみたいだが、ダッシュと、その……」


 口ごもる金谷さん。

時間がない。強めに、一言。


「言って。早く」


 観念したように両手を挙げ、衝撃的な事実を口にする。


「……大砲も備えてる。弾はテスト用に一発仕込んでいたはずだ」

「なんで外し忘れちゃったの……っ!」


 三歩目の気配が背後から。

大慌てで図面を頭に叩き込む。


「お腹の所におっきな電線発見!」

「それを切ればブレーカーは全落ちする! だが」


 プロトBEASTに視線を向ける。

大人の身丈など、比べ物にならないほど大きなBEAST。

その腹は、脚立を使わなければ到底届かないほどに高い位置にある。


「……やるしかない」


 わずかな時間も惜しい。

歩くだけならいいけれど、うっかり転倒してしまったら?

中にいる陸は、運動神経がいいとは言え、まだ子供。

無事でいられるとは限らない。


 絶縁手袋を両手にはめ、ベルトにケーブルカッターを差し込んだ。


「カナさん。ちょっと危ない目に遭わせる」


 金谷さんは肩を竦める。


「どうせ止めてもやるんだろう?」

「カナさんが断ったら他の人に頼むつもりだった」

「それはいけないな。年長者は年下を守らねば」


 格好つける金谷さん。

苦笑を零し、脚立を指さす。


「あれ、腹の下まで持っていって、押さえてて。わたしが取り付いたら、すぐに退避して」

「取り付く場所は?」

「点検用に小さな突起があるでしょう? そこを掴む」

「失敗したら」


 そんな心配を、鼻で笑う。


「労災降りるかな」

「失敗前提なのやめろよ」


 分かってないな。ヤレヤレ首を振る。


「わたしはもう社員じゃないから、労災なんて降りないんだよ」

「……まあ、そうだな」

「つまり、労災なんて要らないように頑張るんだよ」


 屁理屈にも似た決意に呆れたように笑う金谷さんが肩を鳴らす。

わたしも両手の指を鳴らした。


「それ、懐かしいな」

「それ?」

「指鳴らすやつ。仕事してる時、集中したい時のクセだったろ?」


 両手を見下ろす。

たしかに随分と久し振りに指を鳴らした気がする。

だけど。わたしは首を傾げた。


「……そうだった?」

「そうだよ」


 金谷さんは豪快に笑った。

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