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第34話 初めての海外 6

「陸! 空! ほんと、ほんっと心配した……っ!!」

「んえっ、ぇっ、うえぇー!」


 びゃあびゃあ泣き喚く陸と、彼とがっしり手を繋ぐ空をまとめて抱き締める。


 涙でぐしゃぐしゃになった陸の顔に落ちるのはわたしが流した涙。

二人の無事を確認できた安堵と心配から解放された解放感で体から力が抜けて、堪えていた泣き顔を二人の前で見せてしまった。

そんなことも気にならないくらい、今は感情がぐちゃぐちゃになっている。


「なんで離れたの! みんなと一緒にいなきゃだめって言ったよね!」

「ごべんなざいぃぃぃー!!」


 陸は泣き喚いて話ができない。

わたしは空へ顔を向ける。


「空も! なんでみんなと離れたの? 本当に心配したんだよ?」


 空はんむ、と口をへの字に歪め、キョトンとした大きな目で見上げてくる。


「空」

「むん」


 絶対話さないという強い意志を感じる。

困り果てて眉を下げる。


『お話は終わったかい?』

『あ、すみません。子どもたちがお世話になりました。ありがとうございます』

『いやいや。彼らがここを見つけて駆け込んでくれたのが良かったよ』


 声をかけてきた男性に、わたしは感謝を伝える。

彼は警察の制服を身に纏い、人の良い笑みを浮かべている。


 二人が保護されていたのは、現地警察署、その支部の一つ。

あの時わたしの携帯に掛かってきたのは、警察署からの電話だった。


 曰く、空と陸が駆け込み、保護者に連絡したいから電話を貸して欲しいと言ってきたのだとか。


『カフウ皇国からの観光客?』

『ええ、そうです』

『カフウ皇国はヒデリアの言葉が第一言語なのか?』


 警察官からの質問に、いえ、そうではないですけど……。と曖昧な返事を返す。


『カフウ皇国ではカフウ語が公用語で……。ヒデリアの言葉を話せる人もいますけれど、話せない人も多いですよ』


 カフウ皇国は、周辺に国が無い独立した国家のため、自国内の言葉だけで完結できる。

従って、他国の言葉を覚えなくても、大多数の国民は何とかなるのだ。

 わたしがヒデ国の言葉を話すことができているのは、中学から高校にかけて選択教科に入っていたから。

わたしの通っていた学校では、外国語を自由に選択できたから、その選択肢の一つとして、ヒデ語を選んだに過ぎない。


『そういうわけなのでカフウ皇国では、生涯ヒデリアの言葉を学ばない人も、話せない人も一定数いるんです』

『そうだったのか。……それなら、もしかしてヒデリアの言語を特別にこの子に教えたの?』


 警察官が示すのは。


(……空?)

『見事なヒデリア語だった。自らの置かれた状況と、その後どうしたいかを、まるで第一言語として使っている現地の人も驚くくらいの流暢さで説明できていたよ』


 警察官が褒めると、んむ、とへの字に曲がっていた空の口がゆるゆる開く。


『ありがとう。おまわりさんがいてくれてよかった。子どもだけだと、まともに相手してくれなさそうで怖かったけど、ちゃんと話聞いてくれて嬉しかった』


 見事なヒデ語だ。

敬語はまだ使いこなせていないけれど、それでもちゃんと通じる。

まるで。


(初めて海が言葉を話した時と似ている……)


 言語は違えど、本人が初めて使う言語を、予備動作も何もなくいきなり喋りだす。

あの時の衝撃に似ていた。


『じゃあ、もう迷子にならないようにな』

『んむ。またね、おまわりさん』

『もう来るなって言ってるんだって』


 呆れたように笑い、警察官はわたしたちを見送る。

半ば呆然とした心地でふわふわ。わたしは空としっかり手を繋ぐ。


 その傍らでは義父がすんすん鼻をすする陸を小脇に抱えて運び、母と義母が海と花ちゃんの手をそれぞれ繋ぐ。

海と花ちゃんの二人も手を繋ぎ、四人並んで歩いている。


「それじゃ、ホテルにまず向かいましょうか」


 義母の音頭で行き先が決まる。

日が落ちかけて影がやや長くなる時間。

わたしよりもうんと歩幅の小さな空のペースに合わせて歩く。


「……空。みんなと離れた理由、どうしても言いたくない?」


 二人が無事に見つかって焦燥感が薄れたことで、いつも通りのトーンで冷静に問うことができた。

空はちら、と見上げて、俯いて、また見上げて……俯いた。


「むん」

「そっかぁ」

「うむ」


 空はどうしても言いたくない、と。

仕方がない。わたしはふ、と呆れて微笑んだ。


「でも心配したのは本当だからね」


 そう言えば、空はしょんぼり俯いたまま、ボソボソ謝罪を口にする。


「ごめん、なさい」

「今度からは離れるときは、一言声をかけて、ね?」

「ん」

「それならこれで、仲直り」


 空と繋いだ手を軽く前後に揺らす。

空も知らず、足取り軽く跳ねるように歩いている。


「空。ヒデ語はいつ覚えたの?」


 届かない夕焼けに跳ね歩く空にした質問。

彼女はきょとんと見上げて言った。


「なんか、分かった」


 絶句した。

わたしは教えていないのにいつの間に、なんて考えていた、斜め方向から殴られたような心地だ。


「ご本読んで、ママやここの人たちがしゃべっている言葉を聞いて……」


 空はそんなわたしを余所に、頑張ってどうやって覚えたかを伝えようとしてくる。


「そしたら何となくわかったから、喋った」


 それでも、伝えられる結論は常人離れした異能力。


 わたしは確信する。

やはりうちの子たちは、みんな天才だった。と。

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