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第33話 初めての海外 5

「美味しかったねぇ」

「はい! ロブスター初めて食べたけど、身がぷりっぷりで美味しかったです!」


 満腹になったお腹を摩って感想を言うと、とても嬉しそうに花ちゃんが同意する。

海もけぷ、と満足そうな可愛いげっぷを吐いていた。


 潜水艦から上がってすぐ。

停留所の近くにあったレストランでお昼ご飯と洒落込んだ一同。

シーフードがメインのレストランで、ロブスターを目玉としていたそこに対するわたしの評価は、『めちゃくちゃ良かった』。

空腹がスパイスになって、普段よりもおいしく感じたのかもしれない。

腹ペコ空ちゃんも夢中になって殻から身を剝いでいた。

陸はロブスターよりもシーフードグラタンが気に入ったらしく、もう一杯と強請って、デレッデレの義父じいじに注文してもらっていた。

海は、和食はさすがに無くて落ち込んでいたけれど、隣で花ちゃんが美味しそうにロブスターを食べている姿を見て、釣られて手を伸ばしたら案外気に入ったようで、最終的に美味しいと言いながら食べきっていた。


「陽毬ー。今日はこれからどうするの?」

「そうだねぇ。子供たちの疲れ方とか、様子を見て決めようかなとは思うけど……」


 もし疲れていなければ、お土産を買いに行こうかな。と呟くと、たった今お手洗いから戻ってきた義父母が賛同する。


「いいじゃない。最終日になって慌てるよりもずっといいわ」

「会社の奴らにも買って行ってやるかぁ」


 のんびりと語り合う義父母の姿に和む。


「この国のお土産者の定番はチョコレートみたいですよ。なんでも、自国生産のカカオを使って作っているそうです」

「まあ! ばらまきもできるお土産なんて素敵じゃない」

「あとは民芸品とか……。トゥの島のものではないみたいですけど、トゥラム諸島の島の一つで作られている食器が、中々可愛い柄してます」

「陽毬さん、物知りなのねぇ」

「いやぁ、もらったパンフレットにそう書いてありまして……」


 何につけても肯定的に褒めてくれる義母にむず痒さを隠しきれなくなり、パンフレットを彼女に見せる。


「パンフレットを読み解けるなんて、すごいわ!」


 お義母さん。目の前にいる人間を三歳児か何かと勘違いしていませんか?

わたしは訝しんだ。


 それと同時に、きょろきょろ辺りを見渡し、不安そうな海の姿が気に止まる。


「海? どうしたの?」


 海はわたしの服の裾を掴み、おずおず、囁くような小声で告げる。


「陸と空が、いない」



***


 走る、走る。

息が切れる。

胸が痛い。

運動不足の体では、酸素がうまく取り込めない。


 でもそれよりも今は、視界が歪むほどに胸が苦しい。

どうして目を離してしまったのか。

陸は活発だからすぐ体が動くことなんて分かりきっていたでしょう。

空は普段は聞き分けのいい子だけど、陸や海が絡むとどんな行動をとるか分からないなんて、とっくに。


 後悔と、わたしがわたしを責める言葉が脳内をリフレインする。

何度も、何度も、何度も巡る。

その度に泣きそうになりながら、歯を食いしばって前を向く。


「陸ーっ! 空ーっ! どこーっ!!」


 大声で叫び続けて、喉ももう枯れてきている。

それでも必死に叫んで叫んで、叫び続けて。


「陽毬さん! 警察には連絡した!」

「陽毬! こっちにはいなかった!」

「ああ、神様、どうか、どうか……!」


 集合場所に決めた、お昼ご飯のレストランの前に戻る。

もしかしたら、もう戻ってきていると期待して。


 期待は期待でしかなかった。

肩を落とし、力が抜けそうになる体に、何とか力を入れて再び立つ。


「今度はあっち行ってみる!」

「待ちなさい、陽毬」

「なに!」


 静止をかけてくる母に、苛立ちをぶつけてしまう。

息が上がり、肩は忙しなく上下して、それでも足は動かないとと焦るのに。

 母は呆れたように肩を竦める。


「水を飲んでいきなさい。陽毬が倒れたら、陸くんも、空ちゃんも悲しむわ」


 もちろん、海くんも。

ちら、横目で確認する母の視線の先。

不安に怯えた海の姿があった。


「……ふー……」


 苛立ちを鎮めるべく、大きな深呼吸を幾度か。

跳ね上がる鼓動を奏でる心臓は、幾ばくか落ち着いてきた。


「お母さん、ありがとう」

「しっかりなさい。三つ子ちゃんのお母さん。あなたのお母さんは、大使館にも連絡するわ」


 大丈夫よ。

励ますように肩を叩く母の声は、普段より何トーンも明るく跳ねる。


「ここは島国だし、一日あれば大人でも回り切ることができる広さよ。陸くんだけならともかく、空ちゃんもいる状況で泳いで出ていったりしないわ」


 枯れた喉では咄嗟に声を紡げず、わたしは何度も頷いた。


「行ってくる!」


 再び動き出そうと踵を返す、そんな時。


 トゥルルル、トゥルルル。


 デフォルトから一切変えていない着信音。

知らない番号からの着信があった。


「だれ?! こんなときに……!」


 落ち着いた苛立ちが再沸騰しそうになる。


「だれから?」

「分かんない。海外番号だ、これ」


 これで詐欺電話なら怒鳴りつけてやる。

そう思って恐る恐る受話器ボタンをタップする。

そして。


『もしもし』

「あっ、ママ! 空だよ、陸もいるよ!」


 電話に出た相手は、ずっと探し回っていた子どもたちだった。

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