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第56話 もしも快晴を言葉にするなら 1

『わお! まさか一軒家を借り切ってしまうとは!』

『たまたま一棟貸しのヴィラが安くなっててよかったです』


 感激したように両腕を広げて感動の言葉を吐き出すアルス=マオ=リザレン教授。

彼は扉を広げるが否や、『おお!3LDK!』とあっという間に間取りを把握していた。


『リザレン教授。そちらの一室をお使いください』

『いいのかい?!』

『ええ。荷物を整理しましたら、今後のスケジュールを話し合いましょう』

『もちろんさ! ひゃっふーい!』


 まるで子供のように一室に飛び込む教授を、苦笑いで見送る。


「ママ。空たち、どこのお部屋に行く?」

「空とお母さんが一緒でもいい? 一部屋にベッドが二つしか無いみたいだから……」

「うん! じゃあ、陸と海そっちのお部屋でいい? 空たちこっち!」

「はいはい」

「じゃあ、またあとで」


 陸海のふたりも部屋に入り、閉じこもる。


「空も置いてくるね!」


 パタパタ駆け込んでいく空の背中を視線で追い、ヴィラの中をぐるりと見渡す。


 平屋建てのリゾートヴィラ。

海こそ無いものの、山に囲まれた高台にあるこの地は、夏であるはずなのに、とても涼しい。

薄手の長袖でも活動できるくらいの気温。

 海は近くにないけれど、川は近くにあったのはリサーチ不足。

調べていれば、水遊びもできたはずと少しだけ悔しく思う。


 三つの個室、大きなリビング、併設された広いキッチン。


 それから、ひときわ目を引く大きな像。

人の女性を模した像は、十字架を背に祈りを捧げるよう、手を組んでいる。

目の前には白いテーブル。

何かの信仰にも見えるこれは……。


『ここで昔暮らしていた民族の、信仰していた神の像だね』

「!!」


 背後から突然話しかけられ、思わず身を跳ねさせる。

その拍子に、テーブルに腰がぶつかり、大きな音を立てた。


『び……っくりしたぁ……』

『や。ごめん、ごめん。荷物も置かずに魅入っていたから、気になってしまってね』

『いきなり話しかけないでください。心臓に悪すぎます』


 まだバクバク鳴っている。

打ち付けた腰が痛い。

擦りながら体勢を起こすと。ガタン!

背後で何かが外れた音がした。


「え、なに」

『わあ! なるほど、ここの民族たちは表向きはこの像を信仰しているように見せかけて……こうやって、信仰を偲んでいたのだね!』


 恐る恐る背後を確かめると、そこにあった巨大な像は外れ、代わりに狭い空間が姿を現した。


『な、なんですか、これ』

『推察するに、信仰の隠れ蓑ってことさ』


 教授は空間を隅々まで調べ、小さな別の像を発見する。


『このヴィラは、新しいものではないと察するが、違う?』

『歴史のある古い建物とは聞いていました』

『そうだろうとも。おそらくその建物をリフォームして、観光客用に貸し出しているのだろう。この祭壇をそのままに』


 持ち出した小さな像を机の上へ。

教授は表にあった像の扉を元のとおりに閉める。


『これはボクの推論なのだがね。昔、この建物に住んでいた民族……。わかりやすいように、A民族と呼ぼう。A民族は、この小さな像の方の神を信仰していた』

『……はい』

『しかし何らかの理由で侵攻してきた別の……B民族。彼らはA民族を支配し、その信仰までも縛ろうとした。この、巨大な信仰の扉を持って』


 女性像を指差した教授は、しかし! と興奮気味に語気を荒げる。


『人の信仰心など、一晩二晩で書き換えられるはずがない! A民族は、こっそり自分たちの神を崇めることにした。表向きはこの巨大な信仰を崇めるふりをしながら』


 彼らは、像の後ろに穴を掘り、そこに小さな像を飾ったのだろう。

そう締めくくった教授は、いやに長く、深く息を吐く。


『ふ、ふふふ、面白い。これだから歴史というものは面白い!』

『教授は言語学者だったのでは?』

『そうとも! 人の歴史に言葉あり! 言葉を知ることは、歴史を知ること! あなたの腕に下がるそのブレスレットに思い出という歴史があるように! ああ、空さんを連れて、歴史の証人に会いに行くのが楽しみだ……!』


 教授は、昔、空からもらった旅の思い出を連ねたブレスレットを見て、目を細めた。

けれどそれも一瞬のこと。

たちまちトランス状態になった彼は、高笑いを響かせている。


 研究者って、みんなこんな感じなのかしら。

わたしはこっそり訝しんだ。


「母さん、大きな音したけど、大丈夫?」

「なんか奇声も聞こえたけど……。そこのオッサン?」

「陸、せめておじさんって言えよ」

「オジサン」


 心配した様子のふたりが部屋から出てきた。


「ごめんね、お母さんちょっとコケちゃって」


 海の視線は背後のテーブル。

状況を把握して、呆れたため息。


「気を付けなよ。旅先でケガとか笑えないから」

「気をつけまーす……」


 シュンとしながら苦笑い。

ふたりは着替えずそのままの服装で、リビングの中でくつろぎ始めた。


『空さんは?』

『多分もう少し……』


 教授が翌日以降の話し合いをしたくて溜まらないとばかり、みんなが揃うのを今か今かと待っている。


『……ちょっと荷物だけ置いてきますね』

『ああ! すまないね。話し込んでしまった』

『いえ。とても興味深いお話でした』


 微笑み、荷物を持ったまま部屋の扉を開けると。


「……空? その格好は?」


 扉の前には、短パンに袖を捲って七分袖。

コスプレタイプの冒険家の服を身に纏った空が立っていた。


「これから冒険だから! 冒険といえば、冒険家でしょ!」


 双眼鏡を両手にキラキラお目々。


「むん?」


 ……わたしは空の肩を掴み、無言でくるりと半周。部屋に押し込んだ。


「今日はもうここから離れないから、着替えてきなさい」

「えぇー?!」


 ヴィラの中、空の不満気な声が響き渡った。

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