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第55話 進路相談 4

「空?! どうしてここに」

「教授とお話がしたいって、多分空のことだと思って! それなら、空もいた方がいいでしょ?」


 いつもの調子でわたしの隣を陣取る空は、真正面に教授を捉える。


『空もここにいていいよね?』

『もちろんさ!』


 大歓迎の教授。

彼がいいなら、別に否やは無い。

肩を竦め、わたしは気を取り直す。


『空。さっき教授から色々お話を聞いてね。空は、夏休み、教授のアルバイトやってみたい?』


 空は唇を尖らせた。

尖らせて、むーん。って言いながら、控えめに。


『行ってみたい……けどぉ……』


 随分悩んでいる様子。


『どうしたの? 何か気になることがある?』

『懸念があるなら言ってほしい。疑問を抱えたままでは、後々困るだろう』


 わたしたちの後押しあって、モゴモゴ口ごもり、空はあのね、と口に出す。


『バイトをしたら、大学に行くの、決まっちゃうのかなって』


 目を瞬かせる。

なるほど、空はアルバイトを、内定後のインターンと似た感じに捉えていたらしい。


『空。このアルバイトは、みんなが夏休みとかにする短期アルバイトって考えればいいと思うの』

『短期アルバイト?』


 首をかしげる空の目が、不安の気配を揺らしてる。


『そう。もしくは、空が教授の助手になったらこういう仕事をするんだって確認するためのものでもいいと思う』


 でしょう?

教授へ視線を投げかけると、彼はウインクで受け取った。


『そうとも。お試し職業体験さ。もし、仕事の内容が合わないって思うなら、別の道を探してもいい。合うって思うなら、前向きに考えてもらえると嬉しい。そんな気持ちでボクは空を誘ってるよ』


 お試し体験。

幾度も繰り返す空。繰り返す度に、そうとも、そうとも。と肯定し続ける教授。


『……それなら、やって、みようかなぁ』


 教授、空から見えない机の下で小さくガッツポーズ。

正面からは見えないだろうけど、斜めからは見えてますよ、教授。


『あ、でもね、教授。ひとつお願いがあるの』

『叶えられることなら、なんなりと』


 気障ったらしく自身の胸に手を当てる教授を華麗にスルーして、空はわたしの腕に抱きついた。


『ママと……陸と、海と、空の家族たちも一緒に行ってもいい?』


 家族旅行!

息巻く空に、わたしは目を丸くした。


***


「……と、言うことで」


 帰宅後。

急遽陸と海も集めて、緊急家族会議を開いた。


「今年の家族旅行だけど……」

「空の初バイト! 兼! 家族旅行!」

「……ということなの」

「オッケー、大体理解した」


 頭が痛そうにこめかみを揉む海。


「それで、どこに行くんだ?」


 陸は受け入れ態勢が非常に早かった。

早速空に聞き取りを始め、空も楽しそうに話している。


「あのね! 教授が言うには、少数民族が集まって形成された国なんだって! だから、公用語として使われている独自の言葉の他に、民族間で使う独特の言語があるらしくって……」

「ほーん。で、空はどこに取材に行くんだ?」

「山岳地帯に暮らす民族のところでー、使っている言語を、教授はくぁぅせふじこ語って呼んでいたかなー」

「なんて?」


 うん。なんて?


 そんな、古のネット掲示板に出てきそうな叫び声に似た、トンデモ名前の言語があるなんて、お母さん、生まれてから一度も聞いたこと無いわ。


「世界って、広いのね……」

「どんな言葉かまったく想像がつかない」


 遠い目になって呟く傍ら、空もお揃いの遠い目をしていた。


 空は、「いま、その言語を使えるのが世界で十人しかいないんだよ!」などと熱弁を振るっている。


「意外と、空はこの道も向いているのかもしれないわね」

「そうだね。空、自分の特技を披露することが、今まで、ずっとできなかったから」


 同じように空を見つめる海の目は、妹を見守る兄の瞳。


「海。今回は空の付き添いのような旅になるから、水中のアクティビティはあまり……ないかも」


 ごめんね。そう言えば、海は存外穏やかな視線をこちらへ向けてくる。


「気にしてない」

「……本当に?」

「本当。それよりも、空が生き生きしている方が、ずっと嬉しい」


 海のイケメン発言。

これは世の女の子が放っといてくれませんね。

そう思うものの、女子人気は陸の方が高いのだと、前、空が言っていた。


 曰く、「海は恋人至上主義すぎるのよ」とのこと。

相当、花ちゃんのことをデレッデレに公にしているらしい。

わたしはこっそり笑ってしまった。


「……そうだ」

「はいはい? どうしたの?」

「行く国の名前を聞くの、忘れてた」


 面白そうな体験とかあるか調べたい。

そう言う海は、わたしから行き先を聞いて、その目をまん丸く見開いた。


「でも、そこって紛争地帯じゃ……」


 困ったように眉を下げる海。

そうだったのかと、海の知識量に驚くわたしの横から、空がひょっこり顔を覗かせる。


「隣国が紛争地帯のところだよ! 教授も安全を考えて、隣国に近いとこには行かないで、内陸の方で活動するって言ってる」


 空の付け足しを聞いて、幾ばくか安心した風の海。

わたしは海に、感心しながら口を出す。


「海、やけに詳しいね? あとでハザードマップは見るつもりだったけど……」

「あー……」


 言いにくそうに視線を逸らす海。

その視線の先には、海のカバン。

躊躇いつつ、そのカバンから一枚の紙を引っ張り出した。


「……学校で、こんな募集のお知らせが来てたから……」


 興味を持って調べてた。

そう言う海から受け取った印刷紙には、求ムと大きく描かれたポスター。


「自衛軍の……募集?」

「学校には、兵士じゃなく、事務方とか、裏方の仕事の募集が来ているみたいで」

「海、興味あるの?」


 大学進学から、軍に希望を移すのだろうか。

……だけど、懐深く、結構自由に子供たちを育ててきた自負のあるわたしでも、その選択はさすがに喜べない。

もし本当であれば、一度は止めたいと思う。

そう思っていると、海は勢いよく首を振って否定する。


「まさか! ……だけど、世界には色んなところで紛争とか、戦争が起こってることを考えて、目を引かれただけなんだ」


 戦争って、なんなんだろうって。


 海のなんてことの無い呟きが、やけに重く胸に残った。

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