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第58話 もしも快晴を言葉にするなら 3

「はぁっ、はあっ!」

『冒険にはこんな危険も付きものさ!』

『初っ端から大ピンチなんだけど教授ー?!』


 空は今、逃げています。

何で追いかけられているかわかんないけど、逃げています。


〔◎ωく!〕


 なんか分からないけど! 草刈り鎌っぽいのを振り回すおばあちゃんから! 逃げています!!


『空! 彼女は何と言っているんだ?!』

『あの人声発してないから何言ってるか分かんない! です!』

『なんてことだ!』


 あの追いかけてきているおばあちゃんは。

というよりも、恐らく教授が目的としていた民族の人は、あの人しか見ていない。

そのうえ、コミュニケーションを取る間もなく追いかけられているから、言葉が分からない。止まってほしいとかも言えない。困った。


『絶対教授があのベルっぽいの鳴らしたからでしょ!』

『興味をひかれたものは片っ端から触るんだ、空! それが研究者というものさ!』

『リスクヘッジはちゃんとしてから言って?!』


〔´◎ω◎`〕


 ちらちら後ろを振り返りながら逃げているけど、あのおばあちゃん本当しつこい!

表情だってなんかくるくる変わっているし! 笑顔だったりしょんぼりしたり、どういう感情……?


(表情?)


 そういえば、世の中にはいろんな言語があるって知ってはいるけど、実はボディーランゲージも言葉の一つだって聞いたことがある。

いわゆる、

人は体の動きも言葉にしてしまえる。

 それと同時に思い出すのは、

口笛の音、高低差、その他諸々の要素でコミュニケーションを取る人たちもいるという。


(表情が、言葉になる?)


 単純に表情豊かなおばあちゃんなだけかもしれない。

鎌を振り回しているから、失敗したら怪我じゃすまないかもしれない。


 怖い。

でも、それ以上に。


(この機会、逃したらもう二度とこの人とはお話しできないかもしれない)


 人の出会いは一期一会。

明日会える人もいれば、生きているうちに二度と会えない人もいる。

パパとはもう二度と会えないように、この人ともこんなバッドコミュニケーションの記憶を残したまま、もう二度と会えなくなるかもしれない。


(それは、なんか、やだ)


 足が止まる。

勢いをそのままに突き進む教授が、驚いたように振り返る。


『空?!』


 教授には悪いけど、これは空の好奇心なんだ。

これが空が、言葉を学ぶ理由なんだって、空は思うから。


〔◎へ◎?〕


 おばあちゃんの足も遅くなる。

空はおばあちゃんに向かって。


〔*〇ω〇*!!〕


 ……何も考えていないような、満面の笑みを浮かべてみた。


〔Σ◎ω◎〕


 おばあちゃんが驚いたように立ち止まる。

しばらくその表情のままで立ち止まり……。


〔◎∀◎〕

 と、おばあちゃん。

〔´〇ω〇〕

 と、空。

〔´◎ω◎〕

 と、おばあちゃん。

〔 ;∀;〕

 と、空……。


『そ、空? 君は何を……』

『しっ。教授黙って』


 何度か表情を交わし合う。

何度目かの末に、空は、おばあちゃんのを見つけた。


〔なんだい。お嬢ちゃん。の言葉が分かるんか?〕


 おばあちゃんの目の下。

徹夜をするとクマが見事に出来上がるそこに、表情が変わるたびに、痙攣するなにかがあった。

それは規則性のようなものがあって、空の表情を変えた時の反応とか、そういうものを交わし合う内に……


 


(分からない単語もいっぱいあるけど)


 さっきもおばあちゃんがってその単語はよく分からない。

だけど文脈的に、わたし、とか、もしくは空みたく、自分の名前を言っているだけかも。


〔なんとなく。さっきはにげてごめんなさい。空たち、おばあちゃんを怒らせるつもりはなかったの〕

〔何を言う。怒っているつもりなどないわ〕

〔え? でも、その鎌……〕

〔んん? ……ああ、さっき庭の草刈ってただけさね。に生えて仕方ないったら〕


 肩の力が一気に抜けた。

なんだ。おばあちゃん、怒ってるわけじゃなかったんだ。


〔でもあんた達はなんだい? 来客の合図が鳴ったから様子を見に来たら……。一目散に逃げよって〕

〔ごめんなさい。おばあちゃん、鎌持ってたから……怒ってるのかと思って、逃げちゃった〕

〔はーぁーん? なるほどなあ。これがダメだってことか〕


 納得した様子のおばあちゃんが、鎌をいそいそ腰に差す。

むき身のまま?! って驚いたけど、腰に鎌を入れるケースみたいなものがぶら下がっていた。なるほど、安全。


〔ま、入んな。お茶と話くらいならしてやれるっけね〕

〔わーい〕


 おばあちゃんに誘われるまま、空が後ろを着いていこうとすると。


『空たちはさっきから何をしているんだい!?』

『あ、忘れてた』


 背後に置いたままの教授が、へっぴり腰ながらも近付いてきていたのを、すっかり放置していた。


『ごめんね教授』

『いきなり変顔をし始めたと思えば、ご老人は鎌をしまうし! 空、君は一体、どんな魔法を使ったんだい?!』


 興奮したように、しかしどこか怯えたように聞いてくる教授。

空はうーん、と間延びした声を出すと。


『……言葉っていう、魔法』


 そう言って、笑って見せた。

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