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第3話 まだ静まった校舎内 2

 ずっと見下ろしていて凝った首を解すように、陸は頭を傾けてコキッと音を鳴らす。

 全身大きく伸ばして伸びをして、一息ついたあとようやく、ジト目で私を見下ろしてきた。


「本当に鬼沢教官が先輩を探していたのかよ」


 そのジト目には呆れの感情が多分に含まれていた。

私はにっこり笑う。


「鬼沢教官は荷物持ちをから、嘘は言ってないよ?」

「お前、段々とんでもない悪女に育って来てないか?」


 失礼な。


「この可愛い顔が悪女顔と申すか」

「中身が男を弄ぶファム・ファタールになって来てるって言ってんだよ」

「陸が難しい言葉を知っている……?!」

「おいコラ」


 陸をからかって遊んでいると、海からハッとした声がかかる。


「壁に寄っておけ。足音が多い。多分総合上位が来る」


 言葉が終わると同時、廊下の先からゾロゾロ大勢を引き連れた、一人の男が現れた。


 黒髪長髪、甘いマスクの優男。

二年次生総合成績第一位。


犬飼いぬかい すい


 女の子からきゃあきゃあ言われそうな甘い笑顔を振りまいて、取り巻きの人たちと歩む彼は、こちらの方を見て反応した。


「やあ。陸」

「どうも」

「つれないね。チームメイトなんだから、もっとフランクに行こうじゃないか」


 ゆったりした動作で歩み寄る彼に顎先を摘まれている。

どうやら陸は、先輩のこの仕草を以前もされていたのか、戸惑うこともなく淡々としている。

心底うんざりした顔を見せてはいるけれど。


「やめてください。弟妹に勘違いされるじゃないですか」

「ふふふ、いいじゃないか、勘違いさせておけば」

「マジでやめてください」


 背後に薔薇を背負う雰囲気がピッタリな、耽美な先輩だ。

人の性自認やその他諸々の感情は人それぞれだし、とやかく言うことではないとは思いつつ、その対象が陸かぁ。

なんて、他人事のように考えていると。


「陸自慢の弟くんと妹さんだね。こんにちは」

「こ、こんにちは」


 距離感がバグっていると思えるほどの近距離まで顔を近付けられたから、思わず陸の背後に隠れた。

次にターゲットにされそうな海も同じく、警戒しながら陸の背中を盾にした。


「ふふ、可愛い弟妹だね」

「手ぇ出さないでくださいよ」


 薔薇を背負ったままの先輩は、また妖しく笑った。


「しかし……」


 陸に微笑みかけていた翠先輩は、陸の背中に隠れた私たちをチラと見る。


「陸の見た目が美しいから期待はしていたけど……」


 怪しく甘い笑みに滲む不穏な気配。

薄く艶めかしい唇が形を作り、台詞を一節吐き出す。


「期待以上だ」


 瞬間、陸が動いた。

背中から後ろの姿が一切見えないように、両腕を大きく広げて、喉から威嚇の重低音。


「手ぇ出すなっつってんだろ」


 先輩が、出そうとしていた手をパッと引っ込める。

瞬間、殺気立つ先輩の周りの取り巻きを、宥めるようにおどけた声。


「ふふふふ、本気にした?」


 相手が出した手を引っ込めて尚、陸の警戒は緩まない。

大型の狂犬のように歯を剥き出しているかは、背中に隠れている今は分からないけれど、多分そんな気概は感じる気がする。


「陸はからかうと面白いね。この学校でそうやって、愉快なままでいてくれよ」


 彼が文句を言いたげな周りを手で制していると、翠先輩が来た方向とは反対側の方向から、ヒールの硬質な音が響いてきた。


「ちょぉっと、翠。ウチの可愛いルームメイト、虐めないでくれないかぃ」

「瑪瑙先輩!」


 そこには白い制服に身を包み、白い軍靴のヒールを高らかに鳴らす、瑪瑙先輩がひとり。


「やぁ、瑪瑙。ひとりかい?」

「ゾロゾロ引き連れてるのって、自分は見た目だけ豪勢で中身スッカラカンの無能でぇすって言っているようなものだから。苦手なんだよねぇ」

「おやおや。ならばその中身スッカラカンの無能よりも順位が低い君はなんなのかな?」

「ウチらは毎度入れ替わるじゃないかい。前回たまたまお前が一位だっただけのこと。今吠えると、後から辛いぞぅ?」


 お互い穏やかな微笑みを浮かべているのに、その間にはバチバチ迸る火花が見えてしまう。


(この二人、仲が悪いのかな?)


 犬猿の仲というのだろうか。

その割に、なんだか翠先輩は楽しそうに見える。

言葉にするなら多分。


(喧嘩するほど仲が良い?)


 彼らにそれが当てはまるのかは別として。


「さっさと準備した方がぁ、いいと思うんだけどぉ?」

「そっくりそのままお返しするよ」

「ふん。今回のウチのチームメイト、優秀な子が多いから、問題なんてこれっぽっちもないんだよねん」

「随分な自信だね。ならばこちらは秘密兵器があると匂わせておこうかな」


 瑪瑙先輩が、はん、と鼻を鳴らして片頬を歪め、嘲りの笑みを浮かべた。


「どんな秘密兵器が出てくるのか、虚勢じゃないことを願うばかりだねん」


 瑪瑙先輩の挑発にも似た返答に、余裕そうな笑顔を浮かべて、翠先輩はひらりとこちらへ手を振った。


「じゃあ、陸、また後で。妹さんたちも、またね」

「しっしっ。さっさと立ち去れぃ」

「まったく。瑪瑙はいつもつれないね」


 終始余裕が崩れない翠先輩は、軽快な笑い声を上げながら、周りの取り巻きを引き連れて、廊下を歩いて消えていった。


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