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第4話  まだ静まった校舎内 3

「ごめんねぇ、夏ちゃん。変なやつに絡まれちゃってぇ」

「瑪瑙先輩、大丈夫なんですか?」

「んん? なにがぁ?」

「その……。さっきの先輩、総合成績一位だって……」


 懸念を口に出すと、彼女はあぁ! って声を上げて手を打った後、何でもないようにケラケラ笑う。


「あれなぁ。総合成績でなんか扱いが変わるってぇのは夏ちゃんたちも知ってることだろうけどねん」

「はい」

「だけど、実際はあんまし関係ないんだよなぁ」

「関係……ない?」


 はてなと首を傾げると、彼女はそうだと肯定する。


「そ。たしかに、最下位と一位じゃ天と地の差があるけどもぉ。上位の、特に上位五人は割とコロコロ順位が変わるからなぁ。あんまし差が付いた態度ってぇのはやってないんだな、これがまた」

「順位がコロコロ……変わる?」


 理解が追いついていない私を見た瑪瑙先輩は、あ。の形に口がポカンと開いた。


「そっかそっか。一年はまだ説明されてなかったわぁ。それは失敬」


 こほんと咳払い。

緩い口調は変わらずで、瑪瑙先輩は授業のように説明を始めた。


「総合成績っていうのはぁ、一年のうちの試験ぜーんぶまとめて付けられるって説明されたぁ?」

「はい」

「そだねそだねぇ。でもそれって一年まででぇ、二年からは試験ごとにポイント制なんだよねん」


 瑪瑙先輩曰く、二年次生は大きな試験ごとにポイントをもらえて、そのポイントで順位が決まっていくのだという。


 つまり、今回の試験で一位でも、次の試験で逆転される可能性は十分にあるということ。


「ちなみにポイントは累計制なぁ。試験ごとの合算で、その時点の順位が決定されるんよ」

「えっと、今回の試験で五ポイントもらったとして、二回目の試験でもう五ポイントもらったら、累計して十ポイントが、二回目の試験での取得ポイントってことですか?」

「そゆこと。ちなみに一年も実はポイント制だぞん」

「え?!」

「一年のポイントはぁ、二年のスタートラインを決める積み立てってことだねん」


 知らなかった裏話まで話して、驚く私たちの姿を見て満足したのか、瑪瑙先輩はポケットから筒状の何かを取り出した。


(水筒だ)


 カポカポ音を立て、小さな水筒から熱々の液体が、水筒とセットのカップに注がれていく。


(暑い時期なのに熱い飲み物飲んでる)


 変人だ。

同室だから、普段の言動から変わった人だとは常日頃思っていたけれど。

今の行動はそれに拍車をかけて、瑪瑙先輩の評価を変人へと変貌させていく。


「うーん! まずい! もう一杯!」

「まずいのに飲むんですか」


 思わず突っ込んでしまった。


「癖になるのよねん。苦くて不味いけど」

「何飲んでるんですか」

苦丁茶くていちゃ

「罰ゲームですか」


 世界一苦いお茶じゃないか。


「そいじゃあ夏ちゃん、また後でねん」


 世界一苦いお茶を、常に持ち歩いている疑惑の水筒から突然飲みだすという奇行を披露した瑪瑙先輩は、ひらひらゆらゆら、クラゲの歩みで、軍靴の音を高らかに鳴り響かせ、廊下を颯爽と歩いていった。


「……嵐みたいな先輩たちだったな」


 海がポツリと呟いた。

私たちは無言で同意した。


「なに、空、お前夏って呼ばれてんの?」


 陸に聞かれる。

不服に思うけれど、小さく頷いた。


「毎回訂正してるんだけどね。ずっと夏って呼ぶの」

「変な先輩」

「だよね」


 海の正直な感想。私と全く同じ感想。

それよりも、私は翠先輩の方が印象強く記憶に残った。


「翠先輩怖いんだけど。なに、陸、狙われてるの?」

「知らん。何かチーム決まってからずっとあんな感じで俺も怖いんだよ」


 私は怯える陸に提案した。


「……陸、縮むのやめな?」

「そもそも縮むの自体無理だから」

「ならよかった」

「なんでだよ」

「多分、翠先輩よりも身長縮んだら陸、あっという間にお姫様にされる気がする」


 陸はゾッとしたように二の腕をさすった。


「冗談でもやめろよ。笑い事じゃねえって」

「ははっ」


 乾いた甲高い笑い声を虚無に上げる私に、海が呆れたように注意をしてきた。


「空も気をつけたほうがいいんじゃないか」

「私も?」

「妙に空を見る目が粘着質に見えたから」

「手当たり次第? サイテー」


 割と笑い事ではない現実に、アハアハみんなで空笑いをするしか無かった。


「あれが陸のチームメイトかぁ……」

「……がんばれ」


 哀れみの視線を二人で送れば、両手で顔を覆う陸。


「守れっかな。貞操」

「防犯ブザー持っとく?」

「クマ撃退スプレーもあるぞ」


 防犯グッズを手渡せば、力なく受け取って、陸はポッケにしまい込んだ。


「今日の試験、頑張ろうね」


 慰めるように陸の背中に手を当てる。

反対側から差し出された手は海のもの。

それは私の手と重ねられるようにして、陸の背中を支えた。


「別チームなのは初めてだな」


 どこか不敵に笑いながら、海はそう笑う。

今までは、何をするにしても二人と大体一緒だった。

それが違うだけで、わずかに感じる不安。


「手加減はしないぞ」


 けれど、陸がそんな事を言うものだから。

不安を隠して、精一杯の意地で私は強がる。

陸の背後、誰にも見えない挑戦的な笑みを浮かべ、私は精一杯口角を上げた。


「どんとこい」

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