第11話「狂気の男、サイト」
廃墟での戦いを終え、ハイネたちは再び予選フィールドを進んでいた。
砂煙の立つ瓦礫の間を駆け抜けると、前方に別のチームの姿が見えた。
「……あそこにチームがいるぞ。どうする?」
レントが大剣を構え、周囲を警戒する。
だがその瞬間、ナイアが顔をしかめ、思わず後ずさった。
「い~や~……あいつはやめとこう! うん! 撤退! すぐに!」
「えっ?」
意味が分からないまま、ハイネたちはナイアの指示に従い、一斉に身を翻した。
だが、走り出した直後、空から重いものが落ちてきた。
鈍い音と共に地面に転がったそれを見て、ハイネは思わず息を詰めた。
「……バイオロイド……?」
いや、もうバイオロイドだったものだ。
四肢は引き裂かれ、胸の機械の心臓は砕かれ、光を失った眼が虚空を見つめている。
ナナミが息を呑み、ミミミは顔を覆った。
リラリは無言でハイネの腕を握りしめる。
その時だった。
背後から軽やかな声がした。
「やぁ、ナイア! 久しぶりだね! 今からでも僕のチームに入る気はないかい?」
歩いてくるのは、先ほど見かけたチームの……いや、二人だけだった。
だがその後ろには、無残に破壊されたバイオロイドと、絶望に膝をつく人間たちの姿が転がっている。
「……あれ、全部……」
ハイネは声を失った。
ナイアは一歩前に出て、低く言い放った。
「やだな~。バイオロイドをぐちゃぐちゃにする奴についていくわけないだろ?」
普段の軽さとは違う、真剣で冷え切った声だった。
男は首をかしげ、どこかどうでもよさそうな笑みを浮かべる。
「そっか。残念だな。一緒に遊んで壊れなかったのは君たちが初めてだったのに」
その目は楽しんでいるようで、底の見えない虚無が漂っていた。
「まぁいいや! じゃあ本戦でまた遊ぼうね!」
軽い口調で言い残すと、男はふっと背を向け、瓦礫の向こうへと歩き去っていく。
その後ろ姿に、誰も声をかけることができなかった。
沈黙が訪れる。
ハイネは拳を握り、低く問う。
「……あいつ……誰だ……?」
ナイアが短く息をつき、険しい目で答えた。
「……あいつはサイト。バイオロイドをおもちゃとしか見ていない、狂った奴さ」
ハイネは怒りに声を震わせ、リラリは胸の心臓を押さえた。
戦いの中で生まれた暖かさが、今はただ痛むだけだった。
サイトの後ろ姿が瓦礫の向こうに消えると、フィールドには重い沈黙が降りた。
ハイネは拳を握りしめ、肩を震わせていた。
「……ふざけんなよ……あんなの……」
ナナミはミミミを抱き寄せ、目を伏せたまま震える声を漏らす。
「……あいつ……許せない……こんな……バイオロイドを……」
リラリはその場にしゃがみ込み、胸の機械の心臓を押さえた。
内部から響く鼓動が、不安と怒りで不規則に鳴っているのがわかる。
「……ハイネ様……私……ああいう者と戦うんですね……」
ハイネはリラリの肩に手を置き、必死に言葉を絞り出した。
「……怖いよな。でも……あんな奴を野放しにはできないだろ。お前を……誰も傷つけさせない」
リラリは顔を上げ、ゆっくりと頷いた。
「……はい。私も、ハイネ様を守ります」
ナイアは黙っていたが、やがて深く息を吐き、普段の軽薄さをかなぐり捨てたような真剣な目で言った。
「サイトは……代理戦争の常連だ。勝つためなら、平気で仲間のバイオロイドを壊す。遊び感覚でな」
タイチが眉をひそめる。
「そんな奴が許されるのかよ……」
「……許されてるさ。戦場だからな」
ナイアは苦く笑う。
「あいつと出会うときは、覚悟を決めろ。あれは狂ってる。普通の戦いじゃ勝てない」
レントが静かに立ち上がり、大剣を背に収めた。
「ならば俺は、あいつを討つために剣を振るう。家の復権だけじゃない。こんな戦いを終わらせるために」
その言葉に、ナナミもハイネも強く頷いた。
リラリとミミミは互いの手を取り合い、決意を込めて見つめ合う。
「……ナイア。あんたも覚悟、決めてるんだろ?」
ハイネの問いに、ナイアはいつもの笑顔を見せたが、目だけは鋭かった。
「もちろんだよ。俺たちは絶対に勝つ。サイトみたいな奴に、これ以上好き勝手はさせない」
その決意の言葉に、チームの全員が強く頷いた。
再び走り出す足取りは迷いなく、予選の続く戦場へと向かっていく。
遠くで、また別の戦闘音が響いた。
誰もが胸の奥に怒りと覚悟を抱えたまま、次の戦いへ進んでいった。