第12話「サイトの影、予選の終わり」
予選フィールドの一角。
そこはもはや戦場というより、廃墟に取り残された悲劇の跡だった。
敵チームはサイトによって蹂躙され、ほとんどの人々が絶望から膝をつき、時に泣きながらバイオロイドだったものにすがりついていた。
無惨に散らばる義肢と機械の心臓。
空気を切り裂くような嗚咽が響く。
「……あーあ。ほんとさ、簡単に壊れちゃってつまんないよね。最初のパートナーもそうだったけどさ!」
その場でひとり、サイトは誰に聞かせるでもなく愚痴をこぼすように話し続ける。
「君も壊れたらおしまいなんだよね~……本当に、バイオロイドってつまらないな。」
彼は傍らに立つバイオロイドへ視線を落とした。
それはサイト自身に良く似せた人形のような姿をしている。
「その点ナイアは本当に強かった! 銃で撃っても、蹴飛ばしてもすがり付いてきて! 最後は時間切れ! いや~初めて負けたんだよね~、むかつくな~!」
サイトはどこか楽しそうに笑い、しかしその笑顔の裏には確かな狂気が見え隠れする。
「君もそれくらい丈夫に育ってくれよ? バイト。」
傍らのバイオロイド――バイトは静かに頭を下げ、その瞳には感情の影ひとつ映らなかった。
―――
一方その頃、ハイネたちは予選フィールドの別のエリアを右往左往していた。
戦闘音が遠くで響くが、近くには誰もいない。
「……誰も、残ってない……」
ナナミが肩で息をしながら呟く。
リラリが周囲を見渡し、首を横に振る。
「……先ほどの戦闘の跡はありますが、生存者はいません。」
タイチが眉を寄せ、ユウロが肩で羽を小さく震わせた。
「おかしいなぁ……あんなにチームがいたはずなのに……」
サイトが通った後には、すべてが壊れ果てていた。
誰も、何も残っていない。
胸の奥に冷たいものが落ちていく。
「……もうこのまま勝ち抜けちゃう?」
ナイアがいつもの調子で冗談めかして言う。
「……そんな簡単じゃないだろ。」
ハイネはそう思った。
だが、その直後――
『予選終了のお知らせをします』
無機質なアナウンスがフィールド全体に響き渡る。
予選終了、戦闘停止のサインだ。
とはいえ、最後の最後に駆け込みで襲い掛かってくるチームがいるのも常だ。
実際、廃墟の奥から複数の足音が迫ってきた。
「来るぞ!」
レントが大剣を抜き放つ。
ナナミがハンマーを構え、リラリが前へ出る。
タイチとユウロが頭上から敵を索敵する。
「蹴散らして終わらせようか!」
ナイアが笑い、センドが防御壁を展開する。
短いが激しい衝突が始まった。
弾丸が飛び、ハンマーがうなり、大剣が火花を散らす。
リラリのブレードが敵の武装を切り裂き、ミミミが小さな盾でナナミを守る。
わずか数分のうちに、敵チームは次々と倒れ、撤退していく。
最後の敵が瓦礫の影に消えたとき、再び静寂が訪れた。
「……これで、本当に終わりか。」
ハイネは息をつき、リラリを振り返る。
「はい。ハイネ様……無事でよかったです。」
リラリの胸の心臓がまた暖かく鳴った。
ナイアは肩を回しながら笑った。
「よーし、予選突破だ! 本戦、楽しみにしようぜ!」
だがその笑顔の裏で、全員がさっきの光景――サイトの影を忘れることができずにいた。
―――
予選終了後、ハイネとリラリはしばらく無言のまま訓練場を後にした。
胸の中に溜まった重苦しさを吐き出すように、外の新鮮な空気を求めて歩く。
夜風が頬を撫で、星が瞬いている。
だが、その出口に立っていたのは――。
「…………!」
ハイネの体が硬直した。
リラリも無言で義手を構える。
「おまえはサイト!」
ハイネは怒りを抑えきれずに叫んだ。
しかし、サイトは首を傾げたまま笑った。
「……あれ? だれきみ?」
その一言で、ハイネの胸に熱いものが込み上げた。
怒りが脈打つ。
「……あ! ちょうどよかった! きみ、水持ってない? バイトに与えるの忘れててさ~!」
見ると、サイトの隣でバイトがふらふらと立っている。
顔色は青白く、脱水症状寸前のようだ。
「な……! 馬鹿なのかおまえ!?」
怒鳴りながらも、ハイネは自分の持っていたペットボトルを取り出し、バイトの口元へと持っていった。
バイトは無言で水を飲み、喉を鳴らし、そして静かに頭を下げた。
「……ありがとう……」
その声はかすれていたが、確かに人間らしい響きがあった。
「よかったね! 親切な人で! まだ壊れないみたいだ。」
サイトはけらけらと笑った。
その軽薄さが、ハイネの怒りをさらに燃え上がらせた。
「この……!」
ハイネは拳を握り、怒りのまま殴りかかる。
だがその拳は、サイトの手にあっさりと受け止められた。
サイトは楽しげに目を細める。
「あぁ! きみ、ナイアのところの子か! そりゃあバイオロイドにお優しいわけだ!」
「……なにを……」
「ナイアって面白いよね~! バイオロイドを守るために自分が盾になってさ! 馬鹿みたいだよね~!」
サイトは笑い続け、ハイネの拳を軽く放す。
怒りに歯を食いしばるハイネに、彼はにこりと笑って言った。
「へ~! きみも丈夫だと嬉しいな~! じゃあね!」
サイトはひらひらと手を振り、バイトを連れて去っていく。
二人の後ろ姿は月光に照らされ、どこまでも不気味に見えた。
その場に残されたハイネは、膝に手をつき、肩を震わせた。
「……くそっ……俺は……まだ……」
実力差を思い知らされ、悔しさに歯を食いしばる。
リラリはそっとハイネの隣に膝をつき、静かに肩に手を置いた。
「……大丈夫です。ハイネ様……私が、いますから」
その声に、ハイネは涙をこらえながら小さく頷いた。
夜風が二人を包み込み、月光が優しく照らしていた。