第13話「訓練と過去の真実」
予選を終えたあと、ハイネはひたすら訓練に明け暮れた。
朝も夜も関係なく、汗が滲んでも構わず剣を振り、銃を撃ち、リラリと模擬戦を繰り返す。
悔しさが全ての原動力になっていた。
「ハイネ様……もうお休みになられたほうが……」
リラリがそっと水筒を差し出す。
「まだだ……もっと強くならないと……!」
ハイネは短く息を吐き、再び銃を構えた。
そんなある日、休憩中にナイアがやって来た。
いつも通りの軽薄な笑顔を浮かべていたが、その目には少しだけ影があった。
「なぁ、ナイア。あいつ……サイトについて、知ってること全部教えろ。」
「おおっといきなりだね。……どこまで言ってほしい?」
「全部吐け。」
ハイネの低い声に、ナイアは肩をすくめて苦笑した。
「こわっ……。まぁいいや。そうだなぁ……あいつとは本戦で出会ったんだよ。前に『一人だけ生き残ってた』って言われてただろ? あの試合さ。」
ハイネはごくりと唾を飲む。
リラリも隣でじっと聞いていた。
「サイトは……俺以外の全員のバイオロイドを破壊してきた。センドも……正直危なかった。」
「……!」
「知ってるよな? バイオロイドは人間に攻撃できない。あいつはそれを逆手に取って、最前線で戦ってたんだ。あの時、あいつ、自分のバイオロイドすら連れてなかったと思う。全部、自分の手で壊していった。」
ナイアの声が少し震えた。
普段の軽さが消えている。
「センドも壊されそうになった時、俺……あいつにすがりついた。銃が撃てないように、銃口を自分の腹に当てて……」
「……っ!」
「そしたらどうなったと思う? あいつ、撃ちやがった! おもっくそ痛かったわ、ちくしょう! その後は蹴られて、銃で殴られて……それからは覚えてないけど、ボッコボコにやられた。」
ナイアは苦笑しながら腹を軽く叩いた。
そこには今も薄く残る傷痕があるのだろう。
「まぁ、センドが守れたからいいんだけどさ。……でもな、ハイネ。あいつは“そういう奴”だ。お前が拳で殴ったくらいじゃ、何も感じない。……それでも、やるか?」
ハイネはゆっくりと目を閉じ、そして力強く頷いた。
「……やるさ。俺は……絶対に、リラリを守る。」
リラリは驚いたようにハイネを見つめ、やがて小さく微笑んだ。
胸の奥で、再び機械の心臓が温かく脈を打つのを感じながら――。
ナイアは一息つくと、壁に寄りかかりながら続けた。
「……あの時のことは今でも夢に見る。こっちはボロボロ、センドも右腕を失いかけてさ。正直、あいつに勝てる未来なんて見えなかった。」
普段なら絶対に口にしないであろう弱音に、ハイネは目を見開いた。
リラリもそっと耳を澄ます。
「でもな……それでも俺は、センドが生きてる限り盾になろうって決めてた。あいつの笑顔を見るたび、そう思うんだよ。俺はこいつを守るために、どんな無茶でもやるってな。」
ナイアは遠くを見るような目をして、少しだけ笑った。
「……だから言える。ハイネ、お前があいつと戦おうとするなら、絶対にその気持ちを忘れるな。怒りでもなく、復讐でもなく……守りたいって気持ちだけが、お前を前に進める。」
ハイネは拳を握りしめ、ゆっくりと息を吐いた。
「……守りたい気持ち、か。」
「そうだよ。守るために戦え。あのサイトって奴は、そこに価値を見出してないから強い。だが、俺たちは違う。そこに命を賭けられるからこそ、きっと超えられる。」
しばしの沈黙。
リラリがそっとハイネの隣に膝をついた。
「……ハイネ様。私、もっと強くなります。だから……どうか、私を見ていてください。」
ハイネはその言葉に驚き、そして静かに微笑んだ。
「……ああ、ずっと見てる。絶対に守る。だから一緒に、乗り越えよう。」
リラリは小さく頷き、胸の機械の心臓に手を当てた。
温かな鼓動が確かに響いている。
ナイアはそのやり取りを見て、肩をすくめながらもどこか嬉しそうに笑った。
「よーし! じゃあその覚悟、俺が鍛えてやるよ! 明日からは俺の特訓メニューな、覚悟しとけ!」
「えっ……お、お手柔らかにお願いします……」
「容赦しないぞ~?」
久々に軽口を叩くナイアに、ハイネとリラリは顔を見合わせて苦笑した。
その夜、ハイネは鍛錬の汗を流しながら、胸の奥に新たな決意を刻み込む。
――絶対に負けない。
――絶対に、守り抜く。
そう強く誓い、ハイネはリラリの肩に手を置いた。
夜空の下、二人の影が並んで伸びていた。