第14話「ナイア式地獄特訓」
翌朝、まだ日が昇りきる前から、訓練場の隅にある簡易フィールドにハイネは立たされていた。
「……ナイア、本当に朝からやるのか?」
「当たり前でしょ~? 本戦まで時間ないんだからさぁ!」
ナイアは妙にやる気満々で、手には怪しげなメモ帳を持っている。
そこには「ナイア式地獄特訓メニュー」と大きく書かれていた。
「じゃあまずは百本素振りから! その後は銃の早撃ち百回、最後にリラリ相手に回避訓練だ!」
「は、はぁ!? 百……? 一気に?」
「やるんだよ~! ほら、スタート!」
ナイアの掛け声とともに、ハイネは渋々剣を構えた。
リラリがそっと横に立ち、補助のタオルを差し出す。
「……お疲れになったらすぐおっしゃってください。」
「いや……すぐ疲れるに決まってんだろ……!」
剣を振り続けるハイネ。
汗が額から落ち、腕がじんじんと痺れる。
「もっと腰を入れろ~! 肩の力を抜け! あ、そこいい感じ!」
「……も、もう限界……っ!」
「まだ三十本目だぞ~? 根性出せ~!」
横ではタイチとユウロが興味深そうに見ていた。
「すっげぇ……あいつ、体力あるな。」
「彼の動き、以前より速いです。成長していますね。」
「だろ? 俺の特訓はマジで効くからな~!」
ハイネは歯を食いしばり、ついに百本をやり遂げた。
腕が震え、膝が笑う。
「つ、次……銃……か……?」
「そうそう、今度は早撃ちだ~! センド、タイマーセットして!」
「了解しました。」
センドが無駄のない動きで準備を整える。
手元の銃を握りしめ、ハイネは再び走り出す。
ターゲットを撃ち抜くたびに、リラリが後ろでそっと見守っていた。
「……ハイネ様、すごい……」
その瞳には、昨日まで以上に頼もしさが宿っていた。
休む間もなく最後のメニュー、リラリとの回避訓練が始まる。
「では……いきます!」
リラリが義手をブレードモードに変形し、素早く間合いを詰める。
「うわっ! ちょ、待っ……! あぶっ!」
「油断なさらないでください!」
「うわー! 本気すぎるだろ!?」
リラリの攻撃をギリギリで避け続けるハイネ。
彼の動きは少しずつ鋭さを増し、やがてリラリの攻撃を紙一重でかわすようになっていた。
「やるじゃん! ほらほら、もっと動け~!」
ナイアの笑い声が響く。
数時間後、ハイネは地面に大の字になり、息も絶え絶えになっていた。
「……死ぬかと思った……」
「お疲れ様です、ハイネ様。……ですが、とても素晴らしかったですよ。」
リラリがそっとハンカチで汗を拭う。
「……ありがとな……俺……もっと、強くなるから。」
ナイアは遠くを見つめていた。
普段の軽さとは違う、少しだけ真剣な表情で。
「……頼むぞ、ハイネ。お前が……未来を変えるんだ。」
夕陽が沈みかける頃、ハイネはまだ立ち上がっていた。
足元はふらつき、腕は震え、額から汗が滴り落ちる。
「……まだ、やるのか?」
「もちろんだよ~。でもさ、これが最後のメニューだ。自分の限界を超えろ!」
ナイアの声に押され、ハイネは剣を握り直した。
リラリが少し離れた位置で構える。
彼女のブレードが夕陽を受けて鈍く光った。
「……お願いします、リラリ。」
「……はい、ハイネ様。」
訓練最後の一戦。
リラリは本気で斬りかかる。
ハイネは必死に避け、受け流し、時に転がりながらも前へ出る。
「ぐっ……!」
「もっと腰を落とせ! 焦るな!」
ナイアの指示が飛ぶ。
リラリの動きは容赦がなかった。
だがその瞳にはハイネへの信頼が宿っている。
「……あなたは、もっと強くなれる。」
「……そうだな……俺は……俺は強くなるんだ!」
リラリの一閃を紙一重でかわし、逆に彼女の懐に飛び込んだ。剣を構える腕に力が宿る。
「やった……!」
ナイアの手が高く上がった。
「終了! よーし、これで今日の特訓はおしまい!」
ハイネはその場に崩れ落ち、息を荒げながらも笑みを浮かべた。
「……やりきった……!」
リラリが駆け寄り、そっと手を差し伸べる。
「お疲れ様でした、ハイネ様。……本当に、すごかったです。」
その手を握った瞬間、温かさが胸を満たした。
ナイアは腕を組みながら、夕陽を見上げて呟く。
「……センド、あの時お前が守ってくれた意味、今ならわかる気がする。」
隣に立つセンドが静かに微笑んだ。
「ナイア様も、ずいぶんと優しい言葉を口にするようになりましたね。」
「……やかましいな。」
タイチとユウロも遠くから拍手を送る。
「すげぇ……ほんとに強くなってる。」
「この調子なら、きっと本戦でもやれます。」
その時、訓練場の屋上に一瞬だけ影が揺れた。
――サイトと、静かに立つバイト。
夕陽の中、二人は訓練の様子を黙って見下ろしていた。
「……いいねぇ。強くなってる、なってる。」
サイトは不気味な笑みを浮かべ、ひらりと背を向ける。
ハイネはまだそれに気づかず、リラリと共にその場に座り込んでいた。
「……俺は、もう二度と……あんな悔しさを味わわない。」
「……はい。私も、絶対にお守りします。」
二人の誓いは、夕焼けの中で静かに重なった。