第16話「異形の舞台」
「違う試合も見ていこう!」
ナイアの軽い提案に、ハイネたちはアリーナの別ブロックへ移動した。
観客席に腰を下ろすと、そこでは既に次の試合が始まろうとしていた。
フィールドに立つのは、見覚えのある人物。
「……サイト……!」
ハイネが眉をひそめる。
こちらに気づいたサイトは、まるで友達に手を振るかのようににこやかに手を振ってきた。
「やぁやぁ、来てくれたんだ!」
その人懐っこい笑顔が、ハイネの胸を冷たく締めつける。
そして、サイトの隣に立つのは――バイト。
だが、その姿は以前見た人型ではなかった。
背中から節くれだった四肢のようなものが生え、骨と金属が混ざった異形の塊へと変化していく。
皮膚の下でギチギチと駆動音が鳴り、顔が裂けるように展開し、複眼が覗いた。
「……な、なんだあれ……?」
ナナミが息を呑む。
ミミミはハンマーの柄をぎゅっと握り、身体を震わせた。
ユウロも小さく羽を縮め、タイチの肩で身を伏せる。
試合開始の合図と同時に、バイトが奇声を上げて跳躍した。
「ギィィイイィイ……!!」
その咆哮がフィールドを震わせ、観客席にも響く。
次の瞬間、敵チームのバイオロイドたちが次々と弾き飛ばされ、砕かれ、引き裂かれていった。
「……っ!」
ハイネが拳を握りしめる。
ナイアはそんな惨状を黙って見ていたが、やがて口を開いた。
「……ねぇ、バイオロイドをなんだと思ってるわけ?」
サイトはキョトンと目を丸くし、そして楽しそうに笑った。
「え? 壊れにくいおもちゃ?」
その一言が、ハイネたちの胸に重くのしかかる。
ナイアの目が鋭く光り、ナナミは唇を噛む。
レントでさえ拳を固く握り、黙って視線を落とした。
フィールドの中では、バイトがなおも敵を蹂躙し続ける。
金属の悲鳴と火花が舞い、わずか数分のうちに相手チームのバイオロイドはすべて沈黙した。
「……全部……壊した……」
リラリが小さく呟いた。
胸の心臓が不規則に脈打つ。
やがて、バイトはその異形をゆっくりと畳み、肉体を人型へと戻していく。
骨が収まり、機械が閉じ、最初に見たあの無表情な顔がそこにあった。
サイトは相変わらず笑顔で、こちらに軽く手を振る。
「また後でね~!」
その姿に、誰も言葉を返せなかった。
ただ、胸の奥に重いものを抱えたまま、次の戦いへの不安と怒りが燃え始めていた。
バイトが人型へと戻り、フィールドは一転して静寂に包まれた。
地面に転がるのは、もはや動かないバイオロイドたちの残骸。
観客席のあちこちからは悲鳴とすすり泣きが聞こえてくる。
「……あんなの、戦いじゃない……」
ナナミが唇を噛みしめて震えていた。
ミミミは肩をすくめ、小さな体を寄せている。
「……私も……あんなふうに……?」
ナナミは慌てて彼女の肩を抱き寄せ、首を横に振る。
「違うわ、絶対にさせない。絶対に。」
ユウロもタイチの肩で羽を震わせたまま言った。
「……あれが、政府の……? それとも……あいつ自身……?」
タイチは歯を食いしばり、何も言えないままだった。
リラリはその場に膝をつき、胸の心臓を押さえている。
「……もし私が……あんなふうに……」
「なるわけない。」
ハイネが強く言い切った。
リラリは驚いて顔を上げる。
「……俺がいる限り、絶対にならせない。お前は……お前は俺のリラリだ。」
その言葉に、リラリの瞳がわずかに潤んだ。
胸の奥で、機械の心臓が静かに温かさを放つ。
ナイアはフィールドを睨みつけ、吐き捨てるように言った。
「……やっぱり、許せないな。」
センドが静かに隣に立ち、低い声で答える。
「……ナイア様。次は、私も全力で戦います。」
「頼むぜ、相棒。」
レントもゆっくりと立ち上がった。
「……ガルド。俺たちも、負けは許されないな。」
「御意。」
ガルドの重々しい声が響く。
サイトはそんな視線を気にも留めず、試合場を後にしていく。
「それじゃあ、また本戦で会おうね~!」
ひらひらと手を振るその背中を、誰も追わなかった。
ただ、胸の内に決意だけが静かに燃えていた。
ハイネはリラリの肩を軽く叩き、真っすぐ前を見た。
「……絶対に、勝つ。」
「……はい、ハイネ様。」
夕陽が彼らを照らし、観客席のざわめきが遠くに溶けていく。
本戦の幕は、これからさらに深く、激しく開かれていくのだった。