第22話「囮となる覚悟」
次なる戦場に足を踏み入れたとき、ナイアチームは一瞬、緊張を緩めた。
敵チームはこれまでと違い、攻守ともに整った構成。
開戦からしばらくの間、互いの技量をぶつけ合う好試合が続いた。
タイチとユウロが後方から的確に援護し、ナナミとミミミが前衛の隙を突く。
レントとガルドは鉄壁の防御で味方を支え、ハイネとリラリは機敏な連携で敵を押し返す。
「いいぞ、このまま押し切れ!」
ナイアが声を飛ばす。
その瞬間だった。
――バンッ!
乾いた銃声が戦場に響いた。
次の瞬間、レントの肩が激しく揺れ、血飛沫が宙を舞った。
「……っ!?」
ハイネが目を見開き、ナナミが悲鳴を上げる。
「レント!!」
ガルドが即座に身を投げ出してレントをかばい、前に出ようとする敵を弾き飛ばす。
「……レント様、応急処置を!」
しかしガルドは盾となり続けるしかない。レントを置いて前へ出ることなどできなかった。
戦線は急速に崩れ始めた。
「……ありえない……!」
タイチが狙撃位置から叫ぶ。
「人間を……直接狙っただと!?」
「そんなの、ルール違反じゃ……!」
ナナミが震える。
だが敵チームの人間はまるで気づいていないように淡々と前進を続ける。
――最初から、そのつもりで指示されていたのだ。
観客席の高みで、サイトは頬杖をついて笑っていた。
「やっぱりその方が面白いよねぇ? 人間も、撃てば壊れる。」
隣のバイトが視線を落とす。
「……想定通り、前線が崩壊しました。」
「ははっ、いいねぇ。もっと見せてよ、壊れそうな顔。」
戦場に戻る。
ガルドがレントを守るために動けず、ナナミとミミミは必死に隙を埋めようとするが、押し寄せる敵の勢いを止められない。
タイチの弾丸が飛び交うが、数で押されていく。
「……このままじゃ……!」
ハイネが銃を握り直し、リラリと目を合わせた。
「リラリ、俺が前に出る。お前は俺を守れ!」
「ハイネ様!? 危険です!」
「分かってる。でも、このままじゃレントもガルドも守れない!」
リラリが一瞬だけ迷い、しかしすぐに頷いた。
「……わかりました。必ずお守りします。」
ハイネは深く息を吸い込み、前線へと飛び出す。
銃弾が土を抉り、敵のバイオロイドが刃を振り下ろす中を、わざと派手に動いて敵の視線を引きつける。
「こっちだ! 来いよ!」
その叫びに複数の敵が一斉にハイネを狙い始める。
「ハイネ様、後ろ!」
「大丈夫だ、分かってる!」
リラリが背後を守り、鋭い動きで敵の攻撃を受け止める。
ハイネは囮として戦場を駆け抜け、敵の集中を自分に向けることで、味方の前線を再構築する時間を稼ぎ始めた。
ナイアが通信越しに叫ぶ。
「……いいぞ、そのまま耐えろ! こっちも援護する!」
「了解……! でも……長くは持たない!」
ハイネが息を荒げる。
「持たせろ! 俺たちの勝利は……その先だ!」
激戦の最中、ハイネはリラリの存在を感じながら戦った。
「……俺が守るからな、リラリ!」
「……いいえ、私が守ります。だから、どうか生きてください!」
銃声と爆音が交錯する戦場で、二人の声は確かに響き合っていた――。
銃弾の雨の中、ハイネはわざと視界の開けた瓦礫の上に飛び出した。
「こっちだぁぁっ!」
その声に、敵の照準が一斉に彼へと向く。
火花が弾け、瓦礫の破片が飛び散る。
ハイネは転がるように避け、撃ち返す。
「ハイネ様、右から!」
リラリの声に即座に身を沈め、背中越しにリラリが敵機を切り裂いた。
「助かる!」
「……私は、守ると決めましたから!」
前線の敵がこちらに夢中になっている隙を、ナイアは見逃さなかった。
「今だ! ナナミ、左から回り込め!」
「了解!」
ミミミがシールドを広げ、銃撃を防ぎつつ前進する。
ナナミはその陰から飛び出し、巨大なハンマーを敵の関節に叩き込む。
「まだまだぁ!」
「ナナミさん、後ろから来ます!」
「わかってるって!」
タイチとユウロが後方から援護射撃を加え、敵の防御をさらに崩す。
「右のやつ、頭部狙え! ユウロ!」
「はい、タイチ!」
閃光弾が炸裂し、敵がひるむ。
一方で、レントはガルドに抱えられたまま、奥歯を噛みしめていた。
「……役に立たんとは……悔しいな……!」
「レント様、今はご無理をなさらず。」
ガルドは周囲を見据え、槍を構える。
「俺が……必ず護る。」
ハイネはなおも敵の注意を引きつけていた。
弾丸がかすめ、頬を裂く。視界が赤く滲む。
「……っく……!」
「ハイネ様!」
リラリの声が悲鳴のように響く。
「大丈夫だ……まだ動ける!」
そのとき、ナイアの声が全員の耳に飛び込んだ。
「前線、押し上げろ! ハイネが稼いだ時間を無駄にするな!」
「おおおっ!」
ナナミが叫び、ミミミと共に敵の前衛を突破する。
ガルドもレントを安全地帯に下ろすと、一気に突撃。
「退け、雑兵ども!」
大剣が唸り、敵を弾き飛ばす。
タイチが狙撃で敵のコアを削り、リラリがハイネを庇いながら敵の刃を払う。
「今だ、ハイネ様!」
「わかってる!」
最後にハイネがとどめの弾丸を撃ち込む。
砕けたゲームコアが爆ぜ、フィールドを震わせた。
――審判の笛が響く。
「試合終了! 勝者、ナイアチーム!」
全員がその場に崩れ落ち、息を荒げた。
「……生きて……る……」
ハイネはその場に座り込み、リラリがそっと肩を支える。
「お怪我を……」
「へへ、かすり傷だよ……ありがとう、リラリ。」
「……いえ……ハイネ様を守れて……よかった。」
ナナミが倒れ込んだミミミを抱きしめ、タイチはユウロの羽を整える。
「レント、大丈夫か?」
ナイアが駆け寄る。
「……問題ない。だが……あの一撃、忘れん。」
レントが悔しげに拳を握った。
その様子を、観客席からサイトがじっと見下ろしていた。
「……人間を前線に出しても、壊れないんだなぁ……面白い。」
口元に冷たい笑みを浮かべ、バイトに目を向ける。
「次は、もっと強いのを用意しないとね。」
「……了解しました。」
勝利の余韻に浸る暇もなく、彼らは次の戦いの影を感じていた。
ハイネはリラリの手を強く握る。
「……これからも頼むぞ。」
「はい、ハイネ様。あなたがいる限り、私は戦えます。」
再び立ち上がる彼らの瞳には、確かな決意が宿っていた――。